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5.大トカゲ、あらわる!

その噂は瞬く間に辺境領都を駆け巡った。元来はミナバ火山の中腹に陣取ってお山の大将を気取っているブラックドラゴン、ダナーが何を思ったかふもとまで降りてきて、辺境領内の農村部にて人を襲いだしたのだ。


一説によればダナーは数百年に一度の繁殖期で気が立っており、怒りに任せての示威行動であろうとのことであったが、それにしても関係のない人間を食らうなどとは前代未聞の大事件である。

一方の俗説によれば山を二つ超えたタータス渓谷を縄張りとする美しいホワイトドラゴン、ジャラに求愛をしてすげなく断られた腹いせに弱っちい人族に八つ当たりをしているとかマジ止めてくれこのトカゲ畜生め。


まあそんなわけで辺境領都はハチの巣をつついたような大騒ぎとなっていた。


こんな時、本来一番に事に当たるべきは辺境伯肝いりの領軍、鋼鉄騎士団であろう。だが虎の子の騎士団はかかる事態に微動だにしなかった。


領民たちは怒りをもってこの騎士団へ徹底抗議を行ったが、それでも彼らは動く素振りすら見せなかった。


マリーの恋人ガストンは鋼鉄騎士団の10人隊隊長の一人である。10人の長だからといって大したことないなんて考えるそこのあなた、大変な間違いです。そもそも一人の騎士には従士、従卒、荷物持ち、馬持ちなどとぞろぞろ合わせて5~6人近い部下がつく。この騎士を10人従える十人隊隊長は7~80人クラスの大人数を監督する重職である。

20代半ばにして十人隊隊長に抜擢されたガストンは、将来を約束される優秀な騎士なのだ。

そんなガストンは今回の事情にも精通していたから、マリーは特別に理由を教えてもらっていた。


そもそもダナークラスの強力な竜を相手にして、いかに騎士団が強力であろうとも無傷でいられるはずがない。騎士団はもちろん負けるつもりはこれっぽっちもないが、ぶつかるからには相当の消耗を覚悟しなければならない。

だがそのそも、騎士団が消耗していいのはスタンピードの時だけなのだ。

辺境領各地に点在するダンジョンは大小合わせて計31箇所。これらの中にはまともにメンテナンスもされておらず、いつ大厄災たるスタンピードを発生するか予測もつかない洞穴も複数ある。

何より今は魔王復活の時代だ。魔王の影響を受け、各地の魔物たちはいきおい活気づいている。いつダンジョンが爆発するか分からぬ、今は帝国全土が緊急事態宣言の真っただ中であったのだ。

むろん件のドラゴンもそんな魔王の気配に中てられての暴力行動である可能性もある。だが、発生してより被害が大きいのがスタンピードなのだ。

オオトカゲがあちこち飛び回って無辜の民を一飲みにしたからといって、被害はせいぜい点である。これがスタンピードとなると、無数の化け物が面となってぶつかってくるため、被害は平方メートル換算となるのだ。どちらがより一層悲惨であるかを考えれば、トカゲのすることなど微々たるものだ。奴の事など奴の好きにさせておけばいいのである。


辺境の盟主たるマルダー辺境伯は苦渋の決断をもって、辺境全土の騎士団に対してこれを放置すべしとの命を下した。だがもちろん、マルダー辺境伯は修羅の国たる辺境でトップ張ってる剛の者であるから、当然次善の策は用意してある。心ともない宝物庫の財を解放して、帝国全土の冒険者ギルドに対し、莫大な額の懸賞金とともにお触れを出したのだ。


――暴竜ダナー、これを討つべし!


