神たる所以
レギオスと名乗った男は、俺の前に立ちはだかった。
その佇まいからは、かなりの実力があることが分かる。
加えて、帝都兵から厚い信頼を得ている。
その証拠に、レギオスが俺の前に立った瞬間、俺を食い止めようと押し寄せる兵士の波が途絶えた。それはつまり、この男ならば俺を倒すことが出来ると、帝都の兵たちが確信しているということだ。
だが、俺としてもこんなところで足踏みをしていられない。
エルのためにも多くの敵を倒さなくてはならない。
それにコユキが相対しているあの化け物。仮にコユキが窮地に陥った際、すぐにでも駆けつけられるようにしておきたい。
そういった場合のことを考えれば、このレギオスと言う男は厄介な相手だ。
「戦う前に、一つ聞いていいか?あの化け物は何者だ?」
「あいつのことか、悪いが知らん」
あらかじめ、コユキが戦う巨漢について聞いておこうとしたが、レギオスの返事は期待外れの言葉だった。
いや、期待外れどころかありえない返答だった。
「知らないってなんだ。同じ帝都軍だろうが」
単に味方の戦力を把握しきれてないだけか?
だとしても、あんな強力な男を事前に把握していないなんてことあるのか?
考えにくい。味方の、それも特筆すべき戦力を見過ごすなどというのは不自然だ。
「あれは帝都軍なんかじゃない。突然姿を現して、突然この戦いに参戦したんだ。俺としても、あの斧の向かう先が自分にならないことを願うばかりだ」
俺の予想通り、レギオスは本当に知らない様子だ。
だとしても不自然すぎる。
この戦に一切関係のない男が加わっている。それもおそらくこの戦場において最強といえるであろう奴が。
「さて」
と、レギオスは空気を切り替えた。
不測の事態に戸惑う俺とは別に、レギオスは依然冷静だ。
精神状態でハンデを負っている今、戦闘が始まってしまえば俺は即座に敗北するだろう。
そう考え、俺は疑問を捨て置くことにした。
「君は強いからね、ここで倒しておけば全体の士気向上につながるだろう。恨まないでくれよ?」
「それは俺だってそうだ。お前は一秒でも早く倒す」
その会話を最後に、互いが言葉を交わすことは無かった。
次に二人の間に響いたのは剣同士が衝突する音だった。
* * * * *
「にしてもよぉ」
デカブツがその大きな口を開いた。
「お前ってホントに母さんの腹ん中から出てきたのか?」
「何が言いたい?」
このデカブツの考えていることは全く予想がつかん。
ただ一つ分かるのは、ろくでもないことを言おうとしているということか。
「だからよぉ、俺は力分け与えてもらって神になった。なら、お前も同じようなもんなんじゃねえのか?お前に、親なんか、いないんじゃねえのか?なあ?」
「・・・」
「だってそうだろ!?てめえの兄貴は今どうなってんだ?文字通り負け犬ってか!?」
「口を閉じろ」
想像通り、ろくでもないことだった。
しかし想像以上なのは、それが妾がもっとも嫌うことだったこと。
「お前は勘違いしている。妾は両親のことなどどうでも良いのだ」
自分は、本当に母が腹を痛めて産んだのか。
自分は、両親に愛されていたのか。
自分に、両親がいたのか。
そんなことは総じて、取るに足らない些事でしかない。
しかし。
「しかし、兄だけは違う」
兄は居たのだ。確かに妾に兄は居る。
妾は兄の温もりを知っている。
兄が妾を撫でてくれたことは現実だ。
「その兄をよく知らぬものに軽々しく口にされるのは許せぬ。特にお前のような下品な者には」
兄を汚すものは許さない。
その思いが妾を支配していく。
沸々と湧き上がる怒りが、心を色濃く染めていく。
「・・・はぁ、兄だなんだと。まるで人間みたいなこと言いやがる。せっかく神の力を持ってんだ、もっと自由に行こうぜ!」
