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06 不可解な涙

 再起動すると、私を抱きしめるようにアナが泣いていた。


「メイ……メイ……良かった、生きてたのです……!」

「……アナ、何故泣いているのですか」

「メイが死んじゃったかと思ったのです!」


 起きてみると、一階の客間だった。アナがどうにか、私をソファまで運んでくれたらしい。それにしてもアナの目の下が腫れぼったくなっている状況に、私は戸惑いを覚えた。


「損傷したのは私なのに、何故そんなにアナは悲しまれているのですか」

「……使い魔は、主人の一部なのですっ。だからメイが傷ついたら、主人のわたしだって心が痛いのは当たり前のことなのですっ」

「私は心のない機械人形です」

「それでも、痛いものは痛いのですっ」


 アナの叫びは殆ど金切り声に近かった。私は一層混乱しそうになる。


「それに……それに……どこまでやれば終わりにしていいか、キチンと命令しなかったのは、主人のわたしの責任なのです。魔女にとっては初歩の初歩みたいな失敗なのです」


 私が見つめる中、アナは誤魔化すように何度も何度も袖で目元を拭った。


「う……ごめんなのです。主人として……とても恥ずかしいところを見せてしまったのです。一生の不覚なのです」

「私こそ申し訳ありません、アナ」

「いいのです。メイって、思ってたよりずっと不器用なのです」

「……私は不良品です」


 これ以上彼女に謝らせるべきではないと考え、私は真実を伝えた。


「私は命令解釈を頻繁に間違えます。些細な点ばかり指摘するので人間に不快感を与えます。常識的概念を理解出来ません。何より人間が、問題解決よりも感情の発露を優先させる意図が理解出来ません。『気持ち』と呼ばれる概念に寄り添えません」


「……けど、メイじゃなかったら魔導書の山を整理出来なかったのです」

 アナは未だに涙を拭い続けながらも、私に破顔一笑してみせる。


「とっても綺麗で分かり易く並んでいて、調べものに助かってるのです。お天気予報はいつもメイの言う通りになるのです。メイは物知りなのです。メイはわたしの気付いてないことを、いつも気付かせてくれるのです」


「……そんな風に言ったのはアナが初めてです」


 命令を間違えたのは私だ。私が間違えた時、殆んど全ての主人は私を責め立てた。ところがアナだけは主人であるにも関わらず、自分が悪いのだと言い私に感謝の言葉を述べてくれる。彼女が何故こんな風に言ってくれるのか、私には分からない。


 私は曖昧なものが苦手だ。判定基準が不明瞭なままでは結論を出すことが出来ない。


「……アナ、私たちの契約についてですが」

 アナの表情が、またしても僅かに強張る。


「……そうだったのです。今日で約束の一週間なのです」

「正確には残り四時間と十七分二十一秒です」

「メイの望みは……まだ変わらないのです? 自分を破壊する以外何も思いつかないのです?」

「……はい。ですが」


 私はそれからしばらく口籠った。

 アナの不安げな表情がそこにある。自分が何故こんなに言葉の選択に時間をかけているか、私自身もよく分からない。


「……不確定の事項がまだ複数存在しています。それらを正確に判定し終えるまで、もう少し検証の時間が、試用契約の延長が必要であると、考えています」

「メイ……!」


「期間延長は可能でしょうか。この場合、対価の支払はどのようになるでしょうか」

「……来て欲しいのです!」


 アナが私の手をとって立ち上がる。急く様に歩く彼女に導かれるままに、私は共に二階へと向かった。階段は相変わらず濡れていたが、登る間ずっとアナが手を握ってくれていた。

 何故か分からないが、アナの手が以前よりも暖かい気がした。


「ここなのです」


 私が連れて行かれたのはアナの部屋の真横に位置する、所謂開かずの間だった。

 アナがポケットから出した鍵で慎重そうに戸を開ける。すると、そこにはつい昨日まで人が暮らしていたかのような大きな寝室が広がっていた。化粧棚があるということは、成人女性の部屋のようだ。


「お母さまの部屋なのです」


 そう言ってアナは私を引っ張り、どんどん部屋の中に入っていく。奥には大きな洋ダンスがあって、アナが少しだけ力を籠めるようにして開けると、出てきたのは彼女の母親のものだと思われる沢山の異国服だった。その中の一着を、アナは選んで私に差し出す。


「お母さまの国の伝統衣装なのです。メイに似合うと思って」

「……これを、私に?」


 赤地に金糸の刺繍が施されたそれは、アナが普段着ている魔女服と近しい印象を覚えるものだった。異なる点があるとすれば、母親の服はある種のブラウスとジャンパースカート一式がセットになった、長袖の大変暖かそうなゆとりある形だということだ。ネットワークに繋いで特徴を調べると、東欧に起源を持つサラファンという民族衣装だった。


 アナの助けを借りつつ実際に着てみると、鏡に映る私の姿はまるで別人のようだった。画像認識機能がエラーを起こしたのではないかと錯覚するぐらいだが、紛れもなく私らしい。


 硬直した私を不審に思ったのか、アナが恐る恐る訊ねてきた。

「……き、気に入らなかったのです?」

「いえ……ただ現状の認識に時間がかかっているだけです」


 私は改めてアナを振り返る。

「これが、契約の更新料という訳ですね」

「もしそれで大丈夫なら、もう一度手を出して欲しいのです」


 求めに応じて先日同様左の小指を差し出すと、アナは前よりも微妙にぎこちなく自分の指を絡ませてきた。杖の先端が宛てがわれると同時にやはり光が発生、胸の奥に以前と同等かそれ以上の原因不明の暖かさが広がり、やがて消失する。


 ずっと暖かければいいのにと私は思った。


「これでまた、一週間延びたのです」

 アナは何処かホッとしたような口ぶりだった。


 私は彼女をより確実に安心させるべきと考え、久しぶりに笑顔を浮かべてみることにした。目を細めて口角を上げ、背の低い彼女と視線を合わせたまま、その状態を維持する。


「…………うん」

 アナは何故か一瞬、顔を強張らせた。困った顔という方が適切なのかもしれない。

「メイは時々、鏡を見て練習した方が良いのです」


 私は再び仏頂面になった。

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