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間話 シンディア・ルルック令嬢視点

「シーナ。君には失望した。君とは婚約を解消させてもらう」


 レクター殿下の言葉に、わたくしの胸は高鳴った。

 

「ルルック侯爵家の令嬢である、シンディア嬢殺害未遂の罪状により、国外追放とする。今すぐこのグラス森討伐隊から去れ!私物の持ち出しは認めるが、王国支給品のローブと魔法の杖は返してもらう。これは王国に伝わる聖女の装身具だからな」


 目の前のみすぼらしい平民の娘から、聖女の証であるローブと魔法の杖が奪われた。なんて胸のすく光景かしら。


 ようやくわたくしの人生から、この娘を排除できる。

 5年前に現れ、わたくしからレクター殿下と聖女の称号を奪った薄汚い娘!

 聖魔法しか取り柄のない娘が、護衛もなしにこのグラス森に放り出されればどうなるかなんて火を見るよりも明らか。わたくしの人生の汚点は、グラス森の凶悪な魔物たちが喰らい尽くしてくれるでしょう!

 わたくしは弧をかく口元がバレぬよう、持っていた扇子で隠した。



◇◇◇



 わたくしが生まれたのはダイド王国のルルック侯爵家。ダイド王国一の勢力を誇る高位貴族であり、その一人娘であるわたくしは、この国で最も位の高い淑女だと自負している。


 年頃の近かったダイド王国第3王子の婚約者と目され、わたくしはいずれ一族に尊き王族の血を取り込む誉を受けるはずだった。

 第3王子であるレクター殿下は、見目麗しく穏やかなその性格で、国中の令嬢たちの憧れの的だった。魔力も強く陛下の覚えもめでたく、他の王子を差し置いて、栄えあるグラス森討伐隊の任を命じられるほどだ。


 まだ年端も行かぬうちから、わたくしとレクター殿下は親しく行き来をし、心を通わせてきた。陛下から直々にレクター殿下と添うように仰せをうけ、わたくしたちはほぼ婚約者同士として扱われてきたのだ。


 わたくしは希少な聖魔法の遣い手でもあったので、成人したら正式に聖女の称号を戴き、グラス森討伐隊を辞したレクター殿下と結婚して、ルルック侯爵家を継ぐことになっていた。

 ルルック侯爵家は王家の血を迎え、レクター殿下がグラス森討伐隊の功績として陛下より新たな領地を加えることで、ますます栄華を誇るはずだった。


 それが突然、聖魔法が強いというだけの平民の娘に全て奪われた。

  

 ある日わたくしは、父であるルルック侯爵とともに、陛下より秘密裏に城へ呼び出された。

 謁見の間にはグラス森への出発を控えたレクター殿下もいらして、わたくしは胸が高鳴った。わたくしとレクター殿下の間はあくまで仮の婚約者。出発前に正式な婚約を結ぶのかと思ったのだ。


「シンディア、久しいな」


「ご無沙汰をいたしておりました」


 久々にお会いするレクター殿下は少しお元気がない様子だった。出発を前に緊張なさっているのだろうか。

 お忙しい殿下とは会うことはままならなかったが、毎日のように魔法で手紙を交わしていた。お会いできなくても、御心は交わしていたはずだが、今日の殿下はわたくしをチラリと一度見た後、視線を下さらなかった。


「今日の話はシンディア嬢には辛い話になると思うが、聞いてもらえるか」


 陛下の静かな声に、わたくしの心臓が嫌な音を立てる。

 陛下やレクター殿下、それに父であるルルック侯爵の様子は重苦しい。どう見ても婚約を祝う場ではない。


「…な、なんでこざいましょう?」


 殿下の妃となり、いずれは共にルルック侯爵家を継ぐ身として、厳しい妃教育を受けてきたわたくしが、声が震えるのが止められなかった。


「レクターがこの度、聖女シーナと婚約を結ぶこととなった」


「……!」


 わたくしの耳に、信じられない言葉が告げられる。聖女シーナ?そんな令嬢がいただろうか。

 レクター殿下を見れば、気まずそうに目を逸らされた。


「…わたくしに、な、なにか至らぬことがありましたでしょうか……」


「あぁ、違うのだシンディア嬢。貴女に至らぬことなどあるはずがない!」


 陛下が慌てて否定される。そのお声はいつものように慈愛に満ちていて、わたくしは少しだけ気持ちを落ち着かせた。


「これも全てレクターのためなのだ」


 陛下のお話によると、シーナという規格外の魔力を持つ平民の娘を、グラス森討伐のメンバーに組みこむ為の策だという。


 グラス森討伐には強い回復魔法が不可欠だ。

 件の娘は一人で数人分の回復魔法の遣い手にも匹敵するほどの魔力量を持つが、まだ成人前の10歳という年齢のため、正式にグラス森討伐隊に置くことができない。

 まだ成人していないその娘を討伐隊で働かせることは、この大陸の共通法に背くことになるからだ。国を挙げての事業であるグラス森討伐に、幼い平民の娘を働かせていたと他国に知られたら、ダイド王国が激しい非難に晒されることになる。緘口令を敷いたとしても、兵士の中には卑しい平民もいるので、どこからバレるかも分からない。


