襲撃
まもなく敵陣地に入るという地点で、俺が配属された小規模部隊は、大規模部隊と行動を別にした。
馬に乗った俺たちは、そこから大きく迂回。大規模部隊が敵を引き付けているうちに、敵拠点に回り込むため、ヘイリム平野を駆け抜けた。
別行動を開始からしばらくして、熱風が吹き抜け、爆音が鳴り響いた。
音の方へ目を向けると、帝都軍と王都軍が衝突を始めていた。
王都側からは何発も魔法が放たれ、帝都からは銃声と爆弾による爆発音が遠くで聞こえた。
「始まった」
「急ぐぞ」
ギルダのその一声に、答えることなく、俺たちの部隊は前進し続けた。
やがて、俺たちは敵拠点付近に辿り着いた。
身を隠すのに適した背の高い草むらで様子見をしていた。
「表に出ているのは一、二、三・・・・二十人ほどでしょうか」
「クレシオ、どうだ?」
クレシオは近接を不得手としていながら、俺たちと共に行動することとなった。
その理由は、クレシオのスキルを用いることで思念伝達が可能になるからだ。クレシオを介して、敵に感づかれることなく味方同士で連絡を取ることが出来る。
今回の奇襲において、俺たち小規模部隊の行動が敵に感知される事態は避けねばならない。故に、クレシオが必要になったということだ。
そして今、クレシオはそのスキルを使って敵の数を探っている。この場でクレシオは無線機兼レーダー代わりだ。
「隠れているのは大体三十から四十。数の面から見れば、勝機は十分あると思う」
クレシオがそう言い切った時、敵拠点のひと際大きい天幕から一人の男が顔を出した。
その男は戦場に不相応な軽装だった。腰に下げているのは細身の直剣。それだけでも目立つその男に、俺やギルダ含む部隊の数名は身震いを覚えた。
ただそこに居るだけで、尋常ではない威圧感があふれ出ていた。その立ち居振る舞いから、一時でも目を離せば殺されてしまうと思うほど圧倒的だった。
「前言を撤回しよう。勝機は五分五分か、それ以下だ」
クレシオはそう言い直した。
部隊に緊張が走る。勝利のために敵拠点を制圧しなくてはならない。
しかし、そのためにはあの男を打倒しなくてはならない。そうでなくても、敵将を討ち取るまであの男を釘付けにしておく必要がある。それは困難を極めることだ。
作戦は失敗に終わる。皆一様に、そんな後ろ向きな思考が頭をよぎった。
しかしただ一人、そうは思わなかった者がいた。
「あの厄介そうな奴は俺が食い止めよう」
ギルダの一声に、各々が顔を強張らせた。
この戦いにおいて、王都軍を率いるのはギルダであり、その首を取られることは王都軍の敗北を意味する。この場の皆が、ギルダが敗北するという可能性を想像した。
しかし同時に、この場であの男を渡り合えるかもしれないのがギルダであるというのは事実。
それゆえにギルダの提案を否定することもできなかった。
「それで行きましょう」
煮え切らない部隊の空気を両断するように、クレシオが言い放った。
「身を潜めたまま、限界まで拠点に接近。その後、襲撃に移る。あの厄介そうな男は団長に任せます。その他の者は迅速に敵兵を処理、団長に合流すること。私は団長の支援に徹する」
その言葉通りに、俺たちは行動を始めた。
* * * * *
敵拠点での戦闘は予想以上に長引いていた。
拠点に残っていた敵兵は『申し子』持ちでは無いにしろ、粒ぞろいであり、俺たちの部隊は苦戦を強いられた。
しかし、そんな中で段違いな激戦を繰り広げられていた。
ギルダと、軽装の男だ。
俺は次々に迫ってくる敵兵を切り伏せながら、その二人の戦闘を視界の端で追っていた。
ギルダの丸太のような腕で振り下ろされる大剣を、男は軽々と流し続ける。その顔に焦りや動揺はなく、いたって余裕そうに剣を交える。対するギルダには余裕はなく、真剣な面持ちで戦っている。
そんなギルダの背後で、クレシオが魔法で牽制を入れるも、男はそれにすら対応している。
最初こそ、ギルダたちが引き付けているうちに敵将を討ち取ろうと考えていたものの、軽装の男はそうはさせなかった。おそらく敵将が居ると思われる天幕を守りながら、ギルダとクレシオの二人を圧倒している。
その熾烈を極める戦闘に加わる者は誰一人としていなかった。だが同時に、その戦闘の均衡が崩れることは無いと、どこかで安心していた。
しかし、そんな考えは甘いと突きつけられる。
それは、俺が六人目の敵兵を倒した時だった。その六人目を最後に、俺の方へ向かってくる敵兵は居なくなった。
そして、ギルダの方へ目を移す。
その先にあったのは、肩を貫かれたギルダの姿だった。