迷惑
魔力と熱を帯びた魔導石は、強烈な破裂音と共に爆ぜた。
その場に居るだけで蒸発してしまうのではないか、と思うほどの熱気が肌を撫でる。
強烈な爆風は二秒と持たずに止んだものの、空気は未だに熱を持ち続けている。
コユキの張った障壁は長さも厚さも十分だった。
しかし、高さは違った。氷の壁を登り、越えることは不可能だ。だが何かを壁の向こう側に放り投げることは出来る。考えるまでも無く、帝都軍は魔導石を用いた爆弾擬きを投げたのだ。
そして銃。帝都に赴いた際に、俺はこの世界に銃が在ることを知った。しかし銃は魔法と比べると威力が低く戦闘で使用するほどの代物ではないと聞かされた。
だからこそ予想の範囲外だった。戦争の舞台で使うはずがないと、無意識のうちに決めつけていた。
少しでも銃の存在を危惧していれば、バルゴも今のような状況にはならなかったはずだ。
やがて周囲の温度が低下し、瞑っていた目を開けるようになった。
そして自らの体を見回したが、銃弾を受けた右足以外に目立った外傷は無かった。
落としていた視線を上げると同時に、何かが俺にもたれかかってきた。
視線を右にずらすと、そこにはバルゴの顔があった。
「バルゴ!」
早く、しかし丁寧にバルゴを地面に寝かす。
バルゴの肌は焼け爛れ、悪人面だった顔は原型をとどめていなかった。
何度もバルゴの名前を呼んだ。
バルゴの胸に耳を当てると、微かに心臓の鼓動があった。
「コユキ!」
「分かっておる!」
コユキに声をかけ、バルゴを後方に下げるよう促す。
コユキもまた俺の指示に従ってバルゴに手を伸ばした。
しかし、バルゴはコユキの手を払った。
実に弱々しい腕の動きで、コユキの手を拒んだ。
そしてゆっくりと口を開けた。
「・・めん・・な・・・・・」
「バルゴ・・・?」
「ご・・めんな・・・アル・・マ。おまえ・・・の親・・・・・けなして・・・・・」
謝っていた。
バルゴが、爛れて塞がった瞳の先に何を見ているのか分からない。
朦朧とした意識の中で、何を想っているかなど知る由もない。
俺たちの初対面を、過ぎた一年前を、喉元を通り過ぎたはず出来事を。
ただ、何度も謝っていた。
「それは俺も同じだ、バルゴ。俺はお前の仲間を馬鹿にした」
俺もバルゴのことを言える立場じゃない。
「まだ謝れてない」
「アルマ」
そう、謝れていない。
バルゴと、その仲間に。
出来ることなら顔を合わせて謝りたい。
「だから今度、会わせてくれよ。お前の仲間に」
「アルマ!」
コユキの声にハッとした。
「バルゴはもう死んでおる」
何度も、聞こえていたはずの言葉は既に途絶えていた。
か細く脈動していたバルゴの心臓は、既に止まっていた。
胸中がズキズキと痛む。
最初は嫌いだった。初対面は最悪だった。
多分、今も好きではない。
こいつは頭が悪く、口が悪く、人相が悪く、調子に乗りやすく、喧嘩っ早く、そのくせ対して強くなく、自分勝手で、騎士団に入る理由だって不純で、悪いところを上げればキリがない奴だった。
やむにやまれぬ事情でもなければ、俺は関わりを持つことなど無かっただろう。街角で顔を会わせようと、近寄ろうとは思わないような輩だ。
だけど関わりを持ってしまった。
やむにやまれぬ事情があって、こいつと親しくなってしまった。
二週間という短い期間で、隣に居るのが当たり前になっていた。
好きじゃない。
短所が山ほどある。
こんなやつ、迷惑以外の何物でもない。
今も、こいつの虚ろな顔を見て、こんなにも苦しい思いをしている。
本当に、迷惑で仕方ない。
「コユキ」
「何だ?」
「障壁を無くしてくれ」
「危険だ」
「敵を殺す」
「ならば妾がやる。お前は足を痛めてろくに動けんだろう」
そう言うと、コユキは壁の向こうへ行った。
壁越しに、敵の断末魔と銃声が聞こえた。
しかし、それほど愉快ではなかった。
* * * * *
結果的に、俺たちは敵の奇襲を迎え撃った。
敵はアンデッドと銃、爆弾を用いて襲撃してきた。味方のアンデッドが被弾することをお構いなしに銃を発砲し、時に爆弾を投げ、王都軍を攻撃した。
そして、多くが倒れた。王都軍の数は約半分まで削がれた。そのほとんどが前衛であった。
奇襲を退けた後、王都軍は一時撤退。
負傷者は治療を受け、必要なら武器を新調するなど、準備に取り掛かっていた。
「アル、大丈夫?」
そして俺は拠点へ運ばれ、エルから右足の治癒を受けていた。
俺が被弾した弾丸は俺の右足を貫いたため、弾を取り除く必要は無かった。
エルが近くに居るうちに銃について話そう。
俺もそこまで詳しいわけではないが、エルやギルダたちにとって銃とは未知の武器に違いない。
情報を提供することで、戦を少しは有利に進められるかもしれない。
そう考えたが、その前に伝えなくてはいけないことを思いだした。
「エル」
「何?」
「バルゴ、知ってるよな?」
「ここ最近、アルが一緒に居た人でしょ?」
「あいつ、死んだよ」
「・・・そっか」
「なあエル、あいつさ・・・・」
あいつ、エルのこと好きだったんだ。
そう口にしようとした。
だが、憚られた。
あいつの思いを、俺が勝手に代弁していいものかと思った。
そして口をつぐんだ。
戦争はまだ終わっていない。
燦燦と降り注ぐ陽の光が、その事実を容赦なく掲示していた。