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はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
七章 王都戦争
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魂の形

 その日、王都はある噂でもちきりだった。

 それは第四王女であるソフィア・ティルフロアが失踪したというものだった。

 彼女は王とその妾の間に生まれた子であり、その出自ゆえ身内や貴族間、果ては王都全域で卑下されていた王女であった。

 しかしながら彼女を支持する者がいなかったわけではない。彼女は王族では珍しく、民衆と同じ立場に立ってものを考えることが出来る人間だった。ある者がその考え方を、弱者の思考と罵った時には彼女は静かな怒りを湛えながらその者を論破して見せた。逆境の中に居ながら、威風堂々としたその在り方を陰ながら応援する者も少なかった。


 そんな彼女が行方をくらました。

 彼女を卑下する者にとってその報せは喜ばしいものであり、支持する者にとっては憂うべきものだった。

 その噂の中で、彼女は失踪する直前にある男と会っていた、と言われている。その男は来たる帝都との戦に志願兵として参戦するらしい。


 その”ある男”である俺ことアルマ・エンブリットは騎士団本部で取り調べを受けることとなった。

 それは調練十二日目のことだった。


 騎士団本部の一室に案内された俺は、俺の取り調べを担当する者が到着するのを待っていた。


 孤独と静寂が支配する部屋で、俺はただ動揺していた。

 ソフィアとの会話と、彼女の失踪という事実が際限なく脳内を駆け回る。静かで、深刻な動揺だった。


 もしかすると失踪の原因は俺にあるのかもしれない。

 あの日、俺はソフィアに強く当たってしまった。俺の突き放すような話し方が彼女を追い詰めたのかもしれない。

 しかし、彼女は許されないことをした。だからあの時の対応は間違ってなどいない。むしろ優しいくらいだ。


 そんな時、こちらに近づいてくる足音が耳に入った。

 足音は二つ。一つは重量のある力強いもの、もう一つは軽快なもの。

 それは騎士団団長であるギルダ、そして副団長のクレシオのものだった。


「アルマ、久しぶりだな」

「ああ、ギルダ。そしてクレシオ」


 ギルダは俺と向かい合う位置に置いてあった椅子に座り、クレシオはそんなギルダの横に立った。


「さて取り調べ、の前に」


 さっそく本題に入るかと思いきや、どうやらそうではないらしい。


「まず、アルマ・エンブリット。君に感謝を」


 突然、頭を下げられた。

 ギルダに続いて、隣に控えていたクレシオが頭を下げた。


 そのまま数秒して、二人は顔を上げた。


「君が死霊術師を駆除してくれたことで、洗脳事件で落ちた名誉は復活とまではいかずとも、大いに向上した。君があってこそ、今の王都騎士団がある。感謝してもしきれない」

「いや、死霊術師に関して俺が出来たことは少ない。礼ならノアにでもしてやってくれ」


 死霊術師の追う中で、一番の功労者はノアだろう。

 それに死霊術師に直接手を下したのは俺ではなく、ユウリだ。

 俺がやったことは一体アンデッドを倒したくらいのこと。それ以外の戦闘ではコユキに頼りっぱなしだった。


「君はそういう奴だろうと思ったよ。感謝は素直に受け取ったほうがいいぞ?」


 口にした後、ギルダは一度咳払いをした。

 目の前の男に朗らかな様子は既に無く、えもいわれぬ緊張感を纏っていた。


 俺もここからが本題だと気を引き締める。


「では取り調べと行こう。今回の取り調べにおいて、クレシオも同席する。彼の前では嘘は無意味だ。質問には真摯に答えるように」


 俺は頷いた。


「では、今回の第四王女ソフィア・ティルフロア様の失踪に君は関わっているか?」


 かなり踏み込んだ質問。思わず言葉が詰まってしまう。

 しかし、落ち着いて答える。


「無関係、とは言い切れない。だが彼女に失踪を促した等の事実は一切ない」


 言い切ると、クレシオがギルダに耳打ちをした。

 ギルダが頷くと、クレシオは顔を離した。


