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3.ワシが育てた! と一度は言ってみたかった。

気が付けば剣聖タニアと知り合ってからもう1月ほどが経とうとしていた。

場末の木賃宿の薄暗がりの中、タニアは全身を用いて洋介を快楽の頂きへと導こうとしている。


一か月前のマグロ女が嘘のようではないか!


洋介はかしずく美しい女の献身的な奉仕を前に、満足げに目を細めた。


剣聖のたぐいまれな才は性に関する行為に際しても十全にその能力を発揮することが分かったのが、この1か月の一番の収穫であった。


まず何より剣聖とは、肉体操作の天才である。剣を最適に振るうための血のにじむ訓練の過程で、肉体全身に魔力を通わせ、あらゆる筋肉を最適に動かす特殊な技術を習得している。つまりはなんと、あーんなところやこーんなところを、まさかまさかのあんな風にアレしたりすることが自主規制。


それだけではない! 剣聖タニアが重ねてきた命のやり取りの中で、彼女は相手の心の機微を読み解く力を徹底的に鍛え上げてきた。相手がどうしたいか、どう動こうとしているか、こちらに何をさせたがっているか、これらを瞬時かつ的確に判断、把握し、常に先手を取る術を身に付けている。

そして当然のことながら、この素晴らしい先読みの才を洋介を性的に喜ばせる為に用いるとなるとつまりはゴクリ。


詳しくは読者諸氏の優れた推察力にお任せするが、あなたの思った通りのことをほぼすべてタニアは実践してくれるという点はわたしがここに保証しよう(要出典、誰が?)。


だがもちろん、ここに至るまでの過程はけっして一筋縄ではなかった。


そもそもタニアは人を見ればいかに切るかを信条としている狂犬である。すべからく全ての男はタニアに切られるために存在するのであり、楽しんで切るかつまらなく切るか程度の違いしかない。

そのタニアが齢21にして出会った決して切ることのできない男は、自分を楽しませろとタニアに命じてきたのだ。タニアは混乱した。混乱して思わずやたらめったら洋介に切りかかった。

そしたら洋介が手にしたスリッパに思いっきりスパーンと頭を叩かれた。

洋介はすかさず声を上げる。「そんなのちっとも楽しくありません!」


「そんな……。」がっくりとうなだれるタニア。人生二度目の敗北であった。

「わたしは人と切り合いするのが最高の楽しみなのに。」

「そんなのオレは楽しくありません!」

そしてこれが、タニアにとっての大いなる発見の始まりでもあった。

世の中には切り合いを楽しめない人種もいるようなのだ。っていうかフツーはそういう人種が大多数なのだが、命の取り合いが大好きな修羅の国からやってきた剣聖タニアには衝撃の事実であった。スレイハッピーなタニアが初めて異なる価値観に触れた瞬間であった。

タニアは雷に打たれたような衝撃を覚えた。いや、実際にはスリッパに叩かれた衝撃を食らっていただけなのだが。


※補足:slay happy=作者造語 なんかトリガーハッピーの類語みたいなイメージ。書いてて今思いついた。


そこからは不断の努力が積み重ねられた。ヨースケを楽しませるとは? どうすればヨースケは喜ぶ? 自分には何が足りない? 何を覚えればよい?


そんなタニアに対して、洋介自身も本気になって相手をした。


「そうじゃないわ、たにあサン! そこはもっと腰を強くっ!」

「何度言ったら分かるのかしら!? そう、顎をひねるようにしてっ!」

「いいわっ! その調子っ! とってもよろしくてよ! あなた、少しづつ掴みかけているっ!」

「そうよっ! そこで羽ばたくのっ! あなたはまさに今、生まれ変わろうとしているっ!」

洋介は時に叱咤し、時に励まし、彼女を少しづつ導いていった。そうなると必然的にオネェ言葉になるのは世の摂理というものであろう。


そしてついに、彼女はやり遂げ……。


「エクセレント……っ!」


洋介の口からタニアを祝福する言葉がついて出た。あとついでになんか出た。


ここまでたどり着くのに一か月。今やタニアは一流の娼婦となったといっても過言ではないと洋介は一人満足げに頷く。


これ、もうアレを言ってもいいんじゃないだろうか? まさに今この瞬間のために用意された台詞を言葉にする機会なんじゃないだろうか?


洋介は万感の思いを込め、声に出してある一言をつぶやいてみせる。


「ワシが育てた!」


それを聞いたタニアは顔には出さずともこう思った。

私が自分で掴んだ技術よ。ヨースケは特に何の役にも立っていないわ。むしろギャーギャーうるさいだけで調子が狂うから邪魔なのよね。



だが二人の身勝手な思いは一度も相手に伝わることはなく、ただそれぞれはそれぞれの思うがままに相手を利用し合う関係が紡がれてゆく。


これが洋介とタニアが別れる最後まで変わらぬ間柄の、始まりの瞬間であった。



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