異世界の聖女
話は少し遡る。
ミルドレッドが星のカケラの抽出に成功した日、それより1年ほど前に、実はこの国には大きな変化が訪れていた。
異世界の聖女が降臨したのである。
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「…異世界からの聖女だと?」
「そうだ、我が国に聖女殿がいらした」
至急の連絡を受け王太子執務室に参じたリゲルは、ディバルバイドに聞き返した。
「今どこに?ディバルバイドが見つけたのか?」
「今は王宮で保護している。ウーラの長雨で落ちた橋を架け替えるのに水晶森の木を切り出したのを覚えているか?それの御礼伝えで昨日は水晶森の精霊に会いに行っていた。
そこに悲鳴が聞こえたので護衛と駆け付けると、いらしたんだ、異世界の聖女殿が」
この世界の国々はそれぞれ聖霊の棲まう森を持っていて、そこにはごく稀に、呼ばれし者が異世界から現れる事があった。
元の世界と縁が薄かったり厭世感を持っていた者が多く、異世界から現れた者は皆ここに来たことを喜び、それぞれの国で幸せに暮らした。
「何故今?治世も魔物も安定していると思うが」
「そうだな。だがそういう国もあるというだけで、100年前に我が国に聖女様がいらした時もこの国は安定していた。こちらの都合は関係ないのかも知れないな」
「…ふむ」
聖女は平和と安定を連れてやってくる。政治が不安定だったり魔獣が増えて困っている国に聖女が現れると争い事は減っていき、魔物の被害も少なくなっていく。
何かしらの心配事がある国に聖女様は降臨されるとする説もあるが、この国の様に平穏な所に現れる事もあるので、聖女様が現れるのに此方の都合は関与しないのでは、という意見もあった。
リゲルのいるこの国は常々安定していて、前回聖女が現れた時、聖女はこの国を愛して穏やかに暮らし、自然災害は常より減り国全体で作物が良く育ったという記録が残っていた。
国に居てくれるだけで物事を安定させ穏やかに保ってくれる、それ故に異世界から現れる彼らは聖女・聖人と呼ばれた。
「異世界では学校に通っていて、帰宅途中に気がついたら精霊森の泉の側に立っていたそうだ。泉の中から出てきた大羽アンテロープに驚いて捕食されると思って悲鳴をあげたらしい。そこに私達が駆けつけた」
「ああ、あれは大人しい草食魔獣だが見た目は派手だからな。
それで?今後はどうする予定かもう決めているんだろう。面倒だが民衆に披露目もしないとだろうな」
「そうだな、しばらくは王宮でこの世界についてお伝えして、それからご希望の場所で暮らして頂こうと思う。100年前の聖女殿は王都の外れで小さなお茶屋をしながら暮らしていたらしい」
「まあ何であれ、聖女がいる国は暮らしやすいと言うからな。ミルフィがより暮らしやすくなるなら僥倖」
「お前という男は…。まあ良い、そういう訳だからリゲル、今後お前にも頼む事が出て来るかもしれない、頭に入れておいてくれ」
「断る、私は忙しい」
「断れる訳あるか。私が上司だぞ、何を当然のような顔をしているんだ」
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「私は断ると言ったはずだ」
「言ってはいたが私は了承してなかっただろうが。納得いかないみたいな雰囲気を出すのを今すぐやめろ。それにリゲル、お前じゃなくてミルドレッド嬢にお願いしたいんだが」
聖女が現れてから二月ほど経ったころ、リゲルは依頼したい事があるとディバルバイドに呼ばれて執務室にいた。
「他の人間にやらせろ、話し相手など幾らでもいるだろう」
「誰でも良ければそれはそうだが、聖女殿はまだ個人的に誰かと深く会話された事はない。はじめての茶会の相手選びが慎重になるのは当然だろう」
この二月の間、異世界の聖女へはこの国の歴史から情勢、異世界にはいなかったらしい魔獣の注意点や魔法についてと、一般的な暮らしの知識まで大事な事のお手引きが済み、次は人々との交流をとディバルバイドは考えた。
そこで初めてのお茶会相手としてティリード公爵家のミルドレッドを推薦する声が多く挙がったが、立ちはだかる強敵がいた。
リゲルだ。
「ミルフィである必要はない」
「三大公爵家で聖女殿と歳の頃が合うのはミルドレッド嬢だけだ。侯爵や伯爵家にも令嬢はいるが、ミルドレッド嬢ほどの深い知識と教養を持つ者はいない」
「当たり前だろう、そもミルフィと烏合の衆を比べる事の意味の無さよ!ミルフィは優秀で美しく優しさに溢れた唯一絶対だからな」
「ではミルドレッド嬢で決まりだな」
「断る」
つんとそっぽを向く大人げを忘れたリゲル。
こうなると他の人間では太刀打ち出来ないのが普通だが、長い付き合いのディバルバイドは当然こうなる事を予想していた。
そして次の一手を打っておいた。
コンコンと執務室にノックの音が響く。
事務官が扉を開け、護衛騎士と二言三言話す。
「2時にお約束の方がお見えです」
「通してくれ」
「ディバルバイド王太子殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。ティリード公爵家ミルドレッドでございます」
「ミルフィ!」
「楽にしてくれミルドレッド嬢、リゲルは落ち着けよ」
「聞いてないぞ」
「言ってないな」
話を通しておかないと後々面倒なのは分かっていたので先にリゲルを呼んだが、反対されるのは目に見えていたのでディバルバイドは少し遅れてミルドレッドも呼んでいた。
「ミルドレッド嬢、伝書魔紙で伝えた通りだが聖女殿の初めての茶会の相手をお願い出来ないだろうか。聖女殿は王立図書館で何度かミルドレッド嬢を見かけて気になっていたらしい。はじめての茶会相手候補がミルドレッド嬢になったのは、聖女殿の希望でもある」
「何、初めて聞いたぞ。謀ったなディバルバイド」
「何を謀るんだこの阿呆が。これを先にお前に話すと力尽くで妨害するだろうが」
「当たり前だろう、勝手にミルフィを見かけて茶会の相手に希望するなど聖女の権力に笠を着た越権行為だ」
「あの」
辺りに冷たい魔力を漂わせ始めていたリゲルの横で、控えめに笑みを浮かべたミルドレッドがディバルバイドに話しかけた。
「恐れ多くありますが、私で宜しければ是非お茶会のお相手に立候補致したく思います」
「ありがとうミルドレッド嬢」
「ミルフィ!無理しなくて良いんだよ。嫌なものは断ってもいいんだ」
「王太子殿下、御前失礼致します。
ーリゲル、私聖女様とお話してみたいわ。聖女様も聖人様も皆この世界には無い豊富な知識をお持ちだと本で読んだわ。聖女様の降臨された時代に生きられるなんて私達とても幸運だと思うの。ね、リゲル。だめかしら?」
「私がミルフィにだめだなんて言うはずがない、ミルフィはミルフィの思うようにするといい」
「ありがとうリゲル」
にっこりと嬉しそうに微笑んだミルドレッドを見て、ディバルバイドは“作戦成功だな”と考えていた。
リゲルはミルドレッドには決して勝てないのだ。そも勝つ気もないが。
書くのが遅くてすみません。
読んで下さった皆様、ブックマーク、評価、拍手を下さった皆様本当にありがとうございます、とても嬉しいです。
誤字報告下さった方、大変助かりました、
どうもありがとうございます、感謝です。