争いに向けて
帝都が宣戦布告した。
それはつまり、帝都と王都による戦争が起こるということを意味している。
そのことをエルから聞いた時、俺の頭に一番に浮かんだのはノアだった。
俺とノアは帝都で行動を共にした。その際に、自分達が原因で王都が帝都に因縁をふっかけられることがないように努めた。
しかし、その心掛けも水泡に帰した。
いや、原因が俺たちにあると決まったわけではない。
とりあえず、エルにはそのことを聞くべきだろう。
「エル。その宣戦布告、俺たちが原因なのか?」
心ここに在らず、と言った風のエル。未だに現状に理解が及んでいないのだろう。
それは俺だってそうだ。戦争なんて言葉は教科書に載っていたもので、自生活には無関係なものだったのだから。そんな遠い物事に、今まさに直面しているのだ。努めて冷静にあろうとしているが、やはり夢なのではないかという気持ちも拭えない。
「それは違う、と思う」
完璧に違うとは言い切れない。
仕方ない、原因究明は後にしよう。楽観的かもしれないが、戦争が刻一刻と迫っているのだ。自分が原因でなかったとして、その事実に安心していられる状況でもない。この戦争において、俺も無関係ではいられない。
「それはいつになる?」
困惑に焦りも相まって、言葉足らずの質問をしてしまう。それでもエルには伝わったらしく、質問に答えてみせた。
「まだ宣戦布告しかしてないから、これから場所や日時を決めるんだと思う。でも、きっと避けられない」
その言葉には確信が宿っていた。
どこで、いつ行われるのかは分からない。それでも行われることは、開戦することだけは確か。
「これからエルはどうするんだ?」
「すぐに王都に戻るよ。騎士団に行かないと」
それもそうだ。エルは騎士団の中でも、特筆すべき戦力だ。師団長としての責務もある。そんな彼女がいない中でこの重大事項について会議を進めることは出来ないだろう。
「俺も行く」
「待て」
俺の言葉に重なるように、帰ってきたダグラスが声を発した。
「どこに行ってたんですか?」
「教会に祈りに行ってたんだ」
この状況で思うことでもないが、意外だ。ダグラスも教会に出向くことがあるんだな。
「それで、待てとは?」
「まだ詳細は決まっていないのだろう?だったらそれまでにできる限り力をつけるべきだ」
「エルを止めたとかではないんですか?」
「止められるのならそうした」
ダグラスは続けた。
「アルマ君。図々しいが許してくれ。君にエルを守ってもらいたい」
そんなことを言われるまでもない。力量から鑑みてエルは俺より遥かに強い。それでも肉壁にはなれる。必要があればこの身を盾にしてエルを守るつもりだ。
「パパ!」
「いや、エル。俺は最初からそのつもりだ」
「ありがとう、アルマ君」
頭を深く下げるダグラス。
迫る戦争に、それぞれの不安が募り、場の空気が重くなる。
「アルマ、どうかしたのか?」
そんな空気を若干ではあるが弛緩させたのは、起きてきたコユキだった。
「コユキ・・・」
「何があった?随分と暗い顔をしておるが」
俺はコユキに事情を説明した。
これまでの流れを説明していくと同時に、頭の中を整理する。
戦争が起こる。
それは避けようもなく、それにエルが加わるのも避けようがない。
そんなエルを守るため、俺は少しでも力をつける。
俺も戦場に赴くことになるが、エルを守るためだ。仕方ない。
全てを説明し終わった後、コユキは頷いた。状況を把握し、そして今回も俺と共に行動することを決めてくれたのだろう。
「パパ、ママはどこにいるの?」
「まだ教会にいる」
「そっか。出る前に一回会いたかったけど。でもあたしも急がないと行けないから」
先ほどまで呆けていたエルは既にいない。目の前にいるのは師団長としてのエルだ。
エルはダグラスが入ってきた扉を開け、背を向けたまま顔だけをこちらに向けた。
「行ってきます」
「ああ。死ぬなよ」
「うん、パパ。アルも」
「またな」
一度笑顔を浮かべ、エルは王都へと向かった。
「アルマ、お前を死なせないと約束しよう」
コユキから珍しく頼り甲斐のある言葉が飛び出した。それを嬉しく思いつつも、より不安が増大する。コユキにそう言わしめる状況なのだ、俺もこのまま立ち尽くしてはいられない。
「ダグラスさん」
「ああ、早速始めよう」
戦いに向け、それぞれが歩き出した。