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愛している


(…ふむ。ただただ、ミルフィは幼い時から宝であり絶対唯一の存在だったという話だな)


ミルドレッドとの出会いを思い出していたリゲルは、またいつもと変わらぬ結論に至った。

今にして思えば、彼女が彼に媚びへつらう事もなくまるで普通に話が出来たのも、リゲルと同じく3大公爵家の身分持ち故だったのかも知れない。

だがそんな事は、もはやリゲルにとってどうでも良かった。

ミルドレッドが、ミルドレッドの意思で言葉を持ち、何も関係なく彼自身と話してくれた。リゲルを勇敢だと言ってくれた。


ミルドレッドはあの日から、リゲルの唯一で最愛となった。



===================================




今日も尋常ではない仕事量を就業時刻前にきっちりこなしてみせたリゲルは、いそいそとミルドレッドの研究室に向かっていた。


(今日の私の「朝ミルフィ」もかわいかった。朝食に出たリーシーの実がどんなに美味しかったを話すミルフィは神がかっていたな。そうだ、クリグルの野郎をあの3日後にはラミーダ卿のいる隣国施設に送った件について、ミルフィは感心してくれただろうか。さすがリゲル!何て仕事が早いのかしら、素敵!格好良い!今日結婚して!と思ってくれないだろうか。)


勿論、ブルブルに格好悪い自分を見せてもミルドレッドは何も気にせず、そのまま受け止めてくれるとリゲルは知っている。

知ってはいるが、出来るなら格好良い、頼れる、今すぐ私を連れ去って!結婚して!と言いたくなるような己をミルドレッドには見せたかった。



ノックしてから、いつものように声をかけ研究室に入ると、そこにミルフィの姿はなかった。


(この時間に、連絡なくミルフィが研究室に居ないなんてあり得ない)


瞬間あらゆる可能性が頭に浮かび、即座に探魔法を国中に巡らす。

この感知内にミルフィが居なければ世界に巡らそうと考えていたが、いた。

ミルフィは研究室の隣り、小さな予備実験室にいるようだ。

ふぅと息を吐く。


常なら、道具も設備も揃ったこの広い研究室で実験も行っているのにどうしたのかと、研究室を進み予備実験室の前でミルフィ?と声をかけてみる。すると

「扉を開けないで!ごめんなさいリゲル、もう少しなの、そこで待っていてくださる?」

と、少し興奮したような声でミルドレッドの返事があった。

分かった、ミルフィが待てと言うのならいくらでも待とう。

しかし、出来るならここで寂しく待つよりも、実験をするミルフィを見ていたい。そして時々私ににっこりと笑いかけて欲しい。


そんな事を思いながら、扉の前でじんわりと気落ちしたリゲルだったが、背後から静かな視線を感じて振り返る。

すると窓際の机の上で、リゲルも見覚えのある1番古株のチルチル草が、まじまじとリゲルの事を眺めていた。


「チルチル草、ミルフィは今何をやっている?何の実験だ?」

「私は教えないよ、ミルドレッドに聞きな。まぁ待っていておやりよ、危なくはないさ」

「私の探魔法がミルフィに危険はないと今も伝えてくる、そこは心配していない。ただ入ってはいけない実験とは何だ?星鳴き草か?知っているなら教えてくれ」

「探魔法?そんな気配はないよ」

「当然だ、何にも干渉せず害は無いが、感知できるのは私だけだ」

「…知ってはいたが、気持ち悪いね」

「ミルフィ以外は瑣末な事だ。なんとでも言え」

「お前は随分と狭量な男だね、ミルドレッドに嫌われるよ」

「ズタズタに引きちぎってやろう」


リゲルが大人げなくチルチル草を掴もうとした時、予備実験室の扉がバタンと音を立てて開いた。


「リゲル!とうとうやったわ!成功したのよ!!」


飛び出してきた勢いのまま、跳ねるように飛び付いてきたミルドレッドを、リゲルは危うげなく抱き止めた。

だが待って欲しい、ま、ま、ま、待ってほしい。


ミルドレッドと共に予備実験室にいたらしい毒喰い獏が、もの言いたげな顔をしながらとことこ出てきて、チルチル草のいる机の脇に座った。


ミルドレッドを抱き止めたままのリゲルは、石膏のように固まっていた。


リゲルとミルドレッドは婚約者同士なので、当然エスコートのために手を取った事も、腕を組んだ事も何度もある。ダンスも数えきれない程踊ってきた。余談だがミルドレッドはリゲル以外とダンスを踊った事はない。(私以外と踊るなんてダメだ、有象無象の虫ケラ共がミルフィに触れるなんて。そんな事は許さない、絶対にだ)

話が逸れたが、リゲルはミルドレッドの事を大事に思うあまり、清く正しく、それ以上の接触をした事は無かった。


魔王のようだと揶揄される事もあるこの男、リゲル・ガルガイアは、まさかの圧倒的ぴゅあぴゅあボーイでもあった。


(これは、これは、落ち着け、落ちあががばばばg@?¥;&&&//:)


ガチンと固まったまま、リゲルは大混乱の中にいた。初めて魔獣と対峙した時の、あの一角ウサギなど目ではない。脳内に動揺という名の嵐が吹き荒れていた。


(これは、これは夢でなければ、今私の腕の中にミルフィがいるのでは?私の背中にぎゅうとまわされているのは、ミルフィの可愛らしい腕なのでは?この染みる様に伝わる心地よい温かさは、もしやミルフィの体温なのでは?こんな、こんなにすっぽりと、計算されたかのような完璧なバランスで、そうだ、今ここで、私とミルフィの配分量・バランスは完璧だという事が、神によって証明されているところなのでは?

