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海より深く、空より高く


毎日の全てがミルドレッドの幸せのために回っているリゲル。

ミルドレッドが健やかに自分の思うように生活出来ているか、近づこうとする虫ケラはいないか、ミルドレッドの幸せの為、注意深くリゲルは生きている。


そんなリゲルは今、ミルドレッドの研究室で留守番をしていた。

仕事を終え研究室に行くとミルドレッドはおらず、窓際の机の上に二つ折りにされたリゲル宛の置き手紙があった。

どうやらミルドレッドは図書館に行ったらしい。すぐ戻るので待っていてと綺麗な字で書いてあった。


(ああ、私は何故あと半刻早く仕事を終わらせなかったんだ。そうすれば図書館に付き添う事が出来たのに。心配だ、聖女あわ雪が隙あらばお茶に誘おうと待ち伏せしているんじゃないか、虫ケラに絡まれていないだろうか、やはり今からでも図書館に向かったほうが)

「そんなに心配なら今すぐ転移すればいいじゃないか。それに遠視でも探魔法でも使って見張っておけば良い、お前なら出来るんだろう」


そわそわうろうろと落ち着きのないリゲルを見ながら、鬱陶しそうにチッチが声をかけた。


「真名隠しのチッチか、何の用だ」

「勝手に変な二つ名をつけるんじゃないよ。お前なら転移でも遠視でも、四六時中ミルドレッドを監視しているかと思っただけだよ」

「ここは転移魔法禁止区域だ。それに探魔法は安全確認には随時使っていくが、遠視で勝手にミルフィを覗くなど、私はしない」

「ほう」


そう、リゲルだって無法に生きたりはしない。先日は緊急事態の為転移を使ったが普段はきちんとルールを守っている。とリゲルは思っている。

そして遠視も勿論出来るが、己の矜持にかけてリゲルはそれをしない。もしもの時の為、居場所が分かる探魔法は使うが、居場所が分かるだけで姿を映像でとらえる事は出来ない。

ミルドレッドに黙って遠視で勝手に覗いたり監視したりするのはミルドレッドを信用していないのと同義だとリゲルは考える。

ミルドレッドが望まない事をリゲルは絶対にしたくない。

 


(うっ……)


いや嘘だ。1回だけした事がある。

あれは一角ウサギを倒したあの日からまだ10日も経っていない頃、

既にミルドレッドを己の唯一で最愛と感じていたリゲルは、ミルドレッドに会いたくて仕方なかった。

既に父にも、ティリード公爵家にも婚約の希望は強く伝えてある。だが貴族には色々順序や決まり事があり今すぐという訳にはいかない。

婚約者でもないのに用事もなく気安く訪ねる事も出来ず、リゲルは会いたくて会いたくて限界だったのだ。


どうしても今ミルドレッドがどうしているのか知りたかったリゲルは、既に使える様になっていた遠視を使う事を思いついた。

一緒に遠耳の魔法も使えばあの鈴を転がすようなずっと聴いていたくなる声も聞ける。

それはとても良い思いつきだと、幼いリゲルには思えた。




ミルドレッドの部屋は子供部屋にしてはかなり広い造りになっていた。

片側の壁には資料室かと思う程大きな本棚が作りつけてあり、既にほぼぎっしりと本がつまっていた。


ミルドレッドは大きな鏡台の前に座っていて、その後ろでは侍女と思われる女性が優しくミルドレッドの髪に櫛を当てていた。

あの時と同じ様に可憐で凛としたミルドレッドを見れて、リゲルは遠視と遠耳の魔法を安定して操りながら感動で胸がいっぱいになった。


「いつも準備をありがとうソフィア」

「ソフィアこそ、お嬢様のお世話係になれて幸せでございます」

「ふふ、嬉しいわ、これからも宜しくね」

「はいお嬢様。さぁ宜しゅうございます、お手伝い致しますね」


そう言って2人は、部屋の少し奥にある小部屋に入った。


(うちの屋敷とは違った造りだな、あの小部屋は何に使う?しかしミルドレッド嬢は本当に愛らしい、美の女神も霞んでしまうのではないだろうか)


「私、これ位自分で出来るわ」

小部屋に入ったミルドレッドは自信満々にそう言うと、少しかがんで絹の靴下に手をかけ、そのままするりと脱いだ。

「ほら、簡単だわ」

どうだとばかりに侍女に微笑みかけている。


リゲルに衝撃が走った。そして気付いた。


(これは…湯浴みの準備か!?)


