36 犯人はあなたですね(一回やってみたかった)
「アラン殿下。ラミスさんじゃないよ、犯人」
わたしがそう言うと、部屋の中がシンと静まった。
「うん?シーナ殿、違うのか?」
アラン殿下がキョトンとしている。いつもの調子に戻った。王族モードのアラン殿下はちょっと怖いのでホッとしました。
「しかしラミスは君の護衛を途中で辞めている。その直後に襲われるとは偶然とは思えない」
「偶然じゃないよ多分。ラミスさんが護衛を辞めたのを知ったから、あの偽騎士たちは襲いにきたんだよ」
「だからラミスが情報を流したんじゃないのか?それにラミスは始終、君を侮った態度をとっていたんだろう?」
「それは単にラミスさんの性格が悪いだけだよ。自分より下だと思った相手はトコトン見下さないと気がすまない残念な人なんだよ」
わたしの言葉に、アラン殿下が頬を引き攣らせる。
「なかなか辛辣だな、シーナ殿」
「本当のことを言ってるだけだよ。でもどんなに救いようのないひどい性格で皆に嫌われてるのに気づきもしないで、自分は特別だとか思ってるイタイ人でも、冤罪はダメだよ」
わたしの言葉に周りの人達は我慢をしていたけど、段々と堪えきれなくなったのか、クスクスと笑い出した。大分思い当たることがあるらしい。チラチラとラミスさんを見てはクスクス。ラミスさんの顔が今度は真っ赤になる。よく色が変わるなー。
「なっ、わ、私のどこがイタイ人なのよ」
「なんでわたしがこんな事しなくちゃなんないのよって、ブツブツ言ってましたよね。経験上、そういうタイプって自分が才能あるとか自惚れてる人多いんですよ。自分は選ばれた人間とか、こんな所にいる器じゃないとか、周りは自分を理解しないとか思ってるんです」
経験上って前世だけどな。前の職場の元上司がそんな人で、自分に相応しい仕事をするって黙って勝手に退職しやがった。その後、残された人間でヤツの仕事を引き継いだんだけど、最悪だったよ。
俺に任せておけって引き受けてた仕事はやってないorやってても意味わからん仕上りだったし。ヤツの汚ったない机から書類を探し、よく分からんフォルダ分けをされたぐちゃぐちゃのパソコンからデータを探し、意味不明の書類の解読して、全ての書類を課内の全員に割り振って仕事をこなしたりと大変だった。
ちなみに元上司はその後、転職したはいいけど横領まがいの事をやらかして逆ギレして上司を殴ってクビになり、ムシャクシャして援交して捕まり、奥さんに離婚され子どもに見放され家を無くして公園生活デビューを飾ったと知り合いの知り合いから聞いた。ドラマのような転落人生だな。
「んなっ、し、失礼な!私は学園を優秀な成績で卒業し、望まれて諜報部に入ったのよ!私のどこが自惚れているっていうのよ!」
「お勉強が出来るからって仕事が出来るとは限らないでしょ」
わたしはこれみよがしに溜息をついてやった。
「アラン殿下。わたし、がっかり」
「え?ど、どうした?シーナ殿?」
「だってさ、国の諜報部だよ?国同士の情報戦とかが専門の部署だよね?わたし、ちょっと期待してたんだよ?陛下から護衛は諜報部の人って聞いて、凄い人と会えると思ってたんだよ。それが、蓋を開けてみたら、ただ人を見下すのが好きな性格が悪いだけのラミスさんが護衛だったんだよ」
わたしの諜報部に対する(勝手な)憧れを返して欲しい。
これまた前世の知識のせいだけど、わたしの中で諜報部っていったらスパイ映画なんだよ。華麗な頭脳戦と派手なアクションなんだよ。ニヒルでダンディなおじ様スパイか、ボンキュッボンのスマートな美女スパイに会えるって、思ってたんだよっ!
「護衛をするのに対象の下調べもしていない。勝手な思い込みで見下し、仕事なのに手を抜く。その上、わたしの誘導でまんまと護衛の仕事を放棄しちゃう。5年もハニートラップで搾取されてたアホのわたしにすら操られる諜報部員って…。残念を通り越してマリタ王国って大丈夫かなぁって心配になったよ」
わたしの未熟な精神面のサポートのための護衛じゃなかったのか。マジでいらんかったぞ、この人。
ラミスさんは怒りで顔を真っ赤にして、口をパクパクさせていた。あまりの侮辱に声が出ないのかな。本当のことなのに。
「そ、それは…」
アラン殿下の顔が更に引き攣る。うん、辛辣だよね。でも、危機感持とうよ。諜報部がこんなんじゃ、ヤバイよ。
「ラミスさんも犯人に利用されたんだよ。そんな犯罪に手を出せるほど頭良くないよ、この人。まんまと煽てられて、情報抜かれたんだよ」
「どうしてそんなにハッキリ言い切れるんだ?」
アラン殿下が不思議顔。あれ?