荒れ狂う感情に溺れていく中で、唯一聞き取れたのはその言葉だけだった。
戦場に強烈な破裂音が響いた。
一つは軽快、しかし鋭い芯のある音。
一つは豪快、そして重く強力な音。
相対した両者は互いの拳を、脚を衝突させ、しのぎを削り合う。
男が斧を振るえば、少女は斧を流れるように避け、攻撃を繰り出す。
少女が攻撃を繰り出せば、男はその身一つで受け止め、余裕の笑みを浮かべた。
終わりが無いかのように思えたその応酬は、一つの要因が少女の目に移ったことで均衡を崩した。
怒りの色で染め上げられた視界に、ある光景が映った。
人間離れした、いわば神がかった動きの中、視界に偶然に入ったのはそれだった。
「・・・アルマ!?」
アルマが見知らぬ男と闘い、そして劣勢だった。
苦しい表情を浮かべるアルマ。
防御に徹するのに精いっぱいという様子だった。
偶然目に留まったその光景は、どうしてか、燃え上がった怒りを忘れさせるに値するものだった。
「よそ見かぁ!!!」
そんな怒号が耳に入ると同時に、斧が振り下ろされる。
ぬかった。
そして終わった。
そう思ったその時。
「ぐぁ!!」
男がそんな、情けない声を上げた。
男の、斧を握る右手から煙が上がっていた。
何者かが、男の右手に何らかの手段で傷をつけ、そして妾が殺されるのを防いだ。
何らかの手段、それは魔法だ。デカブツの堅牢な外皮を越えて痛みを感じさせるに足るほどの、強力な魔法だ。
そしてその魔法を撃った者。
それは振り返った先に居た。
「エルリアル・・・」
振り返ると、そこにはしたり顔のエルリアルがいた。
命を救ってやった、と言わんばかりの恩着せがましい態度だ。
まったく、感心する。
半神同士の戦いに、まさか横やりを入れるとは。
まして半神に傷を負わせるとは。
エルリアル、底知れぬ才能の持ち主よの。
「ったく、あの女つええな。お前倒したら次はあいつだな」
そしてこのデカブツには呆れる。
どこまで行っても戦いばかりで、やはり品が無い。
「ん?おいおい、落ち着いたのかよ。さっきの方が良かったぜ。やっぱ獣は獣らしく本能に身を任せるのが一番だなぁ?」
先ほどまでの感情を収め、ただ立ち尽くす妾にデカブツは言った。
「お前は神であることを誇りに思っているようだな」
そんな他愛もない言葉を投げかける。
「ああ、強さは一番大事だぜ。その点、神の力は最高だ」
「わからんな。ただ寿命が長いだけのものを、どうしてそこまで威張ろうとする」
「なら、死んであの世で理解しな!!!」
その言葉と共に、男は突貫を仕掛けた。
それを上に跳躍することで回避する。
しかしそれを逃さず、男は中空にいる妾めがけ斧を振った。
斧を防ぐため、表皮に厚い氷を纏う。
切り裂かれることは防いだものの、とてつもない力が上空へと妾を打ち上げた。
「ハハハ!!」
甲高い笑い声と共に、男もまた跳躍。
地上で戦う戦士たちの遥か上、妾と男は相対した。
「これで終わりだ!!!」
空中で、男は斧を振るった。
その顔は勝利を確信していた。
しかし、男の腕は動かなかった。
腕の動きを、厚い氷の被膜が妨害していた。
「全く、地上では迂闊に魔法は使えんからのう」
万一、味方に被害が及んではアルマが悲愴な面持ちを見せるに違いない。
だがそれはここでは別だ。
「おいおいおい、なんだその魔力・・・」
余裕で満ちていた男の表情は、次第に曇っていく。
「妾の神たる所以だ」
掌を男へ向け、そして拳を握る。
「やっぱさいこ・・・・!」
次の瞬間、男の体内で氷が爆ぜた。
男は巨大な氷塊となり、空で砕けた。
砕けた氷塊は、やがて魔力の粒子となり、その一瞬戦場の空を彩った。