リゲルの屋敷の風呂は、ガルガイア公爵の趣味で泳げる様な大浴場になっており、脱衣する場所も普通の部屋のような広さだった。

普段は皆大浴場を使うので各々の部屋に風呂はなく、代わりにシャワー室がついていた。脱衣はそのまま広く造られたシャワー室内で行っていた。

一方ミルドレッドのティリード公爵家は貴族邸宅で広く使われている、各自の部屋に1人用の風呂が付いている形を採用していた。

脱衣用の小さな前室があって、その奥の部屋が一人用の風呂になっている最も一般的な貴族の屋敷だった。


幼いリゲルはそれを知らなかった、そして今知った。


石像の様になったリゲルだったが、ミルドレッドがもう片足の靴下に手を伸ばすのを見るや否や、電光石火の勢いで繋いでいた遠視と遠耳をバチンと切断し、石像のままゴドォオンと床に倒れ伏した。


音を聞きつけた護衛が断りを入れながら慌てて部屋に入ってくる。


「リゲル様!!どうされました!間者か!?」

「…大事ない、猛烈な懺悔をしているだけだ」

「大変だ、全身が熱を持って真っ赤だ!おい誰か!!」

「本当に大丈夫なんだ、悪いが1人にしてくれ」

「しかし!」

「頼む」


押し問答の末、念のため護衛と影の人数を増やしたいと言う護衛騎士に許可を出し、リゲルは解放された。


あれから、リゲルはミルドレッドに遠視も遠耳も使った事はない。おおいに反省している。





「リゲル!お待たせしてごめんなさい!今日もお迎えにきてくれてありがとう」

「お帰りミルフィ」

(今日も花が咲くような笑顔のミルフィが愛おしいな、心が洗われるようだ)


ミルドレッドへの愛でリゲルの胸が一杯になっていると、机の上のチッチがミルドレッドに話しかけた。

「ミルドレッド、目当ての本はあったかい」

「ええチッチ。きっと今の研究の端緒になるわ。私はやっぱり、土の性質が関わってくるんだと思うの」


チッチと熱心に話し始めたミルドレッドの、きらきらとした知識欲を好ましく思いながら、2人の話がひと段落着いたところでリゲルは声をかけた。


「ミルフィ、明後日は研究はお休みかい?」

「ええリゲル、薬草園には顔を出そうと思うけど、研究自体はお休みの予定よ」

「私も明後日は休みを取った。その、ミルフィさえ良ければ私も一緒に薬草園に行ってもいいだろうか?その後、一緒に街に行かないかい?一緒に街を歩いて、雑貨屋や薬草屋を覗いて、疲れたら新しく出来たクリームたっぷりの焼き菓子の店でお茶を飲もう」

「まあ…まあリゲル…ああ、なんて素敵なお誘いなの」

「ディバルバイドに言わせると、私達は働きすぎなんだそうだ。たまには出掛けて、買い物でもして、観劇も良いんじゃないかと勧められた。

今までは休日と言うとどちらかの屋敷で魔法を織ったり薬草を観察したりしていただろう?でも確かに、ミルフィとそうして街で休日を過ごすのを想像したら、とても素晴らしいんじゃないかと思ったんだ。どうだろうか?」


リゲルが話すのを聞いていたミルドレッドの瞳が、見る間にきらきらを増した。


「ええリゲル!!私達今までどうして気付かなかったのかしら!聞いているだけで私、早く明後日になって欲しいわ!」

「ふ、それは良かった、私も待ち遠しい。何か欲しい物はあるかい?一緒に買いに行こう」

「まあ!」


もはやミルドレッドは、まるで飛び跳ねたいのではと言うほどワクワクした気持ちが見えるようで、そんなに喜ぶミルドレッドを見れて、リゲルの胸は温かいもので満たされていた。


「そうよ、あるわ!欲しい物!リゲル、私あなたとお揃いの耳飾りが欲しいわ」

「耳飾り?」

「ええ、耳飾りじゃなくても、何か素敵な、私とあなただけの物。意匠は同じで、もし宝石をそれに付けるならお互いの色の物。私は黒と青がいいわ、リゲルの色だもの」

「ミルフィ、抱きしめても良いだろうか」


リゲルは喜びのあまり、少々上ずった声でミルドレッドの許しを待った。

「それは必ず作ろう何個でも作ろう。私の物には銀と菫色の宝石を。きっととても美しい。私のミルフィ、抱きしめてもいいだろうか」


(私と揃いの物が欲しいだと…。ただでさえ全知全能の神さえ平伏する程の知性と美しい心と身体を持ちながら、健気な愛らしさまで兼ね備えているなんて、ミルフィが愛おし過ぎて最早苦しいほどだ。耳飾りがいい耳飾りにしよう神にも虫ケラ共にもひと目で分かる印に最適だ耳飾りにしようああミルフィ愛している抱きしめたい)