あぁ、あぁ、幼い時から様々夢見た初めての抱擁を、まさか、まさかミルフィからして貰えるなんて!!)


「リゲル?」


ミルドレッドの声かけでハッと意識を取り戻したリゲルは、全身の力を総動員しギギギと己の腕の中を覗いた。するとそこには、ぎゅうと抱きついたままキラキラとリゲルを見上げ、嬉しくてたまらないと言うふうに微笑むミルドレッドがいた。

「ウッッ」とうめいたかと思うと、リゲルはまた固まった。


「ああリゲル!私ったら何故こんな簡単な事に気付かなかったのかしら!星鳴き草は夜が好きなのよ!夜だからこそ星を出せるんだわ!私、予備実験室を小さな夜にしてみたの!そうしたら、そうしたらやったわ!!さっきは扉を開けないでなんて、大きな声を出してごめんなさい、途中で光が入ると失敗してしまう可能性があったものだから。ああ!私ったら、どんな可能性も書き出して試してみるべきだったのに!ダメね、もっともっと精進するわ!」


(ミルドレッドが嬉しそうだ。これ以上に大事な事が、この世の中にあるだろうか)


まだ全身は締め付けられたように動かないし、頭の中ではぴゅあぴゅあリゲルがワーワーと騒がしかったが、大輪の花の様な笑顔を浮かべ喜ぶミルドレッドが今ここにいる事に、リゲルは大きな幸福を感じていた。


「おめでとう私のミルフィ。君のたゆみない努力がこの結果を齎したんだ。私もとても嬉しく思う」


精一杯平静を装い、それでも心からの賛辞をミルドレッドに伝える。

リゲルの言葉を聞いたミルドレッドは、抱きついていた身体を離し、

(ミルフィが離れてしまった、そんな、この喪失感に私は耐えられるのか。だが、このままでは私の心臓が耐えられなかったからこれで良かったんだ、良かったと思おう。だがしかし)

そしてリゲルの前でしゃんと背筋を伸ばした。


「ありがとうリゲル。色々な抽出方法を試しては失敗してきたのに、あなたはいつも私を励まして、アドバイスをくれて、応援し続けてくれたわ。それがどんなに心強かったか。この成功はリゲルのおかげでもあるのよ」

「ミルフィを少しでも支えられたならそれは幸せな事だが、成功は全て君の実力だよ。とても素晴らしい事だ」

「ふふ、リゲルは謙虚だわ。でも、ああ!これでやっと私にも、リゲルを守る事が出来るのね」

「え?」


一体突然何の事だろうと、リゲルは思わず聞き返す。


「星喰いスライムミミズがいるでしょう?あの畑の土を良くしてくれる小さなかわいい魔獣。あの子達の主食が星鳴き草なのはよく知られているけれど、どうして一切害されず捕食される事もないほど表皮が強靱で、でもそれなのにごく稀に、傷を負ったスライムミミズが発見されるのか、それが何故なのかはまだ解明されていないの。それで私、それには星のカケラが関係しているのではないかと思ったの」


星鳴きスライムミミズがかわいいかは一旦保留として、人間に害のない魔獣で、むしろ益虫の様な存在である星鳴きスライムミミズは、当たり前の様に人間と共存している為注目する者は少ない。だが確かに彼らは、とても面白い表皮を持つ事をミゲルは思い出した。


他のスライムと同じようにぷるんと瑞々しく柔らかい身体を持っているが、その表皮は剣でも、岩をも噛み砕く牙を持つザガリエル大虎でも傷つける事は出来ず、ある意味最強の生物でもあった。

数十年に一度しか分裂をしないので個体数は少なく、そしてミルドレッドの言う通り、数年に一回程の割合で、あの何をも通さない表皮に傷を持つ星鳴きスライムミミズが見つかる事があった。


ミルドレッドが研究した結果によると、星鳴きスライムミミズの体内は真っ暗闇の夜のような環境になっているらしい。取り込んだ主食の星鳴き草を、暗闇の体内でゆっくり消化する事で、星鳴き草から星のカケラが生み出されるのではないかと。そうやって体内に星のカケラを内包する事で、あの何からも傷付けられる事のない表皮が出来上がるのではないかと。


ただ、いずれ星のカケラも長い時間をかけて消化されてしまう為、その減少期に外敵に遭遇してしまうと、傷をつけられる事もあるのではないかとミルドレッドは予想したのだ。


過去から現在まで、偶然発見された星のカケラは数える程。星鳴き草から排出される事は分かっていたが、それが何なのか、どうやってできるのか、何かに利用できる物なのかは、何一つ解明されていなかった。


