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間話 キリの視点

 焚き木に照らされたシーナ様の寝顔は、成人を迎えたとは思えないほど幼い。せいぜい10を超えたばかりの子どもの顔だ。痩けた頬、痩せ細った腕や脚、肋の浮いた胸、寝不足と過労で顔色は常に悪い。しかし聖魔法による回復を自身に常時発動しているせいか、動きはキビキビしている為、一見少し痩せ気味ではあるが、元気な少女に見える。グラス森討伐隊では、誰よりも兵士達の為に身を粉にして働いていた。レクター殿下やグリード副隊長相手に、下級兵士達の待遇改善も求めていた。

 

 そんなお優しく気高いシーナ様が、侯爵令嬢を殺害しようとするはずがない。第三王子以下兵士どもは、シーナ様のこれまでの5年間を見て、どうしてそんなことを企てたなどと邪推したのだろうか。


 シーナ様と初めて会ったのは4年前。多少腕に覚えはあったが、混血の見た目のせいで働く場所などなかった私が、このグラス森の討伐隊に傭兵として参加した時だった。


 討伐隊に参加する女性自体少なく、私は必然的にシーナ様の護衛兼侍女の役割を担った。その頃のシーナ様は11歳。今よりも細く小さく、僅かばかり大人の手が必要な年頃だった。


 シーナ様はその頃から聖女として、規格外の魔力を持っていた。その魔力を活かして、毎日休みなく戦場を駆け巡り働いていた。文字通り、休みなく。聞けば聖女に選ばれて1年間、1日たりとも休みがないという。グラス森の魔物は休みなく溢れ出てくる。討伐は1日も休めない。聖女に代わりの人材はなく、休みがないのは仕方がないと力なく笑うシーナ様を見て、私は怒りを覚えた。


 確かに聖女ほど回復魔法に長けた人材はいない。しかし、魔術師の中には回復魔法が使える者もいる。その者たちが聖女の代わりに回復役を務めれば、シーナ様も休みを取れるではないか。このような大規模な隊において、回復を担うのがたった1人などと、そんな馬鹿な話は聞いた事がなかった。


 そう何度も討伐隊の隊長であり、シーナ様の婚約者であるレクター殿下に奏上したが、却下された。レクター殿下と、グリード副隊長の言い分では、シーナ様に回復役を任せ、魔術師達は攻撃に専念する。そうしなければいつまでもグラス森討伐は終わらないと。


 しかもシーナ様はレクター殿下の婚約者。いずれ王族に連なる者なのでその生活費などは国費で賄われている。そのため、討伐に対する褒賞も給金もないと。


 これを聞いた時、私は耳を疑った。まだ成人もしていない少女を、1日も休みを与えず、給金も払わず酷使しているのだ。聖女など、体のいい奴隷ではないか。


 シーナ様はその頃は今よりも大人しく従順な性格で、レクター殿下とダナン副隊長の言いなりだった。まだ11の子どもなのだ。己の環境が異常だということにも気付いてないようだった。


 私は出来るだけシーナ様の側にいた。ガリガリに痩せ、大人達にいいように使われるシーナ様に同情していたのもある。シーナ様は素直に私を慕ってくれて、レクター殿下の婚約者という立場でも、混血の私を差別することなく、一人の人間として扱ってくれた。他の兵士に侮辱的な言葉を投げつけられた時、諫めてくれたのもシーナ様だった。

 

 私は仕事を抜きにしても、シーナ様をお助けしたいと思った。自身も過酷な境遇にも関わらず、他者を思いやれるシーナ様を、優しい子だと思った。私がヘマをして死にかけた時、シーナ様のお力で命を助けられてからはその思いは崇拝に変化した。

 シーナ様はその心根も能力も、間違いなく聖女。歴代の聖女の中でも、最も優秀な聖女だろう。


 そんなシーナ様と過ごしているうちに、いつしか5年が経っていた。シーナ様が成人を迎えられ、そろそろ正式にレクター殿下と婚姻をという話がで始めた頃、あの女が現れたのだ。


 シンディア・ルルック侯爵令嬢。レクター殿下の幼馴染で、シーナ様が聖女として認められる前までは、一番レクター殿下の妃候補に近かった人らしい。


 いきなり聖女の力に目覚めたと言ってグラス森にやって来て、勝手に兵達を癒し始めた。私から見て癒しの力はシーナ様と比べるまでもないと感じたが、単細胞な兵達は侯爵令嬢という高貴な女性の手ずからの癒しに感激して、それに気付いてないようだった。

 後からこっそりシーナ様が回復魔法を重ね掛けしていたのも良くなかった。シーナ様は戦場で兵達が万全の状態で戦えなかったら命に関わると心配して行っていたのだが、兵達にしてみれば、同じように回復するなら平民のシーナ様の癒しより、侯爵令嬢の癒しを有り難がる。いつしかそれは事実を捻じ曲げられ、シーナ様の癒しの力が弱くなったという虚言まで囁かれるようになってしまった。


 レクター殿下も幼馴染みの侯爵令嬢を厚遇し始めた。副隊長もそれに追従する。散々シーナ様を酷使しといて、美しい幼馴染みがやって来たら掌を返す。いや、本当は始めから、シーナ様を妃にするつもりなどなかったのかもしれない。ダイド王国は身分関係に厳しい国だ。平民を妃に迎えるだなんて、あるのだろうか。シーナ様を便利に使い潰す為に、未来の王太子妃の名目を与えたのではないか。この予想が合っているなら、この国は芯から腐っている。


 あの茶番の様な殺害未遂事件が起き、シーナ様は隊から追放されてしまったが、落ち込んでいるかと思いきや、人が変わったようにイキイキし始めた。少しはあのバカ殿下に想いを残しておられるのではと心配したが、悲しむ様子もない。よく分からないが、黒歴史とかおっしゃっていた。あの事件の前までは従順だった少女が、事件を機に強かな大人の女性になられたようだ。

 

 そして数々の奇跡を起こし始めた。お一人で魔物の討伐を成し遂げたと思ったら血抜きや毛皮の処理を魔法で全部行い、収納魔法を使って獲物を仕舞い込んだり、魔力、体力ブーストのかかる防具や魔力剣を作り上げ、誰も聞いたことのないような通信具を作り出した。ハッキリ言って規格外すぎる。


 シーナ様が言うには婚約破棄のショックでシーナ様の生まれる前の生を思い出し、その生ではシーナ様はアオキ・シーナという女性として25歳まで生きていたと。その時の記憶を元に通信具を作ったというが、シーナ様の言葉でなければ信じられない話だ。


 しかし、シーナ様は嘘をおつきにならない。シーナ様が真実だと言えば、それがどれほど荒唐無稽な話であっても、私にとって真実だ。


 私はシーナ様の侍女兼護衛。シーナ様への忠誠以外は何も必要ない。シーナ様のために生き、シーナ様のためにいつか死ぬ。それさえ心に決めていれば、あとは些末なことだ。


 シーナ様はこれから隣国マリタ王国を目指す。そこで慎ましく普通に生活したいと仰っていた。

 その能力、無自覚に産み出される魔道具は、シーナ様の望み通りの生活を送るには難しいと容易に想像できるが、この少し抜けている至高の主人の望みを叶えるため、私は努力しようと心に決めているのだ。


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― 新着の感想 ―
「この少し抜けている至高の主人に忠誠を捧ぐ」… キリ、あんた良い娘や、良い娘やなあ。
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