対敵
肌を撫でる不快で、邪悪な空気。
おそらくこの場で、妾しか感じ取れていないのだろう。あの大男が放つ奇怪な気迫は、人間には感じ取れないものがある。アルマはそういう部分では妙に鋭いようだが。
「ギャハハ!おいおい弱ぇな!全然足りねえぞぉ!」
しかし、品のない奴だのう。
あやつを食い止めるために多くの騎士団員が躍起になっているが、その分判断力が掛けておるな。
考えなしに突っ込んでは、あの大男の持つ大斧の餌食になるのは明白であろうに。
だが、考えなしは団員だけでなく大男のほうにも言えること。ただ力任せに斧を振り、周囲の者たちを切り裂く。
ただの力しか能のない馬鹿か、はたまたそれを装っているのか。気は抜けんのう。
「しかし見つからねえな。白くてちっこい奴を探せって話だったけどよぉ、まさか嘘の情報流されたか?」
なんと、これは驚いた。
奴もまた、妾を探しておるようだ。
その理由を聞いてみたいところだが、アルマの奴を放っておくのは避けたい。アルマは知らんうちに命の危機に陥るからのう。
デカブツには悪いが、妾に気付いていない今のうちに奇襲を仕掛けさせてもらおうか。
地を蹴り、前へ。狙いはデカブツ、その脳天。
ここまで好き勝手にやってくれた礼だ。
「その命、貰うぞ」
渾身の踵落としが、直撃する寸前。
「なんだ、いるじゃねえか」
男は頭を、その丸太のような両腕で防御した。
これまた驚いた。
完全に意識の外からの一撃だったと言うのに、まさか防がれるとは思わなんだ。
「ハハッ、まだ軽いが悪くねえ。この雑魚の中じゃ一番マシだ」
妾の渾身の蹴りが軽いか。
あの余裕そうな笑みは心底気に食わんが、力比べではあちらに分があるか。
「まったく。聞きたいことは山ほどあるが、その下品な笑みをやめんか」
「ここは戦場だぜ?品なんてどこにもありゃしねえんだよ、ガキ。いや、今はコユキだったか」
「何故それを!?」
どこかで会ったことがあったか?いや、すれ違ったことすらない。あんな顔には一切心覚えは無い。
ならば、いったいどこで妾の名を知っている。
「そう怖い顔すんなよ。質問があるなら、まずは俺を満足させてみなぁ!!!」
大男は、その巨体からは想像しえない軽快さで飛び上がった。
あれはまずい!
「周りにおる者はすぐさま離れろ!!」
その忠告が周囲の者たちの耳に入るころには、すでに手遅れだった。
高く飛び上がった大男は、自由落下し、そして地面に勢いよく着地した。
男が着地したことで、地面は粉砕し、強烈な衝撃波を放射状に生み出した。
防御の体勢を取り、衝撃波に備える。
衝撃波は皮膚に辿り着くと、肉を伝わり、骨を軋ませた。
無意識に歯を食いしばり、目を強く瞑ってしまう。
「グッ!!!」
これほどの痛みを味わうのは久しぶりだ。
しかし、これでは・・・。
と、ようやく肌を打つ衝撃が消えた。
それに合わせ、瞑っていた目を開く。
視界には、大男と地面を伝う大量の血。
先ほどまで周囲にいた者たちは、どうやら悉く命を散らしたらしい。
「敵味方関係無しか!?」
「味方ぁ?この程度で死ぬ奴のことを、俺は味方とは思えねえな」
まさに闘志の塊、狂気とも呼べる気概。
なるほど、ただの人間ではこやつには勝てない訳だ。
しかし不幸中の幸いと呼ぶべきか、アルマに衝撃波は届いていないらしい。
「ま、今のを耐えた褒美だ。いくつか質問してもいいぜ」
どこまでも気に食わんやつだ。
妾に対し、上からモノを言いおって。
だが、戦っている者たちには悪いが、これはいい機会だ。利用しない手は無い。
「では、妾のことをどこまで知っている?」
「そこまでは知らねえ。ただ、てめえが半獣だってことは知ってんぜ?」
「半神半獣だ、間違えるでない」
しかし、それを知っているとは予想外だった。
妾が半神半獣であることは、そこかしこで言いふらしているわけではない。それを知っているとなると、その情報源は一体誰なのだ。
しかしその前に、妾と対等に渡り合うこの男は何者だ。
人間と神では圧倒的なまでの差がある。
だがこの男と妾の間には、その圧倒的な差が無いように思える。
これではまるで・・・。
「神だ」
「な!?」
「そう驚くなよ、顔見りゃ大体何考えてるか見当がつく。ま、正確には神の力を分けてもらった元人間ってとこだな」
神の力を分け与える?
出来ないことでは無いが、聞いたことが無い。そんなことを好き好んでする神がいるのか?
「・・・その力、誰から受け取った?」
核心に迫る質問。
それを受けて、男は不敵に笑った。
「悪性の神だ」
* * * * *
コユキの奴、一体何を喋ってんだ。
それにさっきの異常なほどの衝撃。あれをやったのはあの男なのか?
本当に大丈夫なんだろうな、コユキ。
不意によぎるそんな不安。
しかし次の瞬間には、そんなことを考えている暇はないと頭の中を切り替える。
そして目の前の敵に集中し、剣を振り抜く。
「フッ!」
俺の中に生まれた不安ごと切り裂くように、全霊を賭けて剣を振った。
手に伝わるのは肉を断つ感覚・・・ではなく金属を打つ感覚。
刀身から柄を伝わり、ついには腕までその衝撃が届く。そして最後には手がしびれる感覚が残った。
一度後退し、何が起きたのかを整理する。
今の瞬間、俺の攻撃が防がれた。
そして視界の先に居るのは、細身だが相当の実力を漂わせる茶髪の男。
「悪いな、これ以上お前に好き勝手させるわけにはいかねんだわ」
「誰だよ、お前」
「俺はレギオス。こっから先は俺の相手してもらおうか、少年」
レギオスと名乗った茶髪の男は、剣を構えながら言った。