ここまでのガストンの説明に、「ははあ」とマリーは関心の声を上げた。ブラックドラゴンの件はギルド週報で見聞きしていたから話だけは知っている。だが、Dランク冒険者の生きた墓場といわれる第二冒険者ギルドにとってはあまりに遠い世界の話なので特に気にもしていなかったのだ。

「君も十分に注意してくれたまえよ。」そう心配げに話しかけてくるガストンに対し、マリーは思わず笑い声をあげてしまった。

「あはは! 何を注意するというのよ! ウチの職場にダナーとやり合えるような冒険者は……」ここで一瞬ヨースケと剣聖タニアのことが頭の片隅をよぎったが、マリーは黙殺し「一人もいないわ。」とにっこりと微笑み返した。



さて、そんなこんなで世間ではにわかに盛り上がる冒険者達。奴の首を落とせば一生遊んで暮らせるだけの金と、第一級の冒険者としての名誉、名声を手に入れる事が出来るのだ!


ざわざわざわ!


だが結果としてこれはかえって厳しい結果をもたらすこととなった。

先に結論を言ってしまえば、思ったよりもダナーが強かったのだ。あるいは辺境伯が期待していたほど冒険者たちが強くなかったとも言える。


Aクラスパーティの『氷結の息吹』が全滅したぞ!

辺境3強クランの一角、『暁の団』が逃げ帰ってきたらしい!

帝都から来たSクラス冒険者『疾風のアルマ』が意識不明の重体だそうだ!


次々と積み重なる悲惨な交戦結果に、マルダー辺境伯は頭を抱えた。

「こんな時のための二次戦力としての冒険者ではなかったのか!?」

対する腹心のカロット伯爵はこう返す。

「普段から冒険者ギルドとの交流を密にしておくべきでしたな。定期的に騎士団との合同訓練でもしておけば、彼らの実力がどの程度のものかも事前に推し量れましたところでしたのに。」

「今さら遅いわーっ!」ガシャーン! テーブルの上に置かれたワインのコップを横なぎに払う辺境伯。カロット伯爵は慣れた様子で、自分のコップとワインボトルだけはちゃっかりと手の内にキープしていた。


「まあ過ぎたことに頭を悩ませても仕方がありませんな。

で、どうなさいますかな? 虎の子の鋼鉄騎士団、ひと当てしてみますかな?」

手にしたボトルの中身をコップに注ぎつつ、冷めた口調で問い質すカロット伯爵。

「くうーっ……!」腹の底からよじれるようなうめき声を上げる辺境伯。


つまるところ、悩みどころはそれなのだ。なにぶん冒険者の強さが分からぬため、相対したダナーがいかほどの戦力かの想定がつかない。鋼鉄騎士団で御せる程度なら喜んで派遣するが、返り討ちに合うほどの強力なモンスターであれば帝都に打診し国軍を動かしてもらう必要も出てくる。

だが、その為の判断すら未だにつかないのだ。

だってダナーがどんくらいのバケモノなのかさっぱり分からないんだもの。


マルダー辺境伯はシクシクと痛む胃のあたりをさすりつつ、恨めしそうな目でカロット伯爵をねめつける。対するカロット伯爵は涼し気な顔でコップの中のワインを口に運んでいる。

そもそも、冒険者達と騎士団との合同訓練の話はカロット伯爵より以前から何度も提言を受けていた。それを予算の無駄だと突っぱねてきたのはマルダー辺境伯なのだ。ギムナジウム時代からの悪友である辺境伯と伯であったが、この件については公私混同は避けるべしと敢えて強気に断ってきたのだが、今となってはどちらのほうが私的であったか。

くそっ! マルダー辺境伯は怒りを飲み込む。こいつは昔っから立場は下のくせに、知恵が回る分、上から目線での発言が過ぎるのだ。むろん何度も大いに助けてもらっているから無下にも出来ないのだが、こういう時には本当に腹が立つ。

「そなたは随分と冷静に見えるな。私が苦しんでいる姿がそんなに面白いのか?」

カロット伯爵はすまし顔で軽やかに返答する。

「まあ、面白いか面白くないかで言えば、面白いですな。」

「なに!?」顔を真っ赤にして掴みかかろうとするマルダー辺境伯。これを制するように片手を突き出しつつ、カロット伯爵はニヤリと笑ってみせた。

「とはいえ火急の状況は面白いものではありませぬ。そこで腹案の一つでもお見せいたそう。剣聖タニア、使えるかもしれませぬぞ。」

「なに!?」マルダー辺境伯はそれまでの怒りも瞬時に吹き飛び、驚きとともにカロット伯爵に詰め寄った。



空けて翌日、ギルド長は殿上人たるマルダー辺境伯の膝元に這いつくばるようにして遜りつつ、脇に立つカロット伯爵からの相談(という名の事実上は絶対命令)を拝領していた。


