優勢劣勢
明け方の奇襲を迎え撃つべく、朝日が心許ない中、王都軍は果敢に戦っていた。
そして俺は、アンデッドの大群と化した帝都軍前衛の中で、最も危険と思われるレギオスと相対していた。
帝都軍の思惑が予想通りだとするなら、今回の戦で王都軍は何が何でも勝たなくてはならないだろう。
というのも、今回の戦いで帝都側が勝利を収めてしまえば、調子づいた帝都は他の大都市にも戦を仕掛けることになるだろう。そしてその度に、アンデッドが投入される事態になってしまう。そうなれば、一体何人の命が弄ばれることだろう。
そんな最悪な未来は回避しなくてはならない。そのためにこの戦いでは勝たなくてはならない。
勝つために、アンデッドとなったレギオスは俺が倒す。
そう意気込むのは簡単だが、実際のところは簡単ではない。
死霊術によって蘇った者が生前より力をつけていることを、俺はディールと戦った時に理解している。昨日、レギオスとの戦いで満身創痍だったのだ。今度はそれ以上の苦戦を強いられることになるだろう。死ぬことだってあり得る。
それでも、レギオスは俺が倒す。昨日の戦闘で奴の命を奪った者として、この意思が揺るがない。
思考を整理し、レギオスに肉薄する。
切りかかると同時に、相手の出方を伺う。
流すか、それとも真っ当に防御か、もしくは避けるのか。
すると、レギオスの体が僅かに右へ傾いた。
「右か・・・!!」
回避されると踏み、レギオスの動きに合わせて剣を振った。
次に剣から伝わってきたのは、肉を切る感覚。
結果、レギオスは呆気なく斬られ、地に伏した。
自らの予想とは正反対の結果に俺は動揺した。
アンデッドとなり、レギオスは強くなっているはずだった。自らの命を失うことも覚悟して、レギオスの前に飛び込んだ。
仮に生前のレギオスであれば、流すにしろ防ぐにしろ躱すにしろ、すかさずカウンターを仕掛けたはずだ。しかしい目の前で起こったことは違った。
カウンター云々の話ではない。それ以前に避けることすら敵わなかったのだ。
これでは生前より強いどころか、むしろ弱体化している。
そうすると、自ずと一つの推論が導かれる。
帝都の死霊術は完璧なものではない、というもの。
あり得ない話ではない。俺やノアが追っていた死霊術師も、実験に実験を重ねて、ようやく死霊術をものにした様子だった。それを完全に会得するには、それ相応の時間が必要になるというのは想像に難くない。
であれば、希望が見えてくる。
帝都の思惑を潰すこと、果てはこの戦いに勝利することも難しくないかもしれない。
味方の様子を見たところ、苦戦しているわけでもない。現状、こちら側が優勢だ。
王都軍の優勢はその後も続いた。
太陽が完全に顔を出したころには、王都側には余裕が出てきた。
やがて余裕は油断となる。俺も例外なく、この奇襲を返り討ちに出来ると思っていた。
しかし、それは一つの音によって覆った。
聞こえたのは、パン、という破裂音。
俺にとって、その音は聞きなじみのない音だった。しかし、その音が銃声だということはすぐに分かった。
敵の後衛は銃を構え、銃口を王都軍へと向けていた。
そしてそのことに気付いたときには遅かった。次々鳴る銃声、それに続くように倒れていく味方。
その光景を前に、俺は無意識のうちに声を張り上げた。
「バルゴ!伏せろ!!!」
コユキは銃なんかに傷つけられるほど柔ではない。
しかし騎士団連中や志願兵たちはそうはいかない。鉛玉を撃ち込まれたら終わりだ。
すでに辺りは阿鼻叫喚の渦となってしまっている。
全員無事というのは叶わなくとも、せめて近しい者たちだけでも・・・。
しかし俺の声は意味を成さず、バルゴは既に倒れていた。
「バルゴ!」
声と共にバルゴの元へ近寄る。
あと三歩、あと二歩踏み出せばバルゴに辿り着く。
そんな時、鳴り響く銃声の一つが俺の足を貫いた。
「ぐ・・・!」
「アルマ!」
勢いよく転倒した俺を見て、コユキが声を上げた。
コユキは俺の方へと駆け寄り、続けて声をかけ続けた。
「大丈夫か」
「コユキ!氷の障壁を張れ!すぐに!」
「分かった」
コユキは俺の言ったとおりに氷で壁を作り出した。長さも厚みも十分。弾を防ぐには申し分ないだろう。
それを確信し、俺は匍匐前進のような形でバルゴに近寄った。
バルゴは苦悶の表情を浮かべ、痛みに喘いでいる。
胸元から大量の血が滲み出していた。
「バルゴ!おい、大丈夫か!?」
「ア・・・アル、マ」
「コユキ、俺は後でいい。バルゴを後方に下げてくれ」
バルゴの命は、まさに一刻を争う。
今すぐにでも治癒魔法をかけなければ、手遅れとなってしまうに違いない。
「だが、妾はアルマを捨て置けん!」
「それで言うなら、俺だってバルゴを見捨てたくない!頼むコユキ!」
コユキは数秒の間、躊躇いつつも、最後には頷いた。
コユキのその態度に安堵した瞬間、俺たちの目の前に何かが落ちてきた。
一見すると、ただの石のようなソレには何やら魔法陣が描かれていた。
ソレを見た時、俺の脳裏にはある思い出が浮かんだ。
死霊術師を追って、帝都に滞在していたあの時に俺はこの石を目にしていた。
石の名前は魔導石。そしてその名前から呼び起こされるのは、コルナとの会話。
コルナが俺にこの魔導石を見せてきた時、俺は魔導石を用いれば爆弾を作れるかも、と提案したのだ。その提案にコルナが乗り気だったことを今でも覚えている。
仮に完成品が帝都軍に流れていたとしたら。
もしくは設計図やらが帝都軍に渡っていたとしたら。
そんな思考は後からやってきた。
しかし今はただ、目の前の危険が爆発することに身構えることしかできない。
「まずい・・・!!」
そう口にした時には、魔導石は既に限界まで熱を帯びていた。