「嘘ではないようだな。しかし無関係と言い切れない、というのはどういうことだ?」


 俺はソフィアとの関係を話した。

 そうすることであの日ソフィアと接触したことに不純な意図は無いと示した。


「君は奇妙な縁を持っているな」


 一連の話に対するギルダの感想はその一言だった。


「では、その日の会話内容を教えてくれ」

「それは・・・」


 彼女が騎士団洗脳を企てたことを言うべきか、それとも黙秘するか。

 しかしこの場にはクレシオがいる。嘘を言えばすぐにバレるだろう。

 だが、ここで俺が彼女の所業をギルダに伝えるのは何かが違う。あくまで俺は、彼女一人の力で罪を背負ってほしいと思うのだ。騎士団が罰してしまえば、最後は赦されてしまう。それは俺の意図とは反する。


「世間話だ」


 一か八かの賭けだった。クレシオが俺の嘘を見抜くか否かの。

 すると、クレシオはギルダに耳打ちをし始めた。

 耳打ちを終え、クレシオはその場に直り、ギルダが口を開く。


「嘘ではないようだな」


 ギルダが醸し出す緊張感がそこで切れた。

 張り詰めていた空気が弛緩したことで、取り調べが終了したと分かった。


「まあいいだろう。戦も近いことだ。これ以上の取り調べは無用だな」


 立ち上がったギルダは部屋の出入口へと向かった。


「再度呼び出しがかかるかもしれない。その時も協力してくれるとありがたい」


 そう言ってギルダは部屋を出た。


 部屋の中には俺とクレシオだけになった。


「なあ、クレシオ。本当は分かってるんじゃないか?」

「まあね」


 クレシオは、先ほどまでギルダが座っていた椅子に座った。


「私のスキルはね、心を読むんじゃなくて、魂の形を読み取ることなんだ」

「急になんだよ」

「いやだから、君が心の中でどんなことを思っていたかと言うのを正確に読み取ることは出来ないんだ。発言の真偽、善悪の区別がつく程度なんだけど、君の最後の発言は嘘ではあったが悪では無かった」


 突然始まったクレシオの話に、俺は困惑しながらも納得した。

 さっき嘘を言っても見逃されたのはそういう理由だったのか。


「でもこんなスキルだから分かることもある。それはいわば、深層心理だ」


 クレシオは冷たい声音で言った


「私は、根は意地汚くてね。一概に性格が良いとは言えない。だから気になったことは相手の気持ちを無視して、そのまま言ってしまう」


 そう言われて、俺はクレシオが何を言いたいのか感づいた。


「だから言うけれど、アルマ君」


 クレシオは、俺をその目で捉えて離さなかった。



「君は不幸な自分を存外気に入ってるね?いや、不幸な自分に酔ってるね?」



 その言葉は突き刺さるように鋭利で、頭を殴られたように衝撃的だった。


 昔だったら。


「そうかもしれないな」

「随分と平然としているね」

「他人のお前が気づいて、俺が気づいてない訳が無いだろ」


 そんなことは昔から分かっている。俺が自分のことを悲劇の主人公のように思っている側面があるということは。

 そして苦悩した。こんなにも俺は苦しいのに、それを好ましく思っている自分がいることに。

 まるで二重人格。精神の乖離は俺にとって最大の悩みの種だった。


 だが、今は受け入れている。

 俺は、不幸な自分に縋らなければ生きられない弱い人間なのだと受け止めている。


 それに


「俺が悲劇の主人公を気取っていたとしても、大切な人との別れは死ぬほど悲しいし、苦しい。それだって紛れもない本音で、もう一つの深層心理だと俺は思う」


 たとえ俺が不幸な自分に酔っている人間だとしても、今まで流してきた涙に嘘は無い。

 だからこそ、今はソフィアがいなくなったことが・・・。


「やはり君は素晴らしい」


 クレシオはそう呟いた。


「これで気を悪くしたらどうしようなんて思っていたけど、不要な心配だったようだ」

「そう思ってたなら言うな」

「こればかりは性分だからね、変えようのない私の魂さ」

「そうかよ。俺は行くぞ?」

「ああ、構わない。次は戦場で」


 その言葉を最後に、俺とクレシオは別れた。 

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