「だが、成人に達する前の者でも、重役を課すことができる場合がある。それが、王族の例外規定だ」


「王族の例外規定…」


 陛下のお言葉に、わたくしは妃教育の一環で学んだ共通法を思い出した。確か、国の大事があった時等であれば、成人前の王族やそれに連なる者が旗頭として重役につくことが許されるという規定だったはず…。平民の娘が殿下の婚約者となるのはその為…。

 腹立たしいことだが、その娘を利用するには一番リスクの少ない方法なのだろう。


「本来なら、平民の卑しい娘などが一時的とはいえ、王族に名を連ねるなど嘆かわしいことではあるが、やむをえないことなのだ。娘が成人するまでの5年の間、シンディア嬢には辛い思いをさせるが受け入れてくれぬか」


 つまり、平民の娘が成人すれば、レクター殿下との婚約は破棄させるということだ。成人さえしてしまえばどうとでも働かせることはできるのだ。


「レクターの婚約者とはいっても、討伐隊での扱いは最下級の兵士と変わらぬように扱う。聖女などともてはやして、成人後まで思い上がられても困るからな」


 陛下のお声には忌々しいと言わんばかりで、わたくしは少し安心した。

 しかし仮にも婚約者と目されたわたくしを差し置いて、平民の娘がレクター殿下の婚約者となれば、口さがない者たちがおもしろおかしくわたくしのことを噂するだろう。


「やはり父上。このやり方はあまりにもシンディアには酷です。平民の娘など、隠して連れて行けば済むことではございませんか」


 レクター殿下がわたくしを哀れむようにおっしゃいます。殿下のお心は変わらずわたくしを思ってくださると知り、胸が温かくなった。万が一にも、平民の娘などにお心を移すはずがない。


「ならぬ。お前の経歴には一片の傷もつけられぬ。これは決定事項だ。ルルック侯爵にも、もう了承を得ている。5年の後には必ずお前たちを添わせる。シンディア嬢、レクターの為に5年、耐えてはくれぬか?」


 陛下は強い眼差しでわたくしを見つめておっしゃった。お父様に視線を向けると、力強く頷かれた。

 ルルック侯爵家が王家に否やを言うはずがない。わたくしは陛下に淑女の礼をとった。


「分かりました。陛下のお言葉、お受けいたします」


「シンディア…」


「ご心配なさらないでください、レクター殿下。わたくしとてルルック侯爵家の娘。王家のため、貴方様のために耐えてみせます」


 謁見の間を辞した後、帰りの馬車の中、泣き崩れるわたくしにお父様が静かに話してくださった。

 

 内々にではあるが、陛下は元々病弱だった王太子殿下に見切りをつけ、壮健で優秀な第3王子のレクター殿下を次期国王と定めたのだと。第2王子は身分の低い側妃の子であり、ダイド王国では少数派である革新派に傾倒している為、王位継承権は低い。レクター殿下は強硬な王太子派である有力貴族達を黙らせるため、グラス森討伐で成果を上げる必要があり、今回の苦渋の決断に至ったのだと。

 

 ルルック侯爵家は将来的にはレクター殿下とわたくしの間に出来た2番目以降の子に後を継がせるつもりだと。


 お父様のお話に、わたくしは泣くのも忘れて驚いた。レクター殿下はルルック家を継ぐものと思っていたが、あの方はこの国の王になるのだ。そしてわたくしは王妃に。


 5年後。

 その時。わたくしは18歳になる。婚姻もせず婚約者もいなければ行き遅れと言われる歳だ。

 平民の娘に聖女の位もレクター殿下の婚約者の座も奪われ、周りの者に笑われ、嘲られる。いわば傷物の令嬢。

 

 しかしいずれはレクター殿下の、いいえ、レクター陛下の隣に王妃として立つことができるのだ。それを思えば5年間という時間は、決して長くはない。王妃となるために必要な事を学ぶ時間と思えば、足りないぐらいだ。


 わたくしがレクター殿下の隣に戻るまでの間、力をつけなくては。誰もが平伏し、わたくしを嘲ることができないぐらい。

 

 そしていつか。聖なる力があるというだけで、一時とはいえわたくしの居場所を奪う娘を、その平民の身分に相応しく、叩き潰してやるのだ。




 

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