チルチル草はもっふりしている。
2022/07/27
話の辻褄が合わない部分が出てしまったので一部書き直しました。
この国には、午後のひと時に薬草茶を飲んで休憩する習慣がある。
だがリゲルは普段、その時間をとる事はない。
休憩する程疲れはないし、呑気に茶を飲むくらいなら早く仕事を終わらせてミルドレッドの元に行きたいからだ。
だがミルドレッドと一緒なら、それはもう全く話が違う。
今日はなんと、新しい薬草茶を作ったミルドレッドが“午後のお茶の時間に味の感想を教えてほしいの“とリゲルを誘ってくれたのだ。リゲルはずっとうきうきしていた。
ミルドレッドは美味しい薬草茶の調合が得意で、今までにも何種類かの薬草茶を作り一般に販売もしていている。どれも美味しいと評判で、作って販売する度即完売してしまうお茶もあった。
(ミルフィは私の研究室に来てくれると言っていたが、それより私がミルフィの元まで行くべきではないか?そうだ、ここに来るまでの途中、虫ケラ共があまりに可憐で可愛いミルフィに耐えられずじろじろじろじろ見るかも知れないじゃないか、なんと悪辣断じて許すまじ今すぐ研究所の外まで吹き飛ばしてやるぞゴミムシ共があ!)
いつもの様に脳内で勝手に仮想敵を作り上げ、殺気混じりの冷たい魔力を辺りに滲ませたリゲル。
その後何とか冷静になり、お茶の時間の少し前にはいそいそと茶菓子持参でミルドレッドの研究室の扉をノックしていた。
「まぁリゲル、私があなたの所まで行こうと思っていたのよ、わざわざごめんなさい。でもどうもありがとう、少し待っていてね、土を落としてくるわ」
笑顔でリゲルを迎え入れたミルフィは、そう言って室内の手洗い場に向かった。
「チルチル草達の植え替えをしていたの。ちょうど全員終わったところで良かったわ」
室内に幾つかあるうちの、その中で1番大きい長机の上には、土が入った木箱が置いてあった。
隣には空になった鉢植えが積まれていて、そのまた隣にはひとまわり大きい鉢植えにそれぞれ収まったチルチル草達がいた。
リゲルは珍しく、よくよくチルチル草達を眺めた。
「今ここにいるのはこの子達で全員なの。皆可愛いでしょう?」
手を拭きながらリゲルの隣に並んだミルドレッドが、チルチル草達に微笑みかけた。
「“チルチル草”とでも話しかけたら、全員が喋り出しそうだね」
「ふふ、“チルチル草”なんて呼ばないわ、当たり前だけど、皆ちゃんと名前があるのよ」
「ほう」
「この子がチルチル草のチッチ、隣の子がルッル」
「なんという事だ、ではその後ろの者の名は草か」
「いいえその子はエマよ」
その横がジャンティ、そしてアンブルズ、と紹介していくミルドレッド。
自分の名を呼ばれると、ヨッと手の様に葉を上げて挨拶する者もいたが、大抵のチルチル草はリゲルに興味がない様だった。
(良かった、最初の法則でいくと一瞬で名前の在庫が切れるじゃないかと心配したが、特にそんな法則はないらしい。ミルフィは名づけの才能も天才のそれだな)
リゲルが内心動揺したり安心したりしていると、後ろの方にいたチルチル草がミルドレッドに話しかけた。
「ミルドレッド、この土は少し虹粉が足りないよ。葉の色が悪くなっちまう」
「あらごめんなさい!直ぐに持ってくるわ、ちょっと待っていてね。リゲルも待っていて、予備実験室の在庫棚にあった筈だから」
そう言いながら、ミルドレッドはパタパタと小走りに予備実験室に入っていった。
荷物持ちをしようとリゲルも足を向けると、後ろから話しかけられた。
「お前は何かと理由をつけては、この研究室に来るね」
「当たり前だろう、私のミルフィがいるのだから」
リゲルは間髪入れず返答し、何たる愚問と目を細めた。
声をかけてきたのは以前も話した事のある、ミルフィが1番最初に拾い、どうやらチッチという名だったらしいチルチル草だった。
