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抱きしめてもいいだろうか


ミルフィの走り去った方角、大廊下から脇道に出てちょうど噴水のある辺りに短距離転移したリゲルは、その場で探魔法を展開した。


すると図書館の裏側、建物沿いにしばらく進んだ先にミルフィはいた。等間隔に置かれている長椅子のひとつにどうやら腰掛けているらしい。


(何故…何故ミルフィは私を見て逃げた…?私は何かしてしまっただろうかミルフィにきら、嫌われる様な何か…いや馬鹿なそんな事あるはずがない落ち着け大丈夫だいやまさかそんな無理だミルフィに嫌われるなんて想像もしたくない恐ろしい生きる意味がない)


初めての事態に衝撃と動揺が止まらないリゲルだったが、直ぐに思い直す。


(いや、大丈夫だ。私はミルフィを愛しているしミルフィもそうでいてくれると信じている。私は今すぐミルフィのところに行くべきだ)


歩いてミルドレッドの元まで向かおうかとも思ったが、また同じように避けられてしまっては話す事も出来ないので、リゲルはミルドレッドの目の前に転移する事にした。




「ミルフィ」

「! リゲル!!」


ミルドレッドの目の前の地面に突然転移門が現れたかと思うと、次の瞬間にはリゲルがそこに立っていた。


「ミルフィ…」


今度は逃げようとしないミルドレッドに安心したものの内心の不安と恐れからミルドレッドの顔も見れず、リゲルは何を言えばいいのか、名前を呼んだきり二の句が継げなかった。


誰もが認める完璧超人のリゲルだったが、最愛のミルドレッドに対しては途端に完璧も超人もない、ミルドレッドの一挙手一投足に右往左往あわあわする自信のない1人の青年であった。


(私はなんと臆病な男なんだ、ミルフィからどんな言葉が出てくるのか恐ろしくて聞きたくない聞きたくない聞きたくない。いや、でもこんな私をミルフィは勇敢だと言ってくれたではないか。大丈夫だリゲル・ガルガイア、勇敢であれ)


リゲルは自分を鼓舞し、一度ぎゅうと目をつぶってから勇気を出してミルドレッドの顔に視線を合わせた。



「………ミルフィ?」


ミルドレッドは、顔だけにとどまらず耳も首も真っ赤になってリゲルを見つめていた。


「どどどどうしたんだミルフィ、もしや熱があるのではあるまいな?どこか苦しいところがあるかい?痛むところは?」


リゲルが顔を青くしながら訪ねると、ミルドレッドはプルプルと震え出し、


「ああ!!」


と大きな声を出したかと思えば、両手で顔を覆ってしまった。

リゲルは焦るどころか恐慌状態に陥った。


「ミミミミミミミルフィ大丈夫だ私がついている、どこが痛い?熱があるか?鎮痛剤も私の治癒魔法もある。だだだだだがもし大きな病気が隠れていては大変だ、治癒魔法の前に走査して悪いところがないか調べてもいいだろうかこれはいいいいい一刻を争う事態かもしれないでも大丈夫だミルフィ私がついているからね、なな何も心配しなくていい」


「違うの、ごめんなさいリゲル、どこも痛くないわ、大丈夫よ。心配させてしまってごめんなさい。それに不作法に走ったりしてびっくりしたでしょう?驚かせて本当にごめんなさい。王太子殿下にも大変な不敬だったわ」

「ディバルバイドはそこらの空気のようなものだから気にする必要はない。それより本当に?どこも痛かったり、苦しいところはないんだね?」

「ええないわ、本当にごめんなさい」

「心配だ、では何故そんなに顔も首も赤いのだろうか。やはり一度診た方が」

「いいえ、いいえ違うのリゲル…」


ミルフィは顔を覆ったままで、頭から湯気でも出るのではないかとリゲルはハラハラ見つめていた。


「あの…」

「ミルフィ?」

「あの、私、あの、今日研究室で星鳴き草を風の魔法で固めていたら突然思い出してしまって。あの、星のカケラを取り出せた日、わ、私、リゲルに、リゲルに、抱きついてしまった事!!」