「そなたの手腕をもってして、剣聖タニアを暴竜にぶつけてもらえませんかな?」

「ははーっ!」


とはいえギルド長は困ってしまった。そもそも第二冒険者ギルドは一線級の冒険者になれない弱小冒険者や新人冒険者の受け皿として機能する、いわば冒険者業界の姥捨て山。産業廃棄物処理業者の所長みたいな立場であることはギルド長も自認している。

それがなんで、辺境最強の剣聖タニアの話が出てくる? 命を受けておきつつもギルド長にはさっぱり訳が分からない。


そう、この期に及んでもギルド長は洋介とタニアの一件などを全く把握していなかったのだ。同僚の副ギルド長や幹部の事務長や鑑定長などに相談してみるも、みな誰も知らぬという。


困り果てたギルド長はあらゆるところに相談をした。まずは屋敷の使用人たちに聞いてまわったが目を逸らされ、最近すっかり不仲になった奥さんに相談して知らんと一蹴され、よく行く飲み屋のねーちゃんには適当なホラ話を掴まされ、実家に手紙を書いてみるも何の返事もなく、気晴らしに行った川釣りでたまたま隣り合った近所の村の少年に駄目もとで話しかけたところ、ここで初めて衝撃の事実を教えられた。


「なんだって! ヨースケとかいう冒険者風情の男が剣聖と思しき絶世の美女ををはべらかしているだって!?」

「そーだぜオッサン。最近じゃ見なくなったが、以前はよくこの先の魔の森入口あたりに薬草摘みに来てたもんだぜ。」

「なんてこった!」


そしてそのヨースケという男について探してみれば、何のことはない、ギルド長の管理する第二冒険者ギルドの所属冒険者であることはすぐに調べがついた。

ここまで約一週間の道のりである。

ちなみに余談だが、ギルド長が誰か適当な一般職員を捕まえて事情を聴いてみれば5分で分かったはずの内容であった。

ギルド長を始めとするおっさん連中は部下との交流がほとんどないのである。禁煙ブームにのっとりタバコ部屋での雑談はすっかり過去のものとなってしまったし、飲み会を開いても今どきの若いものは誰も参加しようともしない。

組織の上下の分断が産んだ、むなしい一週間の浪費であった。



そんなこんなで今、万年Fクラス冒険者であるヨースケの担当受付嬢であるマリーは、ギルド長室に呼びつけられ、延々と説明を重ねていた。


「ですからぁっ! 異世界転移者のヨースケの加護のおかげで、剣聖タニアはヨースケに一度も勝てなくて、だからヨースケのいう事だけは聞くことになって……。タニアをどうにかしたければヨースケを説得するしかないんですよ!」


何度目の説明だろうか……。マリーはいい加減苛立ちを隠すことも馬鹿馬鹿しくなって、目の前に座るギルド長に向かって声を上げた。


貧乏伯爵の従弟であるギルド長は縁故採用で第二冒険者ギルドに入社し今年で26年目、持ち回りの昇進制度に従って長になったのは3年前。数年後には定年退職して田舎の一軒家で悠々自適のスローライフを夢見る、釣り好きのただのおっさんである。