「別に文句を言っているんじゃあないよ、あの子は稀有な存在だから、悪い奴らに目を付けられない様、そばで護ってやれる人間が必要だからね」
「……確かに私のミルフィは唯一無二のこの世の宝だが、
お前何を知っている?まさか故意にミルフィに拾われたのではあるまいな」
「そんな事はない。ただ私はミルドレッドに感謝していて、彼女を守るべき婚約者が、強大な力を持つ魔力の化け物で良かったなと思っただけさ。」
「喋る草の方が化け物だがな」
「ミルドレッドは私達のお喋りをいつも褒めてくれるよ」
「私のお喋りの方が達者だ、残念だったな」
大人げなくチルチル草に張り合い、顎を上げてリゲルは勝ち誇った。
「フッ、お前チッチというたまか。いやミルフィの名付けは完璧で素晴らしく文句のつけようも無いのは自明の理だが。
お前普通の魔草ではないな、本当は真名を持っているだろう。
言え、教えるなら便宜を計らん事もない」
「お前のような化け物に真名を教えるやつがあるかい。言った途端に私を縛るつもりだろう」
「別に悪いようにはしない。ミルフィに一切の害がないように、幾つか制約呪文を織りこむだけだ」
「それを世界では縛るというんだ、さも当然のように言うんじゃないよ全く。心配しなくても私に真名はないし、世話になっているミルフィに悪さなんてする訳がない」
そう、このチッチ、ミルドレッドに拾われた時はかなり萎びており、彼女の必死のお世話がなければ危なかった。
ここにいるチルチル草達は皆、そうやって弱っていたり動けなくなっていたところをミルドレッドに助けられ、保護された者達であった。
チルチル草は、細かな毛が生えたもっふりと少し厚みのある花弁が特徴的で、それが幾重にも重なった大変可愛らしい花姿をした魔草である。
皆、花と葉の形はほぼ一緒だが、色や模様は多種多様で、花も茎も葉も全て真っ黒の者もいれば、3色程が混ざり合う様な柄の者、ザガリエル大虎の様な縞々模様を、花弁や葉に持つ者もいた。
その愛らしい姿ゆえ、そして喋る事の出来る唯一の植物という希少性ゆえ、幼草を持ち帰り家の中で育てる者は平民にも貴族にもいた。
だが魔草なので必要な栄養分も特殊で入手が難しい物があったり、定期的な植え替え・満月の夜は月の光を浴びさせないといけないなど必要な世話も多く、面倒になった心無い育て主に捨てられるチルチル草も一定数いた。
元々山奥に棲息する山チルチル草と違い、
小さな頃から人間の元で育てられたチルチル草は、突然自然界に捨てられても生きていけない。
そうやって道端でしおしおになっていたチルチル草に、それが後のチッチだが、ミルドレッドがはじめて出会い保護したのは、貴族学校に入学し、リゲルと共に毎日屋敷と学校を行き来するようになってからの事だった。
薬草にも魔草にも詳しいミルドレッドだったが、今まで打ち捨てられるチルチル草がいるということを知らず生きていた事実に大きな衝撃を受け、そして後悔した。
自分がどんなに安全で悪意を知らない世界で守られていて、ぬくぬくと生きていたのかと己を恥じた。
ミルフィはその後も弱っている捨てチルチル草や、捨てられながらもギリギリの状態で生き延びている野良チルチル草を見ると放っておけなかった。
気落ちするミルドレッドを見て、リゲルは一生懸命にミルドレッドは何も悪くない、悪いのは愚かにも捨てる選択をした人間達だと慰めた。
(ミルドレッドを悲しませるなど万死に値する。チルチル草を捨てた虫ケラ共は全員ゆっくりと消し炭にしてやろうかそうだそうしよう萎びていく苦痛を味わうがいい)
と内心は思っていたが、それでは根本解決に至らないと思い直し、先ずは宰相である父に提案し、万物保護法を作った。
これにより魔獣も含む生物を不当に虐げた場合、実刑を伴う罰則が与えられる事となった。
凶暴で人間を喰らう魔獣はこの保護法の対象にはならないが、それ以外の全ての魔獣・魔草、生き物達が対象となった。
これにより、捨てチルチル草の数は以前よりだいぶ少なくなった。
