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間話 ロルフ殿下視点【後編】

 マリタ王国への道行は、はっきり言って最悪だった。


 魔物の数が思った以上に多く、なんとか負傷者は出さないものの、隊員達の疲労は蓄積されていた。レルート領での討伐から立て続けの任務である事もその一因だが、何より、疲れを倍増される同行者がいた事が大きい。


「ロルフ殿下!魔物が動いて私の魔法が当たりませんわっ!どうにか当たる様にして下さい!」


 そんな、誰がどう聞いたって馬鹿な発言を繰り返すのは、ラナ・コルツだ。疫病神の方がまだ可愛げがある。


 ラナ・コルツは、魔法の威力はそこそこだが、まともに当てるコントロール力も制御力も皆無だった。これで成績優秀者になれるなどと、我が国が誇る学園も落ちたものだ。魔物よりも味方の兵の方に被害が出そうで、早々にラナ・コルツには戦闘への参加を禁じた。

 当然、本人は納得しなかった。だが、体力を温存し、もしもの時の戦力になって欲しいと心にもない言葉を重ねる事で、なんとか丸め込むことが出来た。


 ラナ・コルツの一行が今回の護衛に参加した事は、当然、兄や義姉にも知られていた。兄は当初、その要望を撥ねつけていたが、コルツ家からの圧力が凄まじく、兄も呑まざるをえなかった。ラナの婚約が解消されて以来、あの女の嫁ぎ先を探すコルツ家は、何度もジンクレットへ婚約を申入れていた。万が一、不肖の娘の嫁ぎ先がジンクレットの正妃となれば、社交界でのラナへの風当たりを弱めるどころか、一発逆転の良縁となる。しかし、マリタ王国からの返答は否ばかりだった。


 そこへ、今回のカナンの護衛任務だ。これにラナを同道させれば、見目だけは妖艶な美女であるあの女に、ジンクレットの目が止まるかもしれない。

 コルツ家はラナの醜聞がマリタ王国まで届いていないなどと、甘すぎる妄想を抱いている様だが、ジンクレットの片腕たるバリーが、ジンクレットへ婚姻を申し入れた相手を調べない筈がない。婚約解消は表向きは相手の病気が理由だが、社交界で流れる噂を拾えば、すぐに分かる事だ。

 

 しかしコルツ家は、この良縁を諦められないのか、ラナの父親である当主が、直々に我が隊へのラナの同行を申し入れてきた。しかもわざわざ書状に当主の署名と公爵家の印まで押して、要請をしたのだ。

 俺が散々渋ったり、かといって諦められないように引いたりと交渉を繰り返したおかげで、当主自ら、コルツ家の関与を示す証拠を残してくれた。あの狡猾な当主らしくない迂闊さだ。

 

 兄からはラナ・コルツ一行の愚行を何としてでも止めよと厳命されていたが、俺は殊勝に頷く振りをして、実際には奴らを野放しにするつもりだった。


 俺は出発までの間、密かに仲間や部下に、ラナの動向を探らせた。あの女は、いつも汚れ仕事をさせている侍従と護衛を、当然の様に旅の供に加え、しかも如何わしい薬を手に入れていた。それも全て、証拠を押さえた。


 そうして始まったマリタ王国への道行は想像以上に過酷だった。主にラナの傲慢さと我儘が炸裂したせいである。我が隊の優秀な部下達とラナ・コルツ一行は、出立後、数分で仲違いをしてお互いの存在を無視し合う様になった。ラナに戦闘を禁じた後は、部下達が命を懸けて戦う横で、奴らは護衛に守られ、優雅に観戦を楽しんでいる。そもそも護衛任務に就く者が、護衛に守られてどうする。輿入れの様に華やかな行列に、部下達は冷ややかな目を向けていた。


 そんなギスギスした雰囲気が漂う中、出立してから数日経ったある日、俺の部下の一人が慌てた様に俺の元に駆けつけてきた。


「ロルフ殿下!申し訳ありませんっ!陛下より賜った魔物避けの香の試用を失念しておりましたっ!」


「魔物避けの香…。ああ、そうだったな」


 部下が持ってきた黒い塊を見て、俺は余計な事を思い出しやがってと、心の中で毒づいた。レルート領での討伐では頑として使用を拒否したが、今回の護衛任務では、兄より必ず試す様、命じられていた。どうせ紛い物なのに、わざわざ無駄な事をしなくてはならないとは。