「ええもちろんよリゲル。どうぞ抱きしめて。でもこれからは確認無しでお願いできるかしら、どうしても恥ずかしくなってしまって」

(まさか!!今福音がもたらされたのでは!!これは私の解釈が間違えでなければ、私はミルフィの許しを待つ必要なく、いつでもミルフィを抱きしめて良いという許可を得たのでは!)


ミルドレッドの一言に、リゲルは脳内を慌ただしくさせながらも理性を総動員し、念の為確認を取った。

「なんと。とととという事は私が抱きしめたいと思えばその一存でミルフィを抱き締めることが出来ると、この解釈で合っているだろうか」」

「ふふ、ええそうね。でもそれはこういう事でもあるわ」

「?」


その瞬間、ぼふっとリゲルの身体に何かがぶつかる。

ぎゅうぎゅうとくっついてくるミルドレッドの存在に胸がいっぱいになりながら、リゲルはそっと己の腕の中を覗いた。

「ふふふ。私もいつでもリゲルに抱きつけると言う事で良いかしら?会う度に抱きつくかも知れないけど大丈夫?」


楽しそうに、嬉しそうに、すこし頬を赤くしながらミルドレッドが微笑んで見上げる。


「ぐぅッッ」

「リゲル?どうしたの?大丈夫?」

「大事ない、大丈夫だ」


(ミルフィが愛おしさで私を倒しにきている)

リゲルは何とか石膏像にならないよう、必死で意識を保った。


「リゲル、3番街に穀物粉を薄く伸ばして焼いて、それを紙のようにして中にお料理や果物を巻いて出すお店があるって聞いた事があるわ。皆それを、なんと食べながら街を歩いたりするんですって!

どうしたら歩きながらお料理が食べれるのか分からないけれど、行ってみて私達にも出来そうだったら是非挑戦してみたいわ!」

「それは凄い、是非挑戦しよう」

「ああ、もう今が明後日なら良いのに!待ちきれないわ。

リゲル、誘ってくれてどうもありがとう」

「私こそ。誘いを受けてくれてどうもありがとう。とても楽しみだよ」


腕の中のミルドレッドを、リゲルは大事に大事に、少しだけ強く抱きしめなおした。


「リゲル?」

「私からもミルフィを抱きしめたいが、会う度にミルフィに抱き付かれるのもとても最高の気持ちだと思う。むしろもうずっと抱きしめあっていたい。

だがずっとそうしていたら結界の修復が出来ないし、魔獣が出て来て街に被害が出ればミルフィが傷付く。領土も国も荒れてしまう。そうならない為に、これからもミルフィの健やかな日々の為に私は最善を尽くそう。でも本音ではずっと抱きしめ合っていたい。ミルフィ、私のミルドレッド、愛しているよ」

「ありがとうリゲル、私も愛しているわ。私も同じ気持ちよ、出来るならあなたにずっとくっついていたいわ、愛してるわ、“私のリゲル”」

「ぐううううぅうッッ」





リゲル・ガルガイアは誰よりも美しい男である。

そして誰よりも優秀で、誰よりもミルドレッド・ティリードを愛している。

彼の思考、言動、行動の全ては、ミルドレッドの為にある。


リゲル・ガルガイアの日常は、今日も唯一の最愛の為に回っている。


誤字報告下さった方、大変助かりました、

どうもありがとうございます、感謝です。


まだ書きたい、自分で自給自足したい部分の下書きもあるのですが、思った以上にお話作りに時間がかかってしまうので一度ここで完結にしたいと思います。次はお待たせしないよう書きためてから投稿します。


初めての小説、初めてのネット投稿で至らない点だらけですが読んで下さった皆様に感謝です。評価ポイントを入れて頂いたり拍手を頂くことがこんなに嬉しいとは知りませんでした。本当にありがとうございました。

大変な世の中ですが、皆が平和で穏やかに過ごせる世界でありますように。



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