だが少なくなっただけで、それでもこっそりと飼育していた生物やチルチル草を捨てる者はいた。
リゲルは、クソ人間共に生きる価値なしと消し炭にする機会をいつも狙ってはいたが、
現実的な策として、チルチル草や傷ついた生物達の保護施設も作っていった。
一方、すぐにミルドレッドも己の足で行動を開始した。
「チルチル草を守る会」という奉仕団体を設立し代表を務め、チルチル草の保護と育て方や注意点の啓蒙活動や、厳しい審査を経てからの新しい育て主への譲渡会も始めた。
ミルドレッドの行動に感化され、他の生物達の奉仕団体を設立する者も続いた。
こうして、現在では捨てチルチル草が保護されるのは、年に1回あるか無いかと言うほどに少なくなっていた。
この国は賢王の元、以前から生活がし易く国民思いの国ではあったが、こうしてリゲルがミルドレッドの為、ミルドレッドが悲しまない為に起こした行動は、この国の人々の意識を大きく変えていった。
人間以外の生き物にも穏やかに生きる権利があり、食用として育てる家畜であってもその生活環境はより良く整える必要があると言う考え方は、この国の人々の意識を多方面に改めさせ、その意識の高さが結果として、自分とは違うものへの思いやりや、福祉や生産性の向上に繋がった。
これは後世の話になるが、リゲル達の暮らすこの国はその後もますますの栄華を誇り、連綿と、長く長く栄え続けた。
その確かな礎のひとつとなったのが、この時のリゲルとミルドレッドの行動に端を発する、人々の意識改革であった事は紛れもない事実だった。
リゲル達は知る由もない事だが。
真名を否定したチッチに、リゲルはますます目を細めた。
「どうかな、信用ならん。まあ良い、別に真名を聞かずとも、制約呪文を織りこむ方法はいくつもある」
「ミルドレッドは私達を大事に思っているからね、勝手に呪ったらさぞ怒るだろうね。そしてお前はミルドレッドに嫌われるだろう」
「ぐうぅッッ、なんと姑息な…!」
「ミルドレッドに嫌われる」という一文は、例えそれが事実でなくとも、リゲルに耐えがたい苦痛を与えた。
実は前回チッチに言われた時も重い一撃をくらった様な気分だったが、リゲルはそれを怒りに変換する事でなんとか誤魔化していた。
本当は泣きそうだった。
「なあに?私がリゲルを?」
「!ミルフィ…!」
虹粉の袋を持ったミルドレッドは、にこにこしながらリゲルとチルチル草達の所に戻ってきた。
「大した話じゃ無いのさ。この男は揶揄い甲斐があるねぇ」
「リゲルはとても優しい人よ、チッチも分かるでしょう?
それに私、確かな事がひとつあるの。私がリゲルを嫌いになるなんて、もし、もしリゲルが私を嫌ったとしても、絶対ないわ!」
「ミルフィ、ミルドレッド。私が君を嫌うなんて事、それこそ絶対に存在しない仮定だよ。ああ、だがミルフィ、私が今の君の言葉にどれ程救われたかなんて、世界中の誰にも想像つかないだろうね」
「ふふふふっ、リゲルったら大げさね」
半泣きのリゲルを椅子に座らせて、ミルドレッドは虹粉を皆に配り始めた。
葉と茎につかない様に注意深く、そして満遍なくさらさらと撒き、水差しでたっぷり水をかけてあげた。
チルチル草達は、まるでマグドール火山の麓にある温泉にでも浸かったかの様に、気持ち良さそうに葉を揺らした。
それを見たミルドレッドは嬉しそうに微笑み、そんなミルドレッドを見つめるリゲルは、彼女を心底愛おしく思った。
(ミルドレッドが嬉しそうで私も嬉しい。彼女の努力と愛情深さが、今日のチルチル草の安寧を勝ち取ったのだな。チルチル草達はミルドレッドに伏して感謝を捧げ、これからのミルドレッドの幸せを全力で祈願するべきだ今すぐに全霊を捧げて祈れ、草共よ!)
今日のリゲルの日常もまた、ミルドレッドと共に回るのだった。
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