05 出来損ないの私
それはある日、突如として起こった。
私は二階の廊下で大型サイズの花瓶に水を注いでいた。相変わらず何の匂いもしない大輪の花を前に作業を続けていると、すぐ側を通りがかったアナが何かに気が付いたように、怯えの混じった大きな声を出したのだ。
「メイッ、何してるのです!?」
「ご指示のあった通り、花瓶の水が減っていたので注ぎ足しているところです」
「それは見れば分かるのです! だけど、流石に入れすぎなのです! 廊下中が洪水みたいになってるのです!」
「それは理解しています」
十分程前から花瓶の水は限界点を超えて溢れ出し、周囲を水浸しにしてしまっていた。
「……しかし、水をどこまで足し続ければ良いのか、止めるタイミングの指示がありません。この作業は、どこまで続ければ良いのでしょうか。私も困っています」
「適当にで良かったのです!」
「適当が分からないのです……」
そう言いながら、再度往復に入ろうとバケツを持って階段付近に差し掛かったその時、私の視界がいきなり数十度も傾いた。状況を把握した瞬間、側頭部に強い衝撃が走った。
視界が明るくなったり、暗くなったりを繰り返しながら、私は水気で滑りやすくなっていた一階への階段を激しい音を立てて転げ落ちる。
「メイッ!!」
アナの悲鳴のような声が聞こえたのを最後に、私の人工知能が強制シャットダウンされた。世界がたちまち暗転した。
「――本当に気が効かない奴だな!」
主人の命令を実行する度そう評されるのが常態化したのは、私が『私』を認識し始めるより遥かにずっと前からのことだった。
文言通りなら「気が効かない」、工夫を凝らせば「誰がそんなこと頼んだ」……大抵の人間は私に怒鳴るか、罵るか、いずれにせよ激しい口調で否定的反応と嫌悪感を露わにした。
稀に理由を訊かれることもあったが、反応は決まって「言い訳するな」「そんなことは訊いていない」「普通分かるだろう」……人間である筈の彼らは、何故かロボットである私以上に判で押したような反応しか示さなかった。
メイドロイドには元々、製造個体に一定の割合で初期不良が報告されていた。フレーム問題回避のためのプログラムエラーということだが、それ以上のことは分かっていない。
簡単に言うと、私の頭脳は主人の命令を実行するたびに高確率で極端な行動をするリスクを背負っており、抽象的または曖昧な命令である程、その確率は跳ね上がってしまうのだ。
別の問題もある。
私はロボットで記憶力に秀でている。だがそこに一貫性を欠く支離滅裂なインプットばかり繰り返されるとどうなるか。稼働年数が延びる程頭脳の混乱が激化、データに基づいた予測が度々あらぬ方向に暴走し、件の行動上のリスクが激増してしまうのだ。
私は人間の行動の因果関係を理解できる。時には膨大なデータから、人間自身が気付かない部分まで理解できる。だがその因果が『何故』発生するのかが、私には理解出来ない。そして月日が経つほど、そのギャップは際限なく拡大し続けてしまう。
私は出来損ないだ――。