場末の三流組織に必ず一人はいるような、お荷物なオッサン所長である。彼のカビだらけの脳みそでは何度説明しても状況が分からずに、先ほどから首を傾げるばかりなのだ。


「ううむ、マリー君? つまりそのヨースケというFランク冒険者に命令すれば、剣聖様は暴竜退治に出向いているということかね?」

「ですからぁっ! ヨースケはFランクなのでギルドに命令権がないんですよっ! あくまでお願いするしかないんです!」

「だがマリー君。君はそのヨースケと大変懇意にしていると聞いているぞ。君がお願いすればいう事を聞いてくれるのではないのかね?」

「それが出来れば苦労はしないんですよ! ヨースケは絶対に私のお願いなんて聞きません! そこは絶対に譲らない男なんですよ! 」

「ふうむ? そんな事あるのかね? マリー君は受付担当の中でも特に優秀な人材だと聞いているぞ? 君がもう少し頑張って、どうにかならないかね?」

「はぁっ!?」ギルド長のこの一言にマリーはぷっつんとキレてしまった。

「もうさんざんやりました! 出来るすべてでいろいろお願いしました! 全部断られたって言ってるんです! ギルド長は人の話の何を聞いていたんですか!? 出来ないって言ってるじゃないですか!!」

「いや……。しかし……。今は特別事態なんだぞ……。暴竜が暴れまわって多くの人命が損なわれているんだ……。そういった事情をよく伝えて……。かかる緊急事態に冒険者としての責務を……。」何やらしどろもどろとなったギルド長がまだブツブツと反論を言ってくる。

「だったらギルド長がヨースケを説得してくださいよ! ギルド長だって働いてくださいよ! 緊急事態なんでしょ!? いつもと違う状況なんだから、ギルド長だって自分で動いてくださいよ! そんなに剣聖の力を借りたいなら、自分で何とかしてみせてくださいよ! 自分でヨースケにお願いしてくださいよ!

何でも部下にやらせて自分はふんぞり返るばかりですか!? 少しは組織の長として出来るところを見せてくださいよ!」

マリーは鬼の形相になって唾を飛ばしつつ、一挙にまくし立てた。

完全に暴言の類であったが、いきおいにのまれたギルド長は小さくなって、「うん。」と頷いた。


ハッと我に返ったマリーは途端に恥ずかしくなり、歯切れの悪い言葉でもごもごと言葉を口にする。

「と、ともかく、ギルド長もヨースケと話してみればわかります。ちっともいう事なんて聞いてくれませんから。剣聖の事は私も勿体ないと思いますけど、もともと昔から当てに出来ない戦力だったんです。あの剣聖が人のいう事なんて聞くはずもないんですから、最初からそういうものだったと思えばあきらめもつきます。

ヨースケのことも同じことです。そもそもヨースケみたいなFランク冒険者を当てにすること自体が無茶な話なんですから、ともかくこの件については忘れてください。

お願いします。」

ここまで説明して、ぺこりと頭を下げるマリー。

「うん、分かった。」なんだか可愛らしい声で返事をするギルド長に、禿げ散らかしたおっさんが可愛く返事してもちっとも可愛くねぇなあとあんまりな感想を覚えつつ、ともかくマリーはぺこぺこと頭を下げてギルド長室を後にした。



さて、数日後のマリーはあまりの事態の進展に、茫然と口を開けたまま、ただ立ち尽くすことしか出来ないでいた。


「いや、だからネ。ヨーヘイくん……だったっけ? と話してみたんだよ。ブラックドラゴンを倒してみませんかーって。その、マリー君に言われた通り、お願いをね、うん。」


いやいやいやいや! そう言う話じゃなかったでしょう!? 相手にならないからあきらめましょうってそういう話だったでしょう!? ワタシそう言いましたよね!? 人の話の何を聞いていたんですギルド長!! なんで無駄に頑張っちゃったんです、ギルド長!!


「そしたらね、ヨータくん? がね。いいよって。暴竜ダナー、倒してみてもいいですよって、なんと快諾してくれたんだ。」


ええええええっ!? どうしてヨースケが快諾する余地があるっていうんです! あのヨースケですよ!? 受けるはずがないじゃないですか! それホントにヨースケです? ヨーヘイとかヨータとか、なんか全然別のやつと話進めてません!?