「陛下の命だからな、仕方ない…。何だったかな、用途が色々とあったはずだ」


「はっ、通常時用、睡眠時用、食事時用です」


 部下は生真面目に答える。俺も胡散臭い思いに蓋をして、生真面目に返した。


「では、今は通常時用を使用せよ」


「了解しましたっ!」


 部下が香を炊き始める。思いがけず、爽やかな優しい香りが広がった。


「ふぅん、香りはまあまあだな。…だが、この香りで逆に魔物の注意を惹くかもしれない。全員、気を引き締めて行軍せよ」


 なんとも胡散臭い代物だからな。効果がないぐらいなら問題はないが、逆に魔物を刺激するかもしれない。用心に越した事はないだろう。


「はっ」


 俺の命を受け、部下達が兵に伝達する。兵達に緊張感が漂った。


 それから数時間後、俺の予想は大きく外れる結果となった。


「おい、魔物の襲撃が止んでいないか…?」


「見ろ、街道にいた魔物が、森の中に逃げ帰ったぞ?」


 明らかに魔物の数が減り、行軍のスピードが上がる。魔物が香の匂いに怯えた様に逃げる様も数多く目撃され、隊の中に騒めきと戸惑いが広がっていく。

 時折現れる高レベルの魔物の動きにも、混乱と鈍さが見られ、明らかにいつもより討伐がしやすい。ここ数ヶ月で一番、楽な討伐だと感じた。


 日が暮れて、夜営の準備に入る。香は食事時用。香りは弱まっているが、効能はそのままの様だ。絶える事がない魔物の襲撃に対応する為、交代で慌ただしく食事を掻き込んでいた兵達の間に、食事や会話を楽しむ余裕が出来ていた。

 

 そして兵達が眠りにつく頃、使用したのは睡眠時用の香だ。いつもの様に見張りを立て、短い休息をとる。夜間は魔物の動きも活発になるのだ。熟睡など望めず、僅かに休んだと思ったらすぐに起こされる。しかし、この夜は違った。俺は毛布を被り、目を瞑り…。そうして、部下に揺り起こされた。


「殿下、朝食の準備が整っております」


「はっ?!」


 俺は飛び起きた。辺りはすっかり明るくなっていた。


「な、何だと?朝食?」


 部下は嬉しそうに、興奮を抑えきれぬ様子で頷いた。


「はいっ、朝です、殿下。あの香は凄いですっ!こんなに静かな夜は初めてです。勿論、見張りはキチンと仕事をしておりましたが、魔物の襲撃は、全くありませんでした!」


 夜営用の簡素なテントを出ると、兵達の軽やかな笑い声が広がっていた。ゆっくりと休み、英気を養った兵達の顔は、イキイキと輝いている。皆口々に、香の効力を誉めそやしていた。


『魔物討伐において、少しでも良い成果を、良い眠りを、楽しい食事をと願って作られた様ですよ』


 サイードの言葉が、脳裏を過ぎる。兵達の無事を願う為に作られた魔物避けの香。御伽噺の中の創造物ではなく、本当に、実在したのだ。


 俺の中に、焦りとも後悔ともいえる気持ちが湧き上がる。

 まさか。まさか。


「殿下、どうぞ!」


 部下が差し出した朝食を受け取り、俺は目を見張った。いつもの堅いパンではなく、見慣れぬ白い丸いものが皿にのっている。


「な、なんだこれは?」


「殿下はまだ召し上がった事はございませんか?最近、マリタ王国より伝わった新しい食材なんですよ?」


 その言葉に、またサイードの言葉が頭を過ぎった。


「ザロス…」


「あ、ご存知だったんですね?凄いんですよ、あの不味い鳥の餌なんて言われてたザロスが!召し上がってみてください!」


 部下に勧められて、俺はザロスを行儀悪く手で掴んだ。柔らかく、力を込めたら崩れそうなそれを、慎重に口に運ぶ。

 口の中で柔らかく解け、適度な塩味が広がる。バリバリと堅くもなく、ドロドロに溶けてもいないザロスは、仄かな甘みを持って旨かった。それ自体に殆ど味はないが、肉や魚と合わせて食べると美味そうだ。


「妻がザロスの調理にハマってまして。このザロスを握り固めたものに、ショーユという調味料を塗って焼くと、メチャクチャ美味いんです!いくらでも食えます!それに、肉を乗せて食うと、もうっ!」


 部下はキラキラした目で、ザロスを語る。彼も妻から調理法を習い、今回の任務で、初めて調理してみたそうだ。


「その辺に生えていますからね、ザロスは。繁殖力も強く、栄養価も高い。災害や飢饉の時の非常食としても有用です。貧困層への炊き出しでも、最近使われているそうですよ」


 肉屋で出た廃棄する骨を煮た汁でザロスを煮て、クズ野菜を入れ、塩で味を整えれば、病人にも優しく、消化の良い、美味い料理になるらしい。廃棄する骨や野菜屑で出来るため、炊き出しの費用も抑えられ、飢えるものが減ったのだとか。


「これもマリタ王国から伝えられた調理法らしいんです。元は病人のために作られた『ゾースイ』という料理だそうですよ」


 これが、マリタ王国の食糧難を解消したザロス。ただの非常食ではなく、立派な食材で、しかも美味い。マリタ王国では、この食材を多用し、ドンモノなどの多種多様な料理が出来ているのだとか。


 俺はザロスを食べながら、ますます焦りが強くなるのを感じた。ザロスも本物だった。では、まさか、再生魔法も?


