高濃度ミルフィは悩ましい
「今日も私のミルフィが可愛いんだ」
「そうか良かったな」
リゲルは朝からディバルバイドの執務室にいた。
宰相であるリゲルの父、ガルアイア公爵から新法の見直しを頼まれたり、国王陛下や王太子に確認を取りつつ進める書類が溜まってきていたので、今日は1日を宰相補佐の仕事に充てる事にしたのだ。
「今朝は昨日の夜作ったという、眠りが深くなる香り袋を持ってきてくれた。私が忙しいから夜はゆっくり休める様にと。もしやミルフィが聖女なのではないか?」
「聖女はあわ雪殿だな」
リゲルは記名が必要な書類を読み込んでは、次々名前を書き込んでいく。
「ディバルバイド、聖女あわ雪殿とミルフィの茶会ももう5回目だ、もう良いだろう。他の令嬢達と茶会する様にすすめたらどうだ」
「本当は5回どころかもっと定期的に会おうとしているのをお前が邪魔しているんじゃないか。それくらい寛容に接してやれ、あの2人は気が合うのだろう。それにあわ雪殿なら他の者とも順調に交流を広げている」
「邪魔はしていない、警戒しているだけだ。それに聖女あわ雪殿が無駄に不必要に益体も無くミルフィに擦り寄るのが気に食わない」
「別に擦り寄っている訳ではないだろう、仲が良い友というだけだ」
ディバルバイドの言い分に納得は行かないが、ミルドレッドが望んでいるなら叶えなくてはいけない。3回に1回は阻止する所存だが。
リゲルはガラスペンにインクを浸しながら首を傾げる。
「それにしても、何故私のミルフィなのに別々の家に帰らなければいけないのだろうか。私には理解できない」
「当たり前だろう、まだ結婚していないのだから」
「納得がいかん」
「結婚すれば良いだろうが」
「浅慮が過ぎるなディバルバイド、よく考えろ。
結婚すれば、いつ何時もミルフィと一緒なんだぞ。「朝ミルフィ」と「お迎えミルフィ」どころか、「1日ミルフィ」いや、「丸ごとミルフィ」だぞ」
「変な表現はやめろ」
「なんという事だ、「丸ごとミルフィ」が常に共にあるのか」
「だからやめろ」
リゲルは早く結婚したい。
だが、だが、結婚すると言う事はすなわちミルドレッドとの接触が増えるという事である。
抱きつかれただけで固まってしまうぴゅあぴゅあボーイのリゲルには、あまりにも高い壁だった。
「どうしたら良いんだ、そんなに高濃度のミルフィといられるなんて考えただけで倒れそうだ。ディバルバイド良い案はないか」
「結婚すれば良い」
「くっっ、それが出来たらこんなに苦悩していない」
「お前にも謎の弱点があるのだな」
「何故世の恋人達は何でもない態度で腰に手を回したり、だ、抱きしめたりを当たり前の様にしているんだ。恋人、婚約者と言えど節度を持って結婚するまでみだりに触れてはいけないと子供の頃に習ったろう」
「お前普段は好き勝手に規律も無視して生きている癖に、変な所で真面目なのはなんなんだ」
ディバルバイドは呆れた様な声を出したが、どうやら真剣に悩んでいるらしい親友に助言してやる事にした。
「まぁまずは街や観劇に行く機会でも増やしたらどうだ」
「街に?」
「そうだ、外歩きをすればエスコートで腕は組むだろう。それを手繋ぎに変えてみたり、観劇で雰囲気の良くなった所で抱き締めても良いのではないか?」
「なるほど」
「お前がもっと豪胆にならないとこのまま年寄りになってしまうぞ」
「それは困る」
「何だかんだ言ってお前働きすぎだろうリゲル。朝夕の送迎に、無理矢理暇を作ってはミルドレッド嬢の研究室に通っているそうだが、どちらも仕事のついでと言える」
「ついでは仕事の方だ」
「もはやそれはどうでも良いが、そもそも一般的な恋人同士の外出やら行事やらが足りていないのではないか」
「ふむ…」
リゲルは何やら考え始めたが手は止まらない。考え事をしながら書類の確認と署名を続けるリゲルを見て、ディバルバイドも手元の書類に再度集中し始めた。
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国王陛下への謁見を終え、ディバルバイドとリゲルは王立図書館に向かって歩いていた。幾つか資料を確認しなくてはいけない案件が出てきたので、散歩がてら自分達で取りに行く事にしたのだった。
本来ならその前と後ろに護衛騎士がぴたりと付くのだが、少しは自由を味わいたいディバルバイドが護衛騎士に王太子執務室で待つ様に告げていたので、珍しく2人きりで歩いていた。
この国最強のリゲルがいれば確かに他の護衛は必要ない。
それにリゲルが強すぎるだけで、ディバルバイドも騎士団に劣らず屈強な男だった。
「戻ったら少し休憩が欲しいな。ミルドレッド嬢の調合したぴりりとする茶が飲みたい」
「あれは元々私が忙しい時に辛味で気分転換できる様にとミルフィが作ってくれた茶だ。心して飲めよ」
「そうか、お前はどうでも良いがミルドレッド嬢に感謝して頂こう」
2人が大廊下に差し掛かると、隣接する王立図書館から本を携えたミルドレッドがちょうど出てきた所だった。
「ミルフィ!」
(私のミルフィ!少しでもずれていたら会えなかった偶然!やはり私とミルフィの運命は凄まじくぴったりという事か完璧だ)
だがリゲルの声にぴくっと反応したミルドレッドは、リゲルの姿を認めるとボンッと音がした様に赤くなり、淑女にあるまじき行為だがなんと走り出し、そのまま見えなくなってしまった。
「なんだお前何をした」
珍しいものを見たと目を丸くしたディバルバイドがリゲルに問う。
「おい寒いじゃないか、氷を消せ。…おい、リゲル?大丈夫か?」
目に見える範囲は全て透明度の高い氷に覆い尽くされている。リゲルの仕業だ。
走り去ったミルドレッドを見たリゲルはというと、あまりの衝撃に身動きが取れなくなっていた。
(ミルフィが…私を避けた……?)
「何も…していない…と思う……分からない…」
「おい落ち着けよ?国が壊れる」
氷はパキパキと範囲を広げて厚みを増し、あちこちから悲鳴が上がっていた。
「ミルフィ、何故…?」
「おいリゲル」
途端リゲルからブワっと濃厚な魔力が溢れ出し、その足元には青い光で全てを縁取られた門が出現した。
「!おい!」
ディバルバイドが声をかけるが既にリゲルも門もそこには無く、魔力の残滓だけがキラキラと舞っていた。
「転移したか…全く」
転移魔法は非常に高度な魔術で使える者は少ない。
そもそも王族の身の安全の為ここ王都では転移魔法の使用は禁止されている。
発動を阻害する為の結界もあり、普通は転移魔法を使いたくても発動する事すら出来ない。そう、普通は。
ディバルバイドは、王太子である自分をその場に捨て置いて一瞬で消え去り、多分ミルドレッドを追ったのだろうリゲルについて思う。
「気持ちの悪い男だな」
そして何事も無かったかのように図書館で資料を確認し、1人自分の執務室へと戻り、待機していた護衛騎士を大いに慌てさせた。
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