23 寄せて上げて盛って
女性の身体の表現について、不愉快に感じる方がいるかも知れません。
気になる方は読み飛ばしても本筋には関わりないので、読み飛ばして下さい。
「ご自分の立場がお分かりなのかしら、平民の分際で」
扇子で口元を隠し、嘲るような視線を向けてくる令嬢たち。
はいこちら、イジメの現場からシーナがお伝えします。
大盛況に終わったBBQ慰労会の翌日、一人でホイホイザロス(お米)を採取にきたところを、昨日の令嬢3人組(とその護衛の兵たち)に拉致られた。人目につきにくい雑草地に連れてこられましたよ。ザロス(お米)は生えてなかった、残念。
どうでもいいが、来年からBBQ大会が、正式にカイラット街の公式行事になった。なんでも、大規模な魔物襲撃からカイラット街が一丸となって闘い抜いた記念に、毎年この日を記念日と定め、BBQ大会をするらしい。
最初は「聖女シーナの日」にしたいとカイラット卿に泣きながら懇願されたが断固拒否した。人の名前を勝手に記念日にするな。カイラット街に遊びに行き辛くなるでしょうが。
ジンさんとアラン殿下からも許可が下りなかった。わたしが隣国の元聖女だと知られるのはNGなんだって。まあ、国を救ったのが元罪人って外聞悪いよね。
揉めに揉めて、結局「カイラット街勝利記念日」となった。そして、ただのBBQ大会じゃつまらないから、コンテスト形式はどうですかと提案してみた。自由参加にして、商店や料理上手さんたちに自慢のBBQ料理を作ってもらい、街のみんなの人気投票で審査する。一位には賞金をプレゼント。元の世界じゃよくある村おこし企画だったけど、カイラット卿が画期的な街の名物行事になりそうだと感激してた。
カイラット街は要塞都市のせいか、王都への通過点としかみられず、なかなか遊山客が集まらないのだとか。みんな華やかなエール街やもっと大きな王都に行くんだって。ウチの街も素朴だけど治安比較的いいし、過ごしやすいのにと呑んで愚痴ってたカイラット卿に、ついついアドバイスしてしまった。喜んでたからヨシとしよう、うん。
まあ現実逃避はこのぐらいにして。
ご令嬢方の責めは続いています。
「ちょっと回復魔法が使えるぐらいでいい気にならないで欲しいわ」
「アラン殿下とジンクレット殿下がお優しいからってつけ上がらないでいただきたいわ、平民の分際ではしたない」
「大して可愛くもないくせにー、ジンクレット殿下と親しくなさるなんて生意気ー!」
金髪お色気系令嬢と、銀髪清楚系令嬢と天然ロリ系令嬢に口々に責められます。可哀想なわたし。
令嬢たちの護衛が後ろで怖い顔で腕組み。令嬢方の命令一つで剣も抜きそうです。きゃー、怖ぁーい(棒読み)。
試しに鑑定魔法さんでこっそり令嬢たちと護衛たちの強さを鑑定。ふむ、大して強くはない。それよりお色気系令嬢の鑑定で『偽乳』って出たけど、マジか?寄せて上げるだけじゃなく盛ってるの?わー。ご苦労様です。
キリやジンさんたちに知らせると大事になりそうなので、自分で対処するか。さて、どうしようかな?
「あなたなんて、父に言えばすぐにこの国を追放できますのよ?身の程も弁えずに恥知らずな!」
お色気系(偽乳)令嬢がわたしの肩をドンと突こうとしたので、ヒョイと避けてあげた。お色気系(偽乳)令嬢がバランスを崩し、その場に膝をつく。
「お嬢様!」
「貴様っ!お嬢様になんてことを!」
護衛たちが色めきだち、腰の剣に手をかける。
いや、わたし避けただけじゃん。
その人勝手にこけただけじゃん。カッコ悪。
「それを抜いたら本気でわたしに攻撃をする気だとみなします」
わたしは冷えた声でそう告げる。
忠告を無視して、護衛たちが一斉に剣を抜いた。
「平民のくせに生意気な!聖魔法ぐらいでいい気になりやがって。身の程ってやつを思い知らせてやる!」
この人たち、わたしが魔物討伐にも参加してたこと知らないのかな?まあ、兵士達や戦える冒険者以外はカイラット街内で避難してたからなぁ。噂ぐらいは聞いたかもしれないけど、信じてないのかな?まぁ、見た目子どもだもんね、わたし。
なので、分かってもらうために、護衛たちの横にあった大木に尊い犠牲になってもらうことにした。
無詠唱で風魔法を発動し、大木を切り倒す。
ズズズズドーンと凄い音がして、大木が砂煙を上げて倒れた。