「…うん?」


「あの、言い訳なのだけれど、あの時はとうとう星のカケラを取り出せて、人にも適用出来るって分かって、やっと私にもリゲルを守れるって、その嬉しさでいっぱいだったの。嬉しくて嬉しくて、抑えきれなくなってしまって抱きついてしまったんだと思うの。

それでその後、あの、リゲルが、ステキな言葉を私に沢山くれたから、それを聞いたら私、胸がいっぱいになってしまって、あの、抱きつくなんてした事またすっかり忘れてしまって。でも、だからと言って急に人に抱き付いていい訳ではないって分かってるわ、ごめんなさい」


(今時分!!!!!いや、そんな言い方は良くないすまないミルフィ好きだ愛している。そうか、私はもう何回も思い出しては自室の床をゴロゴロ転げ回ったが、ミルフィには星のカケラ抽出成功で私を守れると思ってくれた事の方が大きかったんだな好きだ愛している)


「それで、急に恥ずかしくなってしまって、どんな顔をしてリゲルに会ったらいいのか分からなくなってしまって…あんな態度、びっくりしたわよね?本当にごめんなさい」


(嫌われたのでもミルフィの体調が悪いのでもなかった…良かった、本当に)


「ミルフィ」


長椅子に座るミルドレッドに声をかけてから、リゲルも隣に座った。


「嬉しくて、抑えきれなくて、私に抱きついた?」

「え、ええそうね」

「嬉しくて、抑えきれなくて」

「リゲル!お願いだから復唱しないで。反省しているし、恥ずかしくて消えてしまいたくなるわ」

「それはダメだ、もし消えてしまいそうになったら私の全魔力で引き戻す」

「リゲルが悪いわ」

「すまない」


ミルドレッドは恥ずかしそうに頬を押さえているが、リゲルは少し照れ臭く、けれど浮き立つ様な気持ちでいた。


「手をとっても?」

「ええ、リゲル」


宝物を手に取るように恭しく、リゲルはミルドレッドの両手に触れそして己の両手で包み込んだ。


「ミルフィが嬉しさを抑えきれないその発露が、私に抱きつくという行為だった事をとても嬉しく思っている」

「あの、でも、はしたなかったでしょう?」

「全くそんな事はない。むしろ嬉しかった。私の腕の中にミルフィがいるという事実が私をとても幸せにしてくれたんだ。ミルフィはあの日私に抱きついて嫌だった?」

「まさか!自分から抱きついたのよ、でも興奮していたし詳しくは思い出せないのだけれど、温かくてとても心地良かったのは覚えてるわ」


ミルドレッドは思い出したようにふんわりと微笑んだ。


「抱きしめてもいいだろうか」

「え」

「本当はもうずっとミルフィを抱きしめたいと思っていた。結婚するまでは節度ある態度でと自分をずっと律してきたが、あの日自分の腕の中にミルフィがいるのを見て、ああ、私は本当はずっとミルフィを抱きしめたかったんだと気付いたんだ」

「リゲル」

「ミルフィが腕の中にいると安心する。そこで君が笑ってくれたら、幸せそうにしてくれたら、私はもう何もいらない」


ミルドレッドの両手を、リゲルはぎゅうと包み直す。


「ミルフィ、抱きしめてもいいだろうか」


するとミルドレッドは、まだ赤みの残る頬を少し震わせ、鼻をすんと一度鳴らし、花開くように微笑む。


「もちろんだわリゲル。あなたに抱きしめたいと思ってもらえてとても嬉しいわ。私もあなたに触れたい。…あなたを愛してるわリゲル」

「私も愛してるよ、私の唯一」


2人はごく自然に、まるでいつもそうしているかのように身を寄せた。

リゲルがミルドレッドを自分の腕の中にぎゅうと包み込むと、ミルドレッドは嬉しそうに笑ってリゲルの背中に手を回し、こちらもぎゅうと抱きしめた。



この日の夜、ミルドレッドは姉妹のように育った侍女に照れながら、そしてとても嬉しそうに今日の話をして少し夜更かしをした。


一方のリゲルは、高速で床を転がりピタッと止まってはじわりじわりと思い出し、また高速で転がりながら朝を迎えた。




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