8 これもテンプレ。王族かよ
「ようこそいらっしゃいました。ジンクレット殿下」
ギルドの別室に通され、ピシッとした服を着たギルド長を名乗る銀髪のおじ様に、腰を落とし頭を下げた姿勢で迎えられた。
あ、これ知ってる。王族とか高位貴族に対する礼儀だ。簡略なものだけど。お許しがあるまで顔を上げちゃダメなんだよ。
でもなんでおじ様そんな姿勢を?ジンクレット殿下って誰?この部屋には、わたしたちとジンさんとバリーさんとお爺ちゃんしか…。ん?ジンクレット殿下?
「ここでその礼は不要だ、ビスト。普通に話せ」
ジンさんが不快そうに言った。その言葉に、おじ様が顔を上げる。目元涼やかなシブいおじ様だ。執事服とか似合いそう。
「お久しぶりでございます、殿下。ご健勝でなにより。バリー様も、ザイン様もお元気そうで」
ニコニコするおじ様に、バリーさんとお爺ちゃんが頷く。みんな顔見知りみたいですね。
わたしは警戒してそろりとキリの側による。いつでも逃げられるように、さり気なく入ってきたドアを確認する。ちょっと遠い。もしもの時はおじ様の後ろの窓を破って逃げよう。キリに抱きついて、風魔法で助力しながら…っって!!
わたしはいきなり振り向いたジンさんにあっさり抱き上げられた。ぎゅうぎゅう抱きしめられ、頭を撫でられる。
「シーナちゃん、大丈夫大丈夫。怖くないからな。頼むから逃げようなんて考えないでくれ。騙したわけじゃないからな?王族だなんて、特に話す必要がなかったから言わなかっただけだから。だからそんなに警戒しないでくれ」
お髭ボーボーなのにスリスリ頬擦りされる。頭も撫でられすぎて髪がわしゃわしゃだ。やめなさい、くすぐったいから。
「やーだー!離せー!嫌いー!」
王族は鬼門!二度とあの搾取ライフに戻るもんか!絶対逃げてやる!
わたしは精一杯暴れた。これからはキリと楽しく生きるんだ。美味しいご飯とオヤツと新しいお洋服買うもん!もう聖女じゃないもん!人のために尽くすのは5年やったから少しは自分のために生きたいよぅ!
気付いたら暴れながらボロボロ泣いていた。ジンさんの力が強くて全然逃げられない。やだってばぁ!
「ジン様。シーナ様をお離し下さい」
キリが静かな声でジンさんに告げる。その声は冷え冷えしていて、明らかに怒りを孕んでいた。わたしが泣いているからだろう。
ジンさんが泣く私とキリを交互に見て、ため息をつくとそっと下ろしてくれた。わたしは一目散にキリに駆け寄る。
「キリぃ」
キリがわたしを抱きとめてくれる。うわぁん、王族ヤダ。もう、帰る。キリとグラス森に帰る!
ぎゅうっとキリに抱きつくと、キリはぽんぽん背中を撫でてくれた。抱きしめてくれる腕は、細いけどしっかりしてて安心できた。ぽんぽん、撫で撫でされ、その優しいリズムとキリの体温に、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「シーナ様。キリはいつでもお側に。シーナ様のいらっしゃる所ならどこへでも参ります」
キリの静かな言葉に、わたしは完全に落ち着きを取り戻した。
うえぇえ。冷静になると恥ずかしいぃい。居た堪れないぃ。このまま逃げようかな。
懸命にシャクリを抑えながら、顔を手で拭った。うん、ぐちゃぐちゃ。キリが顔をハンカチで拭いてくれる。何から何まですいませんねぇ、キリさんや。
あー、ビックリした。自分で泣いて自分が一番驚いたよ。ブワリとシーナの感情が、椎奈を上回った感じだった。感情が理性を上回って溢れ出た。やっぱりあの搾取の5年間は、シーナに相当悪影響を与えている。グラス森で、キリと気ままに狩りをしてた時に帰りたいとか思っちゃったもん。あの殺伐としたサバイバル生活の方がマシって…。
落ち着けわたし。もう15歳。前の人生合わせたら40歳のはず。大人だよ、大人はぎゃーぎゃー泣かないよ。
大丈夫、わたしとキリなら逃げられる。魔法を駆使して逃げる!