 その答えは、その日の昼に兄からの急ぎの伝令魔法で齎された。


『カナンの足が完全回復をしたと、アダムより伝令あり』


 アダム師からの伝令。

 カナンの主治医であり、今回のマリタ王国行きに、最後まで懐疑的だった男だ。カナンの苦労も、努力も、悲しみも、ずっと側で見て、カナンに寄り添ってきた男だ。

 

 これまでもカナンの足を治せると近付いてきた詐欺師達は大勢いた。彼らはあらゆる手を使って、カナンの足が治ったと偽造しようとした。丁寧に回復魔法をかけ、一時的に足の色艶を良くしたり、補助具を使って足が動かせるなどと偽ったり。そんな詐欺師達の企みを、全て粉砕してきたのがアダム師だ。彼はカナンの足の治療に、一切の妥協も手心も加えなかった。完璧な治療以外は、認めなかった。その彼が、完全回復と報告してきたのだ。


 俺の胸に、まさかと言う思いが募る。カナンの足が治ったという朗報が、何よりも嬉しい。だが、俺は今、己の隊の中に、毒虫を潜ませているのだ。マリタ王国を蝕む、偽聖女と相打ちさせるべく仕込んだ、最悪の毒虫を。

 もしも聖女の功績が真実なら、俺はカナンの足を治したマリタ王国と聖女に、恩を仇で返そうとしている事になる。


 マリタ王国に着き、王都に入ると、民達の歓迎の声が聞こえた。王の膝元である王都が、これほど明るく、活気に満ちている。それは命の危機や生活が脅かされている国特有の、諦めを含んだ享楽的な雰囲気とは全く違っていた。民達の表情や整然とした営みから、安定した暮らし振りが伝わってくる。とても、度重なる魔物の襲撃で揺らいでいる国には思えなかった。

 

 馬から降り立つ俺に、カナンが、誇らしげな笑みを湛えて、()()()()()()()


「叔父上!」


 カナンの歓喜に溢れた声。しっかりと地面を踏み締め駆ける姿。カナンの護衛や、アダム師の、晴れ晴れとした誇らしげな笑顔。


 俺に飛びついてきたカナンを抱き止め、笑顔を向ける。

 奇跡を、目の当たりにした。本当に、カナンの足が治った!嬉しいのに、心の底からの喜びで叫びたいのに、毒虫の事が頭を離れずにいる。


 マリタ王国のグレイソン陛下の、温かく柔らかな表情。国の危機に正気を失った様子は微塵もなく、力強さは健在だった。


 視線の先に、赤い髪の堂々たる体躯の男と、それに寄り添う、小さな少女が見えた。

 少女と視線が絡んで、柄にもなく緊張した。この奇跡をもたらした聖女は、小さく、弱々しい、善良そうなどこにでもいる普通の少女に見えた。

 言葉を交わせば、幼さの割にはしっかりとした受け答えで、好感が持てた。ジンクレットから全身で威嚇され、もしや俺の企みが露呈しているのかとヒヤリとしたが、聖女の婚約者候補に嫉妬しているだけだと分かり、ほっと胸を撫で下ろす。


 俺は背中に流れる冷たい汗に気付かれないよう、必死だった。こんなにも友好的に迎えてくれた彼らに、俺の企みを知られる前に、何とか毒虫を排除出来ないかと、笑顔の奥でそればかりを考えていた。




 






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ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] これはもう責任取って、ロルフ殿下がラナを嫁にするしかないのでは 中身はどうあれ立派な貴族だし
[一言] 奇跡を起こせると噂の怪しい宗教の女教主をめとれと言われたら そりゃ反発しますわな ロルフが悪くない、とは言えないけど同情しちゃいますわ
[一言] 読んだ感じ、「欠損治癒出来ると言ってくるヤツ」=「信用ゼロの詐欺師確定」「除去するべき害悪」っていう絶対式が殿下の中で出来上がってしまってるように見えました。 どんな事実を周りが絶賛したと…
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