「私の仮説が正しければ、これは他の生き物、人間にも応用出来るのではないかと思って。それでやっとやっと取り出しに成功した星のカケラを、毒喰い獏のマーサに食べて貰ったの!そうしたら、マーサったら躍起になって自分の皮膚に咬みついたりしていたけど、まるでひとつも傷が出来なかったの!毒や副反応も無いだろうって。マーサによると、とっても甘くてシャリシャリして美味しいそうよ」


毒喰い獏は文字通りどんな毒も食べる事が出来る魔獣で、雑食だが強い毒性を持つ薬草を特に好む。穏やかな性質で知能が高く会話も可能な為、研究者の中にはミルドレッドのように毒草研究員として報酬契約している者も多い。


「リゲルがとても強い事は分かっているの。大丈夫だって頭では分かっているのよ、それでも、やっぱりどうしても心配なの。あの一角ウサギに襲われた後からリゲルが国中に結界を張ってくれているけれど、凶暴な魔獣の遠征討伐は定期的にあるでしょう?リゲルはとても強くて優しくて勇敢だから、いつも参加しなくてはいけないわ。でもその時にこの星のカケラがあれば、少なくとも傷つけられる事はない。まだ慎重にいくつか試験するけれど、次の遠征討伐には間に合うと思うの。ああ、本当に良かった!」


ずっとずっと、星鳴き草の研究を諦めなかったミルドレッド。

リゲルは強い衝撃を受けていた。


(…まさか私のために?)


ミルドレッドが星鳴き草から星のカケラを取り出す実験をはじめたのは12歳の時。けれどもっと幼い、確か7歳ほどの頃から多くの家庭教師や専門家を訪ね、星鳴き草と幾つかの魔草・薬草について、熱心に質問を重ねていた事を知っている。

まさか、まさかそんな幼い時から、リゲルを守る為、その為に今まで星鳴き草の研究と実験を続けてきたというのか。

そうだ、将来研究者になりたいの、と教えてくれたのは、確か9歳のリゲルの誕生会での事だった。


(何ということだ。いつも楽しそうに笑い、出会ってから今まで私に沢山の喜びを与え続けてくれるミルフィが、幼い時から私の事を守ろうとしてくれていたとは)


リゲルは、叫び出したいような、胸が苦しくなるような、言いようのない何かきらきらと温かいものが、身体の奥からとめどなく溢れ出てくるのを感じた。


「私はいつもリゲルに守られていたけれど、これからは私にも少しはリゲルを守る事が出来るんだわ。それがとても嬉しいの」

「愛している」


リゲルの唐突な告白に、ミルドレッドは大きく目を開いた。


「ありがとうミルフィ。私を見つけてくれて、私を守ろうとしてくれて。くそ、私にもっと全てを伝え捧げられる力があれば良かったのに。君に心からの感謝と愛を。私の最愛、唯一。ミルフィ、ミルドレッド、愛しているよ」


まるで先程のリゲルの様に微動だにせず、ただでさえ大きな瞳をより大きくさせていたミルドレッドだったが、じわりじわりと染まる様に頬に赤みが増していき、やがて余す事なく首まで真っ赤になった。


「わ、私も。ええと、私もきっと、リゲルを好きというより、あ、愛しているのだと思うわ。だって何よりもあなたが大切だし、いつまでも、お年寄りになってもずっと一緒にいたいの。絶対にケガをして欲しくないし、いつも幸せであって欲しいわ。そしてその幸せのそばに私が少しでもいれたら、こんなに嬉しい事はないの」


あぶない、危うく泣くところだった。

リゲルは腹にぐっと力を込めて耐えた。


(ククの実のように真っ赤なミルフィも可愛い最高心臓が痛いどうしてくれよう。今から教会に行けば今日中の結婚証明書の受理が可能なのでは。ああ、ミルフィの可愛さと優しさと強さと気高さのおかげで人類は生かされているという事を、皆もっと理解すべきだ。ひれ伏せ、人間どもよ!)


いつもの調子を取り戻したリゲルは、ミルフィを讃える事と結婚への最短日程を計算する為忙しくなった。



その後、無事安全と効果の証明された星のカケラを受け取ったリゲルは、一瞬で飲み込み己の身で安全と効果を確認すると、“私は結界を出ないから大丈夫よ”と、貴重な星のカケラをリゲルに持たせようとするミルフィに光の速さで飲み込ませたり、

ミルフィのチルチル草とまた大人げなく喧嘩して脅してみたり、

異世界から来た聖女がミルドレッドとお茶会を開こうとすると絶対零度の昏い目で阻止したりした。


公爵家子息リゲル・ガルガイアの日常は、今日も唯一の最愛の為に回っている。


お読み頂きどうもありがとうございます。

面白かったよ続き早よ!と思って頂けましたら、

下の星ボタンをポチーして頂けると嬉しいです!


誤字報告下さった方、大変助かりました、

どうもありがとうございます、感謝です。

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