好意の行方
「ただいま」
俺はダグラスとともにフォートレス家に足を踏み入れた。
「アルマ君!」
そんな俺の視界に飛び込んできたのは、エルの母親のスミシーだった。その勢いは、何か一大事が起こったかと思うほど鬼気迫るものだった。
「な、なんですか・・・?」
「アルマ君!あの子、誰!?」
そう言って指差した先には、椅子に座るコユキが居た。スミシーとは対照的に、実に優雅に寛いでいる。
「コユキ・・・ですけど?」
「名前はもう聞いたわ。そうじゃなくて、どういう関係って聞いてるの!」
「おお、俺も気になってたんだ」
後ろのダグラスが口にした。
どういう関係、と問われても・・・。
「仲間です」
「仲間を故郷に連れて帰ってくるなんておかしいでしょう!?」
そうなのか?
まあ確かに、パーティーメンバーを紹介されたところで、という感じではあるか。
「なあ、アルマ君。俺は君に期待してるんだ」
ダグラスがそんな事を言い出した。
期待というのは何に対する期待だろう。
「エルはほら、危なっかしいだろ?」
「危なっかしい?エルに勝てるやつはそう居ないと思いますけど」
「そうじゃない。エルはあんな性格だ。だから悪い男にでも引っかかりそうで」
否定出来ない。
というか、悪い男には既に一回引っかかっている。記憶を改竄させられた事による、いわば不可抗力的な出来事だったけど。
「だからアルマ君、君には期待してるんだ」
「は、はあ」
「それでね、アルマ君。アルマ君ひょっとして、ああいう子が好みなの?」
「・・・はあ!?」
思わず上げてしまった驚嘆の声。
それと同時に、内心では納得もしていた。ダグラスの期待の正体を、ここに来て完全に把握できたからだ。
とは言っても、やはり驚きの方が大きい。
「い、いやいや!なあ、コユキ。お前からも何か言ってくれ」
「悪いなアルマ。妾も気になっておったのだ」
寛いでいたはずのコユキがいつになく身を乗り出して聞いてくる。普段は人の話に興味を持たず、話の間に欠伸をしたり、なんなら居眠りしているはずなのに。
「エル!」
「ごめんアル。あたしも聞きたい」
「エルリアルよ。すまんがお前は妾には勝てんぞ?何せ妾とアルマは互いに命を救いあっている。そんじょそこらの浅い関係では無いのだ」
間違っては無いが対立が深まるような事は言わないでいただきたい。
「あたしだって、アルとは子供の頃からの付き合いだもん!浅いなんて言わせないよ!」
激化する言い争い。やがてその矛先は一斉に俺へと向けられた。
全員の視線が俺の顔に集まる。もはや言い逃れ出来ない状況だった。
俺は意を決して口を開いた。
「確かにコユキの言ってる事は正しい。何度も命を救われてる、頼りになる存在だ。でもそんなコユキの力を借りてでもエルと会いたいと思ったのも事実だ。そもそも旅に出る理由の一つはエルだったし。だから俺にとってはどっちも大切なんだ」
どうだ?嘘偽りなく、それでいてどちらかに偏る事のない受け答え。
本来なら好き嫌いのどちらかで答えるべきなのかもしれないが、自分でもよく分かってないうえ、いざ言おうとしても尻込みしてしまう。
「煮え切らんな」
「うん、あたしもそう思う」
俺の返答はお気に召さなかったらしい。棘のような視線が痛い。
「あたしが聞いてるのは大切かどうかじゃなくて、どっちが大切かってことだよ」
「アルマよ、焦らずに答えてみよ。エルリアルが傷つく事を恐れるな」
「な!コユキちゃん勝ったつもりでいるの!?ねえママ、聞いた!?」
「エル、貴方とコユキちゃんじゃ真逆すぎるわ」
「ママはあたしの味方だったじゃん!」
これは収集がつかなくなってきた。
同じ男としてダグラスに助けを求めよう。
「ダグラスさん!」
「アルマ君。親としての贔屓目なしに、エルの容姿は一級品だと思うんだが、どうだろう?」
だめだ、八方塞がりだ。
「アル!」
「「アルマ君!」」
「アルマ!」
迫られる回答。
まるで息が詰まるような、そんな感覚が俺を襲う。
それからは全員の追求を、俺が苦し紛れに言い逃れるという見苦しい状況が続いた。
やがて夕飯の時刻になり、この討論が強制終了させられるまでの間、俺は言い逃れし続けた。