4 お約束の展開
次の日から、わたしとキリの快適な狩りライフが始まった。
キリはバングルとアンクレットの身体強化を試しつつ、ほのおの剣で魔物を狩りまくっていた。100倍ぐらい強くなったとは本人談。
通信具も快調。スマホの電波と違って魔力は広がりやすいからね。キリと連携取りながら、山ぐらいある魔物倒した時は快感だった。倒れる時、ちゅどーんって鳴ったよ。アニメか。魔石もでっかくて、わたしの胴体ぐらいあった。キリ曰く、売りに出したら良い値がつくって。こちらの世界の貨幣価値がよく分かってないわたしには、常識人のキリがいてくれて助かります。10歳まで過ごした村は、物々交換が多かったし、聖女になってからはお金に触れてないしなぁ。
キリのバングルとアンクレットは、重ねて使うとヤバいぐらい強いが、その分反動がくる。すごーく疲れるみたい。わたしが回復魔法をかけても良いけど、ドーピングみたいであまり身体によく無さそうなので、通常は一つだけ稼働させ、もしもの時に二つ使うことになった。キリの判断で使っていいよって言ったけど、使った後は回復が必要になるのでわたしの許可を貰うってさ。律儀だなぁ。
ほのおの剣とキリの相性は抜群で、剣を使っている時のキリはちょっと目が逝ってて怖い。魔石自体に魔力を貯められるようになっていて、普段使わない余剰魔力を魔石に貯めるようにすると、戦闘時の魔力負担はほぼなし。剣技と同時に火魔法をぶっ放すことも可能であり、キリの身体を中心に炎が渦巻いて剣を伝って魔物を両断する姿は惚れ惚れする。キリが男だったら間違いなく惚れてた。目をハートにして、ウチワ持って「キリちゃーん!」って応援したくなった。それぐらい格好いい。
そうしてわたしたちはグラスの森を進んだ。視界に入る魔物を、キリは剣で、わたしは魔法で全て狩っているのに全然減らないのは、やっぱり魔物自体が増えているのかな。グラス森の洞窟、今ならわたしとキリで攻略できそうだなぁ。大変だし、そんな義理はないからしないけどね。
魔物を狩りまくっていたせいか、キリのレベルが爆上がりだった。ロープレの初期みたいに物凄い早さで強くなってる。多分、グラス森討伐隊一の実力者のグリード副隊長を超えてる。わぉ、最強の侍女兼護衛だね。
そうしてようやく!隊を追い出されて45日目に、わたし達はグラス森を抜け、マリタ王国にたどり着くことができた。この世界の暦の数え方で言えば一季節の半分だね。
距離的にはもっと早く着けたはずだけど、途中で狩りが楽しくなって遠回りしたのはわたしだけのせいじゃない。キリだって新技を試したいって同意したもの。グラス森、大きな魔物がいて楽しかったんだよね。お陰でわたしの収納魔法も魔物で一杯。まだまだ入るけどね。
国境を越え、しばらく歩くと街道に出た。ここをまっすぐ進めばマリタ王国の端っこの街、エール街があるはず。グラス森から出たことないくせになんで隣国の街のことを知っているのかと言われれば、聖女時代の楽しみが、夜寝る前に周辺国の地図や数少ない本を読むことだったから。
他に娯楽のない前線で、わたしの楽しみは地図を見てダイド王国やマリタ王国の他の街はどんな感じなのか想像することだけだった。他の本からこの街の特産はワインとかの知識を仕入れてた。今思うと、夜な夜な地図を見てニヤニヤするって相当痛い子だけど、今役に立っているからいいもんね。
キリにこの話をしたら、ギュって抱きしめられて、マリタ王国ではたくさん楽しい事しましょうねって慰められた。イケメンか。キリの男前度が上がりすぎてやばい。
そんな話をしながら街道をのんびり歩いていると、前方に第一街人発見。あの飾り気のない簡素な馬車は、商人の馬車ですね。そしてお約束のように襲われてます。もしかしてファンタジー小説のテンプレでしょうか。
商人の馬車には護衛がちゃんといるようだが、やや押され気味。狼型の魔物が沢山。あの狼、仲間を呼ぶんだよね。強くないけど数が多いから護衛の人も苦労してるみたい。
「シーナ様、行ってもよろしいでしょうか?」
キリはすっかり臨戦体制。グラス森では毎日っていうか毎分ぐらいの勢いで魔物狩りをしてたけど、街道に出たら、魔物の香の効果もあって、ぱったり魔物が減ったので身体が鈍りそうだと嘆いていたからなぁ。嬉しそうにしないで。怖いから。
「一応声かけて、助けがいるか聞いてみようか。護衛の人の仕事を奪うのは申し訳ないしね」
隊を追い出された初日、キリの侍女と護衛の仕事を二つも奪ったわたしは反省の出来る子なのです。きちんと確認しようね。
「承知」
キリは言うなり、走り出した。あら。バングルの魔力が既に展開してますよ、キリさんや。ちゃんと確認とってねー。