そーっと振り向くと、コチラに手を伸ばしたままオロオロしているジンさんと、目を丸くしているおじ様と、爆笑しているバリーさんと、それを呆れた顔で見ているお爺ちゃんがいた。
「シーナちゃん、シーナちゃん…」
ジンさんがわたしに近づいてくる。その手にまた捕まえられるのかと、ひゅっと喉が鳴った。キリがそっとわたしを背に庇い、静かに首を振る。
「嫌がっていますので」
コクコクとキリの後ろで頷くわたしに、ジンさんが泣きそうな顔をする。そしてぐりっとおじ様に振り返ると、怒りも露わに唸った。
「お前が余計なことを言うからだぞ!ビスト!」
八つ当たりだー!八つ当たりしてる人がいます!
「わたくし、礼儀を踏まえた挨拶をしただけですが」
おじ様はサラリとジンさんの抗議を躱す。さすがギルド長ともなると、王族とはいえ、睨まれたぐらいでは怯みもしない。
「キリさん、シーナさん。ジン様は本当に他意はありません。純粋にシーナさんを思ってギルド長に面会を求めただけです」
笑い過ぎて涙目のバリーさんが、涙を拭き拭き言う。どういうこと?
「素材を売りたいのでしょう?普通の買取カウンターでは目立ってしまうと思われましたので、ギルド長にお願いして、こちらにご案内したのです」
目立つ?何故に?
「いえ、灰色大猪なんて普通の買取カウンターに出したら大騒ぎになりますよ?」
ぐれーどぼあとは何かね。
「灰色大猪ですって?どこに出たんです?さすがマリタ王国騎士団!アレを討伐するとは!素材をウチに卸して頂けるのですか!?アレの皮は希少で、高く取引されるのです!」
バリーさんの言葉に、おじ様が興奮したように捲し立てますが、ぐれーどぼあとは何ですかってば!
「燻製肉ですよ、シーナさん。あの肉、灰色大猪のものでしょう?」
燻製肉?ああ、あのでっかい猪ね。森でスパーンしたやつのなかの一匹だ。最初は内臓とか捨ててたけど、キリが内臓も使えるものがあるかもしれないって言ってたから、後半は全部収納魔法で仕舞ってるよ。鑑定魔法さんが肝臓は慈養強壮に良いって言ってたっけ。美味しいこと以外、名前すら覚えてなかった。グレードボアって言うのかー。
「あるよ。出す?」
「ここではちょっと。ビスト、どこか素材を大量に出せる場所を」
「は?は、はい!コチラへ」
おじ様の案内でわたしたちは地下の素材加工場に案内される。筋骨隆々のおっちゃん達が、額に汗して素材解体をしている、むさ苦しい現場だった。スプラッターな場面も多いが、ジンさん達は勿論のこと、グラス森で魔物を狩まくっていたわたしとキリもヘッチャラだ。
「では、こちらへお願いします」
おじ様がかなり広めの場所に案内してくれた。でっかい猪なら15頭ぐらい置けそうな広さだ。まぁ、広いけど…。
「全部は無理かなぁ。じゃあ、置けるだけ置いてみるね」
まずはでっかい猪。解体済を5頭。
「お嬢さん、収納魔法持ちですか?って、灰色大猪が5頭も?」
おじ様が叫んでいるが、わたしは気にせずどんどん出すぞー。
次に出すのは大きなヘビ。こいつはヘビのくせに空を飛んで来るんだよ。毒もあるしね。こいつは2頭。
あ、ウシに似たやつも。こいつのお肉は絶品だよ。1頭は食べかけだから出さないで、残りの8頭を出す。
それから、えーっと、もう場所が空いてないね。
山盛りの魔物の前でわたしは途方に暮れた。まだ半分も出してないよ。薬草とか、使う分以外は売りたいのに。
「もう置く場所ない…?」
おじ様の服の裾をくいくい引っ張って聞いてみる。ポカンと口を開き、目を見開いていたおじ様が弾かれたように動き出した。
「ふ、飛び大ヘビに赤炎牛?な、な、な、な、何ですかこれは!Sランク魔物とAランク魔物がこんなに?はぁ?」
おじ様の大声に何だ何だと職人さん達が集まってきて、筋骨隆々の壁に囲まれる。ムサい。職人さん達からも驚愕の声が上がっている。
「お嬢さん、まだあるんですか?」
コクリと頷くと、おじ様はわたしの手を引いてまた少し開けた場所に移動する。筋骨隆々の塊も一緒についてくる。
どうぞと促されて、わたしはウサギみたいな魔物20匹と、大きな鳥12羽、クモみたいな魔物9匹、ハチの巣とハチの魔物(一匹の大きさがわたしの顔ぐらいある)を巢ごと3つ、あとは大きくないけど数だけは沢山ある魔物達を出した。
「こんなもんかな?後はわたしたちの食べる分だから」
おじ様が魔物の山にプルプルしてる。大丈夫?