「言ってなかったっけ?わたし、鑑定魔法使えるから」
「聞いてないな!?」
アラン殿下が小さく叫んだ。いや、そんなに驚かなくても。
「え?そんなに驚く?他にも鑑定魔法持ちの人っているよね?」
ほら、バリーさんとかさ。
何で知ってるかというと、バリーさんに初めて会った時、鑑定魔法さんが「あら珍しい、鑑定魔法持ちだわ」って驚いてたから。お前が言うなって言いたくなったよ。
「いるにはいるが、鑑定魔法は遣い手が少なく、かなり希少なんだ…」
そーなんだ。
そういえばまだバリーさんに鑑定魔法さんのこと聞いたことがなかった。是非聞きたいよ、バリーさんの鑑定魔法さんもオカンっぽくってフレンドリーなのか。
「なるほど。シーナ殿は鑑定魔法でラミスが犯人じゃないと分かった訳か」
そうそう。鑑定魔法さんはあの偽騎士達に会った時はそりゃあもう盛大にピコーンピコーンと警告音を出していたのだ。でもラミスさんには沈黙してた。「いけ好かない子ね!」って、怒ってはいたけど。
「それでシーナ殿。この中にあの偽騎士どもに情報を流していた者はいるのか?」
アラン殿下がジロリと全員を見回す。
「いるよー」
わたしはアラン殿下に倣って、全員を見回す。
鑑定魔法さんが、犯人を教えてくれる。
わざわざ「こいつよ!」と下向きの矢印で教えてくれたよ。この矢印、みんなには見えないんだよね?めっちゃ分かりやすいんですけど。
「あの人だよ」
指し示したその先には、モジャモジャの黒髪と糸目の、痩ギスな男性が立っていた。
◇◇◇
「ピート…?」
モジャモジャ髪の男は、驚いたように身体をびくりと揺らした。糸目が丸く見開いている。
「わ、私は何も!」
ラミスさんが慌てるモジャモジャ髪の男を呆けたように見つめる。しかしすぐに、激しく首を振った。
「まさかっ!違うわっ!ピートがそんな事するはず無いじゃない!大体あの田舎娘が言ったことは全部デタラメじゃない!わたしのこと無能扱いして!」
「ラミス!!シーナ様に失礼な事を言うな!シーナ様はお前を犯人ではないと言ってくださっているのに!」
それまで死にそうな顔で黙っていたガードック子爵が、ギョッとしたようにラミスに向かって叫ぶ。
「はぁ…。今の状況も分かってないの…?ガードック子爵の言う通りだよ。それに、無能は本当のことじゃない。さっきのことで何か反論出来るの?それにわたしが言ったことが全部デタラメなら、ラミスさんが犯人ってことになるけどいいの?」
グッと詰まるラミスさん。
「で、でもピートは違うわ。彼は私の後輩よ!一緒に仕事をしてきたから分かるわ!そんな事する人じゃない!も、勿論私もやってないわよ!」
「そっかぁ。でもその、ピートさん?って人が偽騎士達に情報を流したことは間違い無いよ?」
鑑定魔法さんが矢印のそばに罪状を書いている。機密情報漏洩、人身売買、強盗、などなど。沢山あり過ぎて読むのも大変。オールスターだな。
「そ、そんなの証拠は何も無いじゃ無い!」
「シーナ殿は鑑定魔法持ちだと言っているだろう」
アラン殿下が呆れたように言う。
「そんなの、その田舎娘の虚偽に違いないわ!なんでそんな田舎娘の言うことを信じるんですか、アラン殿下!」
「お前なんぞの言い分よりシーナ殿を信じるに決まっているだろう」
アラン殿下は氷点下の声で告げる。
「お前なんぞを庇っているシーナ殿への暴言、また、軽々しく王族に話しかける不敬。それだけで捕らえるに足る理由だ」
「っは?ですが、私は、ジンクレット殿下の妃に相応しい程優秀な人間ですよ?そんな私の言葉より、どうしてその田舎娘が…!」
ラミスさんが凄いこと言い出した。えー?この人ジンさんの恋人なの?ジンさんって趣味悪…、いや、変わった趣味だなぁ。
「はぁ?お前がジンクレットに相応しいだと?どういう事だ、ガードック!よもやお前、この娘をジンクレットの妃になどと考えているのか?!」
ギリっとアラン殿下がガードック子爵を睨み付ける。激おこですよ、アラン殿下。さすがブラコン。さっきのが可愛く感じるような怒りっぷりです。
「と、とんでもないことでございます!ラミスに王子妃が務まるなどと、夢にも思っておりません!申し訳ありませんっ!末娘故に甘やかし、自尊心だけは高いどうしようもない娘に育ててしまったのは、私の責でございます!このバカ娘は修道院に送り、終生出さぬと誓います!それに免じて、どうか、どうか命ばかりはお助け下さい…!」
「お父様!私が女だからといってまたそのような!私は兄様より優秀です!ただ女だからと差別するのはやめて下さい」
わぁ、噛み合ってなーい。ラミスさんって、ここまでくると凄いよね。何でこんなに人の話を聞かないんだろう。
それでもちょっと心配になって、私はアラン殿下に小声で聞いてみた。
「ま、万が一って言うこともあるし、ジンさんに聞いてみる?ラミスさんってジンさんの恋人?って」
万が一ジンさんがこの人と将来結婚したら、絶対縁を切ろう、うん。
「シーナ殿。絶対にジンクレットには聞かないでくれ。君と離れてただでさえ情緒不安定になっているだろうに、そんな事を聞かれたら任務など放り出して帰ってきてしまう。外交問題になるから、確認はせめてあいつが帰ってきてからにしよう」
アラン殿下に小声で必死に説得され、わたしは今すぐジンさんに伝令魔法を送りたい気持ちを抑えた。確かに大事なお仕事中だから、余計な心配はさせない方がいいよね。
「分かった。じゃあ帰ってきたら聞いてみよう。でもわたし、ジンさんの奥さんはお友だちになれそうなタイプがいいなぁ」
ジンさん、甘えん坊だから年上の頼りになるタイプがいいんじゃないかなぁ。
「シーナ殿。それもジンクレットには言わないでやってくれ。哀れだ…」
アラン殿下が深いため息をついた。なんで?
いかん、ラミスさんの凄さに圧倒され、犯人のこと忘れてた。
さっさと捕まえて帰ろうよ。眠いんだよー。





