クリグルとかいうクソ
ミルドレッドは今日も自分の研究室にいた。
前の月に風の魔法で固めておいた星鳴き草がそろそろ溶け出す頃で、今度こそ星のカケラが取り出せるかもしれない。
お喋りが得意なチルチル草達は植え替えをして欲しい時期だろう。
ミルドレッドは公爵家令嬢であるが、貴族学校を卒業してからはこの王立総合研究所で多種多様な植物の研究をしている。
女性が働く事に偏見のないこの国では、貴族の子女でもミルドレッドの様に仕事を持つ者が多い。
幼い時から旺盛な知識欲を持つミルドレッドはとても優秀で、特に薬草・魔草の扱いに長け、既に実用化されている研究成果もひとつあった。
「ミルフィ」
トントンと聞こえたノックのあと、穏やかに笑みを浮かべたリゲルがミルドレッドの研究室に入ってきた。
「リゲルどうしたの?まだお迎えの時間じゃないわよね?」
「いや、カタリナ島の蛇草の根が欲しいと言ってただろう?頼んでいた商人が今日届けてくれた。早い方が良いだろうと思って持ってきたよ」
「まぁ!なんて素晴らしいの、ありがとうリゲル。その商人の方にもお礼を伝えて」
「ああそうしよう。ところでミルフィ、キミに共同研究の申し出があったと聞いたが」
リゲルはミルフィに蛇草の根を渡しながらサラリと聞く。
「まぁもう知っているの?ええそうなの、オルブリー伯爵家次男のクリグル様。よく存じ上げないのだけれど、昔から薬草に興味をお持ちなのですって」
「興味があるのはミルフィにだろう、クソが」
「え?」
「いや何でもない、それで、ミルフィは共同研究者を必要としている?」
「いいえ、クリグル様には申し訳ないのだけれど、1人の方が集中できますのでってお断りしたの。でも、ずっと他国に留学されていた伝手で、珍しい植物も入手出来るので是非一緒に研究をってお願いされてしまって」
「よし消そう」
「え?」
「いや何でもない。ミルフィが必要ないのだからそれが答えだ。この件は私に任せてくれるかい?所長の私から断りを入れた方が先方も了承してくれるだろう」
「ありがとうリゲル、実はちょっと困っていたの。あなたが所長で良かったわ。」
「そう思ってくれて嬉しいよ、ミルフィの研究が健やかであるその為に所長になった甲斐があるという物だ」
「まあリゲル!そんな理由で所長になれるほど王立総合研究所が甘くない事は、素晴らしい研究成果を幾つも出したあなたが1番良く知っているはずだわ。ふふ、いつも全部冗談にしてしまうのだから」
「冗談ではない、本当の事さ。ではまた帰りに迎えに来るよ」
「ふふふ、ええリゲル、いつもありがとう」
可笑しそうに微笑むミルドレッドに、リゲルも微笑みを返しながら研究室を後にする。
ミルドレッドは冗談だと思っているが、何とこの男、本当にただそれだけで所長の座を得ていた。
ミルドレッドの周囲に虫ケラが寄ってこないよう、そして自分が側にいたいが為だけに、恐ろしく難しい研究をいくつも成功・実用化し周囲に認めさせ、研究大好き薬草命の前所長には研究者垂涎の最先端施設(ただうっかり隣国に作ってしまったので、所長は辞さないといけない)を公爵家から送った。
そうしてリゲルは、確実に所長の座を掴み取った。
所長の他にも宰相であるリゲルの父の元で宰相補佐として、日々国の為に働いている。
そして元気なうちに夫婦で隠居希望の父に代わり次期公爵として、領地の運営も半分以上任されている。
また国1番の魔力の持ち主として、騎士団の魔術指導士にも国から任命され、定期的に実戦指導していた。
どの隙に研究所所長をやる余裕があるというのか。
だが本人はどこ吹く風、常人には絶対不可能な仕事量を、リゲルはいとも容易く操っていた。
勿論その全てに抜かりはなく、所長業もミルドレッドに少しの不利も発生しないよう、定期的に皆が匙を投げた研究を成功させていっている。
一分の隙も見せない、全ては最愛のミルドレッドとの穏やかな毎日のため。
そう、ちょっと普通ではない。
「そこにいるかい?」
自分の研究室に向かいながら、周りに誰もいない事を確認してリゲルは声をかける。
「はい、リゲル様」
「至急、オルブリー伯爵家について調べてくれ。特に裏のない家だったと思うが、次男のクリグルとかいうクソは長期留学からつい最近帰ったばかりで情報が足りない。研究者として実力はあるのか、本当に薬草入手の伝手があるのか。それと、そうだな、万一の際に使える裏事情があれば助かる。」
「御意」
リゲルの声かけに音もなく現れた顔の見えない黒装束の男は、また音もなく消えた。
(この国の人間でまだミルフィに近づこうとする者がいるとは。おおかた留学戻りのタイミングでミルフィを初めて見かけ、そのままオルブリー伯爵の了承も得ず共同研究を持ちかけたんだろう。
正気か?正気なのか?よもや留学先で身の程という言葉を習わなかった訳ではあるまいな。ミルフィが可愛く聡く輝かしいのはお前のような塵芥の為ではない、全てはミルフィの為、そしてちょっと私の分もあると嬉しい)
リゲルは今後の道筋を頭の中で急速に組み立てていく。
(ああ、ある程度の研究者であるなら前所長のラミーダ卿のいる、隣国の研究施設に飛ばそうそうしよう丁度いい。薬草入手の伝手があるなら、ミルフィが欲しいものはそこからラミーダ卿経由で送ってもらえばいい。ラミーダ卿は研究馬鹿の薬草命だ。思う存分お前の薬草への興味とやらを満たしてくれるだろう。フッ良かったなクリグル、顔も知らないが)
先程まではうっすらと殺意魔力を辺りに漂わせていたリゲルであったが、良い解決策が見つかり誰にも気付かれぬほどに小さくふぅと息を吐いた。
(私のミルフィ、結婚が待ち遠しいな)
貴族学校は17歳で卒業となる。貴族ゆえ卒業後すぐに結婚する者もいるが、ミルフィは学生時代から携わっていた研究を続けるべく王立総合研究所に就職した為、リゲルは一定の結果が出るまで存分にミルフィに好きな研究をして欲しいとの思いから、お互い19歳になる今も婚約の形を継続していた。
(私のミルフィは優秀だから、ただの雑草と思われていた黄色草から鎮痛薬を作り出し、平民にも気軽に求められる価格で販売・流通にも成功している。これはもはや一定の成果以上と言えるのでは?もう私達は今日にも結婚して良いのでは?)
(…だがミルフィはどうだろう、学生時代から続けている星鳴き草から星のカケラを取り出す研究にはまだ成功していない。あれが何に使えるのか私には分からないが、ミルフィは何よりも一生懸命取り組んでいる。……憎い、あんなに毎日ミルフィに観察される星鳴き草が憎い憎すぎる妬ましいぃいいい。私だってミルフィに毎日熱心に観察されたい)
草にまで嫉妬の範囲を広げる男リゲル。
リゲルは、リゲルからミルドレッドを奪おうとする者には容赦しないし、何があろうともミルドレッドをこの先手放してやる事だけは絶対に出来ない。
許されるなら誰の目にも触れさせず屋敷に閉じ込めたいし可能なら食事も歯磨きも日常の世話も全てリゲル1人にやらせてくれないだろうかと思ってはいるが、それ以上に、最愛のミルフィには今のまま思うようにやりたい事をやらせてやりたいと思う。
(そう、あのままのミルフィのおかげで、私は救われたのだから)
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