ダグラスの決意
「今日はこのあたりで終わるか」
「疲れた・・・」
ダグラスがそう言ったと同時に、俺は全身を脱力してその場に寝転がった。
今日も朝から日没までの時間を全て鍛錬に費やした。現役冒険者の俺がくたびれているというのに、一線を退いたダグラスは涼しい顔をしている。さすがは二つ名持ちと言うべきか。
帝都が王都に宣戦布告したという報せをエルから受けて早一週間。
開戦の日時と場所は未だ決まっていない。いつか来るであろう戦争に向け気を張り続けるのは、思っていた以上に精神が削られる。この一週間、戦争のことが頭から離れなくて仕方が無かった。
それは俺だけでなく、スミシーも同じだ。このところスミシーはずっと教会に赴いている。自らの娘の身を案じ、神に祈りを捧げ続けているのだ。
俺としては魔法を教えてもらいたいのだが、スミシーの心情を思うとそれも憚られた。
代わりと言ってはなんだが、コユキに魔法の訓練に付き合ってもらっている。風魔法を用いた高速移動をより洗練させるためだ。
それ以外にも攻撃魔法の訓練も行っている。ダグラスには攻撃魔法を使うことを注意されたが、それは周りに味方がいるときの話だ。仮に敵に囲まれるようなことがあったら、その時は魔法を使うことになるだろう。戦場において何が起こるかは分からない。できる限りの準備はしておくべきだろう。
「そうだ、ダグラスさん。俺って戦争に参加できるんですか?」
上半身を起こし、俺はダグラスに聞いた。
よく考えてみれば戦争に参加することが出来るかどうか分からない。この戦争の原因が、俺とノアの帝都での行動なのであればその時は参加することが出来るだろうが、そうでない時はどうなるんだ?
「ああ、それなら心配いらない。大抵こういう場合、王都では志願兵を募る。アルマ君は志願兵として戦場に立ってくれ」
その答えに安心した。
最悪、乱入することになるかと思っていた。
だがそれならダグラス自身も志願兵となればいいのではないか?ダグラスの実力は俺とは雲泥の差だ。彼が戦うのであれば、王都側としても大きな戦力を得ることとなる。
「ダグラスさんは参加しないんですか?」
思わず漏れ出た質問に、ダグラスは顔を強張らせた。
しかし、そんな真剣な表情もすぐに和らいだ。
「俺はここに残る。残って、スミシーと共に居る」
ダグラスは笑みを浮かべながら告げた。
「エルはアルマ君に託す」
「託すって・・・まるで」
まるで遺言のようだ。この戦争で自分は死ぬかのような口ぶりだ。
そんな俺の胸中を読み取ったのか、ダグラスは続けた。
「俺はエルには生きてほしい。だが・・・」
ダグラスは星空を見上げた。
「共に死にたいと思うのは、スミシーだ」
その言葉には、ダグラスの硬い決意が現れていた。
俺はそれを悟った。スミシーがその命を絶つことがあれば、それはダグラスが命を絶つ時なのだと理解した。
戦争が行われる場所によっては、このサンタナ領に戦争の火の粉が降りかかることもあるだろう。そうなった時のことを考えると、自然と暗い気持ちになる。
夜空を見上げていたダグラスは視線を落とし、俺の表情に目を向けた。
「そう悲しそうな顔をするな」
励ますような優しい声音。
その言葉に、俺はダグラスの顔を見上げた。
「後ろ向きなことを言ったが、死ぬ気なんてさらさら無い。俺がここに残るのはエルとアルマ君の帰る場所を守るためだ」
ダグラスは白い歯を見せて、豪快に笑った。
「帰ってきたら、また狩りにでも行こう。知ってるか?魔物の肉も結構いけるんだぞ」
「それは勘弁してほしいですね」
魔物を食うのはごめんだが、狩りのためなら帰ってきてもいい。昔とは違う、成長したところを見せるために。帰ってこよう。