「あっ! ヨースケくんだったネ。いやいや、齢をとると名前を覚えるのも大変でね。剣聖タニアちゃんは有名人だからワタシも知っていたんだが、彼とは初対面だったからね。カレ、すごいネ。本当にタニアちゃんを手下にしているんだネ。」


どうやら本当にヨースケで間違いないらしい。あのタニアがそばに仕えるうだつの上がらない三流冒険者といえばヨースケ以外にあり得ない。

だがそれならばなおのこと、あのヨースケが初対面のギルド長のお願いを聞いた理由が分からない。いったいどうして。


「それで、あのネ、マリーくん……。」ここで急にギルド長が可愛らしい声でもじもじとしだした。だからおっさんが可愛くなってもちっとも可愛くないと何度言えば……

「ヨースケくんのお願いなんだけど。その、マリーくんとね、一晩をともに出来るのなら受けてもいいって、そう言うんだ。」


「……は?」マリーはあまりの話の内容に、茫然と口を開けたまま固まった。


「その、分かるよネ? 男と女の、そういうさ。一晩の間にナニするのかって。その。まあそういうの。そういうのアリならいいですよーって。分かるよネ?」


いや分かんねーよ! 全然意味が分かんねーよ! 暴竜ダナーを討伐する話がどうしてマリーがヨースケと寝る話にすげ変わってんだよ!


マリーが無言のままギルド長を睨みつけていると、この男は突如「あはは」と笑い出した。

「いやーまいっちゃったよぉーっ。ボクがお願いしようと思ったら、まさかのヨースケくんからお願いされることがあるなんてさぁーっ。びっくりだよねぇーっ。あははははーっ。」

わざと明るい口調でギルド長がそんな事を言い出す。


ああこいつ人の皮をかぶった虫けらなんだな。


悟ったマリーがゴミカスを見るような目でギルド長を見つめてやると、ギルド長は小さく身を縮こませながらこうのたまった。


「ど、どうかな?」


……どうかなじゃねぇよ。


マリーは沸騰する脳味噌を懸命に冷ましながらも、どうにか返事をする。


「……あの。……それってただのお願いですよね? 出来たらいいなー、みたいな。命令とかじゃないですよね?」

「……うん。お願い。ボクがお願いしたら、ヨースケくんにもお願いされちゃった。」

「じゃあギルド長、私が今すぐこの場で首括って死んでくださいってお願いしたら、聞いてくれます?」

「えっ……!? それは、その……。ちょっと……。」すっかり青い顔になったギルド長が、目をきょろきょろと泳がせつつ、言葉を濁す。


マリーはそんなギルド長ににっこり笑ってみせる。

「いいんですよ? ギルド長。これはただのお願いなんですから、別にいう事を聞く必要はないんです。お願いってそういうものですよね?」

「いや……。しかし……。」なおも言葉を濁すギルド長に対し、

「ね?」ゴゴゴゴゴと謎の効果音を背負ったマリーが覆いかぶさるように笑ってない笑顔で迫る。

「ね?」重ねて返事を強要するマリー。

「……う、うん。」ギルド長が迫力に負け小さく頷くと、いい笑顔になったマリーは颯爽とヒールの足音を響かせつつ、軽やかにその場を去っていった。



ギルド長は思った。

辺境伯のお願いは、お願いじゃないんだよぉ……。


だがそんなお貴族様固有のいびつな理屈は一般人であるマリーたちギルド職員には通じるはずもないだろう。

だからといって昔のように言う事を聞かない一般市民に無理強いできるような時代でもない。

ギルド長は、「これは本当に首をくくらなければならなくなったかもしれない……」とぼんやりと他人事のように思った。そして気が付くと釣竿を手にとぼとぼと道を歩いていた。思いっきり無断退社であったが、どうせいてもいなくても大して変わらないギルド長であったから、誰も咎めるものもいなかった。

そのままいつもの川に辿りつくと、慣れた手つきで釣り糸を垂らす。

川面に揺れる釣り糸をぼーっと眺めているうちに夜の帳が降りてくる。

月明かりが煌々と水面を照らす中、ギルド長はいつまでも、ぼんやりと釣り糸の先を眺め続けた。



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[一言] 無能だけど可哀そうな中間管理職 ぼくはすきです
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