知られざる思惑
本日の調練は終了し、俺とバルゴの二人は宿舎への帰路についていた。
「にしてもアルマ、お前すげえな。なんつーか、器用っつーか。足から風魔法を使うなんて、なかなか出来ねえぞ」
「それは多分、スキルのおかげだ」
『戦闘能力向上』は、端的に言えば技術が身につくスキルだ。剣の振り、足捌き、魔法の使い方。テクニックが向上する。
そのことに気づいたのは、大体七歳くらいの頃だったか。あの時は、向上し続ければいずれ『申し子』持ちにも届くのではと思ったが、そんなに甘くはない。
俺のスキルと、『申し子』スキルとでは大きな違いがある。それは身体能力だ。
俺のスキルで向上するのは技術だけ、それに伴う肉体は自ら創り上げなければならない。しかし、肉体にも限界がある。それはつまり、強さに限界があるという事だ。
対して『申し子』スキルは技術を扱うに足る身体が自然と出来上がる。だからこそ強さに限界がない。まさに壊れスキルだ。
「いいなあ」
「バルゴはどんなスキルなんだ?」
「ん?俺は持ってねえぞ?」
「っ!すまん、嫌なこと聞いた」
パッシブスキルを持たない者がいる、というのは聞いたことがある。非常に稀なケースで、そう言った者は軽蔑の対象になるとのことだったが。
あまりに不躾だった。そもそも、スキルの話は進んでするものでもない。自らの手の内を明かすなんてのは、普通ならしたがらない。
「いいって。今に始まったことじゃねえ。何も無い自分ってのも悪かねえぜ」
「お前は強いな」
バルゴとの会話の最中、前の方から見覚えのある顔が歩いてきた。
「アルマさん、久しぶりです」
「ノア」
「知り合いか?」
「ああ」
バルゴの質問に簡素に答える。
「なんでお前こんなとこに?」
「アルマさんに用事があって」
ノアの表情から、ただの雑談では無いことがわかる。それにこんな道端でする話でも無いだろう。
「バルゴ」
「ああ、いいぜ。お前んとこのガキの面倒は見てやるよ」
「まるで俺の子供みたいに言うな」
そんなやりとりを交わして、バルゴと別れた。
その後、俺はノアを自分の部屋へと連れて行った。
「ここ俺の部屋、だ!?」
部屋の扉を開け、部屋の中を見渡すとそこにはコユキがいた。コユキはベッドの上で眠っていたが、俺たちが帰ってきたことに気付き目を覚ました。
「おう、アルマ。そしてノアではないか」
「お前、自分の部屋行けよ」
「いえ、コユキさんにもいてもらった方が良いと思います。僕たち三人は、一緒に帝都で調査した仲ですから」
ノアがその方が都合がいいと言うのなら、今だけは何も言わないでおこう。
「ただ、寝る時は自分の部屋に行けよ」
「分かっておる」
「というか、お前ちゃんと調練出てんのか?」
「あんなもの、妾には不要だ」
まあ、コユキらしいといえばコユキらしいが。
「あの、そろそろいいですか?」
「ああ、悪い。話の邪魔して。何の話かは大体見当がついてる」
さっきもノアが言ったように、俺たちは帝都に調査に行った仲。なら話の内容もそれに準ずるものだろう。
「今回の戦争の原因、やっぱり俺たちなのか?」
「・・・おそらくは」
予想していなかったわけでは無い。それでも、こうも真正面から突きつけられると、不思議な緊張感がある。
しかしそうなると、俺やノアが責任を問われる可能性もあるわけだが。
「俺たちは、責任を取らされたりするのか?」
自然とそんな疑問が口から出た。不安、と言ってもいい。
戦争は忌まわしいものだ。それは前世での記憶がそう思わせているのだ。だからこそ、その原因が自分だとなれば、その重荷に潰されてしまいそうになる。
「それは無いでしょう。団長もそんな様子はありませんでしたし」
とりあえず、一安心だ。この戦争で不利益を負う人を思えば、「安心」なんて気楽なことを言ってはいられない。それでもやっぱり、安心した。
「なら、俺たちは目の前の戦いに集中するだけだな」
「ええ。そうですね。死なないように頑張りましょう」
心に影を落としていた不安は消えた。ならこれ以上余計なことを考えるのはやめよう。
「話はそれだけか」
「はい。それでは」
ノアは俺から背を向け、扉の方へと踏み出した。
「待て」
その足を、コユキの一声が止めた。
「どうした?」
「いやな、妾たちが戦争の原因だとして考えればおかしな事がある」
コユキの言葉は、部屋に凛と鳴った。
「帝都の連中が妾たちに目をつけるとすれば、一体どの部分なのだろうな」
「どの部分?」
「もっと言えば、どの時点の、誰との戦いで」
帝都で行った戦闘は三度。
一度目は、俺と軍服のアンデッド。しかしあの場には他に人はいなかった。人の目につく事は無かったはずだ。
それで言えば二度目の神父との戦闘も、三度目の死霊術師との戦闘も同じだ。誰かに気づかれるような事は無かった。
待て、誰にも気づかれるはずがなかった?
「帝都の連中はどうやって気づいたんだ?」
どうやって、俺たちが、王都の手先の者が死霊術師を倒したと分かったんだ?
違う、分かったとかそういう話じゃ無い。
「事前に分かっていた・・・」
おそらく、分かっていたのは帝都の上層部だ。
その証拠に、帝都の一般人はアンデッドの影に怯える様子を見せていた。
しかし、だからこそ問題だ。
「そうだ。おそらく帝都は死霊術師がいることなど承知の上だった。死霊術師の動向も探っていた。そう考えるのが自然だろう」
「すみません、僕戻ります!」
コユキの話を聞いたノアは、急いで部屋を飛び出た。
「推理でしか無いというのに気が早いのう、ノアは。なあ、アルマ」
俺はその言葉に答えることが出来ずに、立ち尽くしていた。
この戦争の裏にある帝都の思惑に、俺は何かを感じずにはいられなかった。