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はたして俺の異世界転生は不幸なのだろうか。  作者: はすろい
七章 王都戦争
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鍛錬の合間に

「うわっ!」


 転倒すると同時に、僅かに上ずった声が漏れ出た。

 風魔法の出力を上げ過ぎてしまったせいだ。


「まだ慣れぬのか?」


 転んだ状態から起き上がる俺に、コユキが声をかける。

 この鍛錬を始めて一週間と三日。それでもまだ転ぶことが多い。一度出力の調整が狂えばすぐに転んでしまう。姿勢を崩さず、かつ十分な速度を維持するには絶妙な魔力コントロールが必要になる。慣れないうちは気を緩めることが許されない。


「一定の速度を超えると、どうにもな。魔力の調整が難しいんだ。体幹の問題もあるだろうけど」

「中々上達せんのう」


 それを言われると弱い。

 だが、全く上達していないわけではない。最初よりかは上達している。


 そんな言い訳じみたことを心の中で呟きながら、立ち上がる。


「よし、コユキ。もう一回だ」


 とにかく今は反復して、感覚を体に叩き込まなければならない。迫る戦いのときのために。


「まあ待て。いったん休むとしよう」

「いいや、やる。休んでる暇なんてない」

「休むべきだ。それとも、魔力切れを起こして時間を無駄にする方がいいか?」


 そういえば、早朝から始めてすでに昼前だ。今日だけで何十、下手すれば何百と失敗を重ねている。

 それに体が怠い気もする。

 一度魔力切れを起こしたことがあるが、あの時は約一週間眠っていた。

 ここはコユキの言葉に従った方が良いか。


「そうだな。休もう」

「うむ」


 俺とコユキは二人並んで、その場に腰を下ろした。

 俺たちの頭上に果てしなく広がる青い空は平和そのもので、いずれ大都市間で争いが起こることが嘘のように感じられる。

 隣に座るコユキは何も言わず、ただ遠くを眺めている。


「詳細っていつ頃決まるんだろうな」


 なんとなくこのまま無言で居るのを避けたかったため、そんなことを聞いた。


「一か月のうちには決まるのでは無いか?」

「王都から帝都まで馬車で三か月だぞ?そんな早く決まるものなのか?」


 往復六か月だ。さすがに宣戦布告から半年経って日時決定、なんて悠長なことは無いだろうとは思っていたが、それでも三カ月半くらいは掛かると思うのだが。


「そう言ったものはデュオクスが仲介して決めるのだ。奴が仲立ちすることで遠方であっても会話することが可能なのだ」


 電話みたいだな。デュオクスは仮にもこの世の神であろうに、便利な使われ方をされているものだ。


「デュオクスは戦争を止めたりしないのか?止めないにしても神だったらこう、人と人の争いは下らないとか言いそうなもんだけど」

「下らないとは思うが、止められるものでもない」

「デュオクスは何でもできるんだろ?どうにかできそうなもんだけどな」


 例えば、戦争という知識を人から消去するとか。そうすれば戦争という最終手段に踏み切ることも無いと思う。


「戦争は止めることは出来ても、無くなりはしない。決して」

「どうして?」

「お前もエルリアルと喧嘩したことがあるだろう?」

「まあ、うん」


 両親が死んだあの日、俺とエルは喧嘩した。それまで喧嘩なんかせず、仲良く遊んでいた俺たちだったが、あの時初めて喧嘩したんだ。今となっては懐かしい思い出だ。


「言ってしまえば戦争も喧嘩だ。規模が違うだけでな。それは人間同士の価値観に差異があればこそ起こるのだ。お前は全ての人間が全く同じ価値観で物を考えられると思うのか?」

「無理だな」


 ただの雑談のつもりが、道徳の授業みたいになってしまった。

 しかし、コユキが真面目な話をするのは珍しいことだからか、聞き入ってしまった。


「それに、デュオクスも全能ではない」

「そうなのか?」

「知らんのか?ふむ、有名な話だったと思ったのだがな。絵本とやらになっていると聞いたが」


 絵本?

 となれば俺も心当たりがある。


「それってもしかして、『ふたりのかみさま』って題名か?」

「おお、そんな名前だったのう」


 幼いころに、母に読んでもらった記憶がある。

 しかしあの内容って本当のことだったのか。ならデュオクスは善性の神と言うことになるが、そんなイメージは全く無いな。


「話はこのくらいにして、再開するぞ」


 立ち上がったコユキは俺から距離を取りながらそう言った。

 俺も立ち上がり、コユキとは逆方向に歩き出そうとした時。


「あっ」


 コユキが小さくそんな声を出した。

 コユキの方を見ると、転びそうになっていた。


 それを見た俺はコユキの傍へ駆け寄った。距離は大体五メートル。急いで駆け寄り、なんとか転ぶ前にコユキを支えることが出来た。


「これならデュオクスが全能じゃない、っていうのも頷けるな」


 コユキの言った通り、神は全能ではないらしい。足を絡ませて転びそうになる神を見て、そんなことを思った。


 そんな俺の皮肉を込めた言葉に、コユキは何も返してこない。俺に支えられたまま、無言を貫いている。


 俺の言葉に怒ったのか?


 まさか転びそうになったのは単に足を絡ませたからではなく、どこか怪我をしているからか?コユキには戦闘の度に頼り切りになっていたから、そうであっても不思議はない。


「どうした?どこか痛いのか?」


 中々返事が無いコユキにそう問いかけると、コユキはゆっくりと俺に視線を向けて言った。


「今、出来ていたぞ」


 そう言われて気が付いた。

 今の瞬間、俺は無意識のうちに風魔法を使って高速移動したのだ。それも、今までで一番大きな出力で。


「コユキ!忘れないうちにもう一回だ!感覚を覚えないと!」

「分かっておる!」


 この日、俺は風魔法による高速移動を完全に身に着けた。

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