馬車に辿り着いたキリから「助力を求められました」と短い通信がイヤーカフに入る。うん、わたしが辿り着く頃には終わってるな、あれ。遠目にキリがバッタバッタと狼を切り倒してるのが見え、わたしはそのままのスピードで馬車に向かって歩いた。
予想通り、馬車に着く頃には、戦闘は終わっていた。キリは一応自重していて、ほのおの剣の魔力は展開せず、力技だけで倒した模様。まあバングルの魔力展開をして身体強化してたから、今のキリにはあの程度の魔物は楽勝だろう。護衛さん達も、疲れた様子ではあるけれど、怪我人はいないようだ、よかった。
わたしが馬車に近づくと、キリが側に寄ってきて膝をついて頭を下げる。いやいや、そういうのやめようってグラス森で散々言ったのに、全然聞かないよね、キリ。敬語もやめてって言ってるのに、もー。
キリの態度に自然とわたしがキリの主人と悟ったようで、護衛さんの偉い人が、声をかけてきた。髭面の背の高い男の人で、名前をジンさんと言うらしい。赤髪で赤い髭が顔中を覆っていて、ライオンみたい。でもキラキラしてる青い目はその風貌にそぐわず優しい色だった。
「いや、助かった。シルバーウルフの奴らに囲まれて、大変だったんだ。あいつら、強くないのにどんどん仲間呼ぶからやばかった。こちらは君の従者?凄い強さだな!」
ジンさんは手放しで感謝してくれた。女が余計なことしやがってなんて言わない、いい人だ。多かったんだよね、グラス森の討伐隊の兵士たち。ちょっと戦闘でキリが活躍すると、女のくせに生意気とかグチグチ言う奴らが。強さに男も女もないと思うけど。強いか弱いかだよね。
「キリを褒めてくれてありがとう。自慢の侍女なんです。わたしはシーナです」
いい人にはキチンとご挨拶。社会人の基本ですね。
「これはご丁寧にありがとう。さっきも名乗ったが、俺はジン。こっちは仲間のバリーだ。俺たち2人と、別の冒険者グループがこの馬車の護衛をしているんだ。シーナちゃん達は2人で旅をしているのか?」
シーナちゃんって、わたしのことを幾つだと思っているんだろう。一応成人しているんだけどな。
キリが言うには、わたしは標準より小さくて幼く見えるらしい。外見、12、3歳ぐらい。うーん。グラス森討伐時代、あんまり栄養のあるもの食べてなかったからな。討伐した魔物は黒こげだったり氷漬けだったりで、食べられる状態のものはあんまりなかったし、あっても兵士たちや魔術師たち優先だったからな。わたし、5年間、1日1食か2食で、芋と薄い野菜スープしか食べてない。成長期の子どもに食べさせるものじゃないよね。わたしの胸が発展途上なのはそのせいだわ。
「はい。わたしとキリの2人で旅をしています。ご覧の通りキリはとても強いので」
シルバーウルフ…、さっきの狼、銀狼っていうのね。あれを一太刀で5匹ぐらい切ってたもんね。ほのおの剣は使わなかったけど、キリさんや、その辺は全く自重できてないよ。
「それでも、2人の旅は危ない。ここはグラス森も近いからな。無理にとは言わないが、エール街に行くなら俺たちと一緒に行かないか?」
ジンさんが優しくそう言ってくれた。うん、言い方もだけど目がとても優しい。きっとわたし達のこと、とても心配してくれているのだろう。そのグラス森で魔物狩りまくってましたとはとても言えない。キリも気まずげに目を逸らしているよ。
わたしはジンさんを観察した。顔は髭面だが、質素でもきちんと清潔な身なりをしている。バリーさんも同じ様にこざっぱりしている。もう1組の冒険者さん達は若いけど、ジンさん達を尊敬しているのが態度で分かる。キラキラした目で見てるもん。雇い主の商人さんもニコニコしたおじいちゃん。危ないから馬車に乗って行きなさい、ほら、果物食べるかって差し出してるよ。孫じゃないよ、おじいちゃん。
「はい、じゃあお願いします」
わたしは笑顔で答えた。シーナだけの判断じゃなくて、椎奈として見ても、この人たちは信頼できる。鑑定魔法さんも、沈黙しているしね。
そういえば鑑定魔法さんは人柄を見分けるのには使えない。強さは分かるのに不思議。良い人か悪い人か鑑定しようとしたら、人を見る目は自分で磨きなさいと言われたよ。でも危ない時は言うわよって、お母さんかよ、どういう仕組みなの、鑑定魔法。
キリはわたしの判断には逆らわない。でも表情を見る限りは、納得してるみたい。2人っきりの旅も楽しいけど、大勢の旅もしてみたいもんね。
「そうか、よかった。歓迎するよ、シーナちゃん、キリさん」
ジンさんがニッコリ笑った。夏の空みたいな、気持ちいい笑顔だった。