血塗れの勝利
剣戟が火花を散らす。
今、俺はいったいどんな顔をしているのだろう。
きっと余裕ある表情ではないだろう。
なぜなら今の俺は、誰がどう見ても、明らかに劣勢だからだ。
レギオスの剣技は俺のものと似ている。
ギルダやダグラスのような重厚で強烈なソレとは全く違う。しかし、ノアやディールのような速さで撹乱し隙をつく剣技でもない。
防ぎ、躱し、流し、斬り、刺し、殺す。
力強さや、速さなどに特化しているわけではなく、バランスの取れた剣だ。
しかし俺と違うのは、俺よりも実力が上だということだ。
身体能力から技術にいたるまで、あらゆる面で俺よりも上。言ってしまえば上位互換。
なんとなく気づいてはいたが、レギオスは『申し子』持ちで間違いないだろう。レギオスは剣を繰り出すことに特化していると言えばいいのか、剣を振ることに全く抵抗がないと言えばいいのか。表現の仕方が分からないが、この剣は確かに『申し子』のそれだ。
そして『申し子』持ちと常人が戦えば、後者が苦戦を強いられることは明白だ。
しかし未だに敗北へと繋がる決定打は受けていない。
太刀筋が似ているからか、レギオスの次の一手を予測することはそう難しくはない。故に防がなければならない攻撃と、そうではない攻撃を見分け、防御することが出来た。
戦闘の方針としては、ディールと戦った時のように、負傷覚悟で必要最低限の防御に徹するというものだ。
だがしかし、それだけでは勝てない。
「ぐッ・・・!」
思わず声が漏れ出た。
このままでは確実にダメージは蓄積していく。
傷の一つ一つから血が滲み、全身に痛みが広がる。
防戦一方ではこちらが負けるのは必至。
どこかで攻勢に出なければならないが、そんな隙が無いからこそ『申し子』は強力なスキルなのだ。
だからといってここで負けてはいられない。
負けてしまえば、エルを守るだなんだというのは、負け犬と遠吠えとなってしまう。
いつだったかダグラスが教えてくれたことがあった。
俺が『申し子』持ちと戦うことになった時、俺が取るべき策を教えてくれたはずだ。
思い出せ、ダグラスはなんて言ってた。
――『申し子』持ちに常人が勝つことは出来ない。『剣の申し子』と剣で戦えばいずれ両断される。『弓の申し子』を前にすれば瞬きの合間に眉間を撃ち抜かれるだろう――
違う、そんな記憶ではない。
今俺が知りたいのは負けて良い理由では無くて、勝つための方法だ。
思い出せ、ダグラスは俺になんて言った。
『申し子』と戦って勝つために、どうするべきだと言っていた?
記憶の山を掻き分けて、レギオスに勝つためのヒントを探る。
――『剣の申し子』なら剣、『弓の申し子』ならば弓、その分野だからこそ『申し子』持ちは最強だ。だが裏を返せば・・・――
裏を返せば、『申し子』持ちから武器を奪取することが出来れば同じ土俵と戦うことが出来る。必然、勝ちの目は見えてくる。
思い出した。
となれば俺が狙うべきは、武器を奪う機会。
なら、レギオスの攻撃を防御し続けてその機会を伺うか?
いや、それでは俺が先に潰されてしまうのがオチだ。いつ来るかも分からない機会を待っても仕方がない。
ならば、その機会を誘発させるしかない。
俺のすべき事はレギオスの心に、油断を生ませる事だ。
「くっ・・・」
そう決断した瞬間、俺は体勢を後方へ崩した。
それに伴って、声を漏らす。多少ワザとらしかったかもしれないが、それはどうでも良い。
その隙をレギオスは見逃さない。
瞬間、彼の瞳の奥に光が差し、途端に剣を振り上げた。
今、レギオスの中には勝利への確信がある。
振り上げた剣は、それを示唆している。
今までの精密な剣技からかけ離れた、大振りの動作。
俺が漬け込む隙は、ここだ。
剣が振り下ろされる。
刻一刻と迫る刃を前に、まず崩れた体制を立て直す。
次に武器を奪うのに武器は不要だと思考し、剣を手放した。
息つく暇なく、迫る剣に右手を向かわせる。そして手が剣に触れる瞬間、初級風魔法『ヒュング』で剣の軌道を僅かに逸らす。
それによって、俺めがけて振り下ろされた刃は、俺の左側へとずれた。刃が向かう先にあるのは俺では無く、ただの地面。
それを確認した時、俺は安堵した。
剣の勢いは十分。そして常人ならばその勢いを殺すことは出来ず、刃は地面に突き刺さる。
そうなってしまえば、武器を奪うことなど容易い。
だが安堵した次の瞬間、俺はダグラスの言葉を思い出した。
――だが気をつけろ。『申し子』は、まず第一に武器を奪われないからこそ『申し子』だ――
その言葉が脳裏によぎった時には、俺は驚愕した。
勢いそのまま地面に向かったはずの剣が、地面に突き刺さる寸前で停止していたのだ。
次の瞬間、レギオスは剣を戻し、俺の腹めがけて刃を突き立てた。
ちらとレギオスを見ると、額に汗を滲ませていた。
そしてレギオスの剣は俺の腹に突き刺さった。
剣が腹の中にあるという異物感と、想像を絶する痛みが俺を襲う。
感覚が異常なまでに研ぎ澄まされ、進む時間がゆっくりと感じられた。
痛い、痛い、痛い。
腹の中をかき分けて、剣が俺を貫いていく。
痛い、苦しい。
しかし同時に安らぎも感じる。
レギオスの冷静でありながらも必死の形相が目に映る。
そうだ、こいつにも負けられない理由があるのだ。俺が知らない理由が。
俺の負けられない理由は、こいつほど重いものでは無かった。無意識に、そう思った。
強烈な痛みと、それを上回る安堵が全身にのしかかる。
遥か上空で、何かが光り輝いている。
そしてそこにはコユキが居た。
そうか、コユキは勝ったのか。
だけど、俺は。
負けた。
「ガアアァァァァアア!!」
喉の奥で血の味がする。血の匂いがする。
それでも叫んだ。
風魔法を使った高速の蹴り上げ。それをレギオスの剣を握る手めがけて繰り出した。
剣はまだ俺の腹に刺さったまま。さらに言えば無理に動いたせいで、内臓がいっそう損傷した。
だが、レギオスは剣を手放した。
この一瞬を逃したら、俺は負ける。
ここで俺が停止したなら、レギオスは俺の腹に刺さった剣を掴み、俺を殺すだろう。
そうでなくとも、一秒でも無駄にしたならば俺の限界が来る。
拳に風の刃を纏わせ、繰り出す。
俺の拳はレギオスの腹に向かい、そして突き破った。
風魔法がレギオスの皮膚を引き裂き、内臓を切り裂いた。
「ぐぁ・・・」
痛みに喘いだのがどちらなのかは分からない。
俺か、レギオスか、もしくは双方か。
だが分かることは、俺が勝利を収めたことだった。
拳をレギオスの腹から引き抜くと、レギオスは力なく倒れた。
それを見届けて、俺の意識は暗闇の深くに沈んだ。