思った以上に大きな木だった。大人の腰ぐらいの太さ。後で乾燥させて薪にして有効活用させてもらおう。
護衛たちが剣を構えたままで目を見開き、呆然としている。
「それを抜いたということは、わたしに本気で攻撃するということですよね?」
静かな声でわたしがそう言うと、大木に釘付けだった護衛たちが、ギギギギギッとこちらに顔を向けた。真っ青だね。
「あなたたち、あの木より堅い自信ある?試してみてもいい?」
にこりと笑って護衛たちに手を翳す。手の平に魔力を漲らせる。別に手をかざさなくても魔法は発動するけど、パフォーマンスです。
護衛たちが剣を取り落とし平伏した。降参ですね。大変良い判断だと思います。
ご令嬢たちは真っ青な顔でガタガタ震えている。怖いよねー。腰から真っ二つって、ホラーだよね。
それより…。あらまあ。
まだへたり込んでるお色気系(偽乳)令嬢の傍にしゃがみこんで小声で教えてあげた。
「あー…。ズレてますよ?」
片乳がなくなってます。ぺったんこに。どうやってあそこまで盛ってたのかしら。秘訣を聞きたいわ。
お色気系(偽乳)令嬢がノロノロと自分の胸元を確認し、つんざくような叫び声を上げた。
◇◇◇
あの後、結局騒ぎになってしまった。
木を切り倒しちゃったもんね。人気のない場所だったけど、凄い音したし、そりゃ目立つわ。
駆けつけたカイラット卿が青くなってる令嬢方と散らばる剣と平伏する護衛たちを見て、眦を釣り上げる。
「お前たちっ!国の恩人に向かってまさか剣を向けたのか!なんてことを!」
実害はありませんでしたのでお気になさらずー。
いいおっちゃんにしか見えなかったけど、カイラット卿、怒ると凄い怖いです。怒鳴り声がビリビリして、殺気がダダ漏れです。ひえー。普段温厚な人を怒らせると大変なことになるって本当なんだなー。鑑定しなくてもかなりの手練れってこともわかる。さすが要塞都市の長。きゃー、怖ぁーい(ガチ)。
後ろで聞いてるだけのわたしでも怖いから、真正面でお説教をくらってる人たちはもっと怖いだろうなぁ。身分的にもカイラット卿の方が遥かに上。お家的にもピーンチ。でも助けてはやらん。
「カイラット伯爵!わ、わたくしたちは、間違ったことはしておりませんっ!」
鬼神と化してるカイラット卿に、反抗する勇者が現れた。
お胸を直したお色気(偽乳)令嬢と、銀髪清楚系令嬢とロリ系天然令嬢だ!さすがに場の空気の読めなさは、天下一品だね!
「わたくしたちはただ、ジンクレット殿下にまとわりついて迷惑なこの方にご忠告申し上げただけですわ!」
「そうです!身分も弁えずにジンクレット殿下のお側にいるなんて許せません!」
「ジンクレット殿下がお優しいからってー、勘違いしないでくださいー!」
3人とも言いたい放題だな、おい。誰がジンさんに纏わりついたって?わたしから寄って行ったことは一度もないわ!
湯たんぽ代わりにしていたことはあるけど、あれは寒いのがいけないんだ!別にジンさんじゃなくても良かった!くそぅ、バリーさんか他の冒険者で暖をとれば良かった!
「…お前たち、全く反省していないな…」
地を這うような恐ろしい声でカイラット卿が呟く。温厚そうな、タヌキを思わせる風貌が、鬼、鬼ですよ、気付いてー、令嬢方!頬を膨らませて、可愛く怒ったフリしてる場合じゃないよ!
わたしは戦線を離脱すべく、そろりそろりと後ずさる。このままキリを連れて国外逃亡したいと本気で思った。
とんっと、何かに背中がぶつかり、振り向くと…。
ひいいぃぃぃ。もう1匹鬼がぁ!
鬼は見たことないぐらいのイイ笑顔のまま、わたしを抱き上げる。うん、ここは逆らっちゃいかんのです。
「じ、ジンさんおはよう。気持ちいい朝だね。ふ、二日酔いとかは大丈夫?」
「おはようシーナちゃん、どこに行くのかな?」
やっぱりお見通しかぁあぁぁぁ。ちょっと国外逃亡しようかなーって思っただけなのにぃぃ。鑑定魔法さぁん、気の毒そうな目を向けないでぇ。
「ど、ドコニモイカナイヨー。オサンポシテルダケー」
片言で目を泳がせるわたしに、ジンさんはイイ笑顔のまま、わたしを抱く腕に力をこめる。
「そうか…。気持ちいい朝だもんな。次は俺も誘ってくれ。朝起きたら、シーナちゃんがいなくて焦った。荷物もあるしキリさんも屋敷にいたから大丈夫とは思ったが…」
「チョットオサンポシタダケダヨー。ジンサンハオオゲサダナー」
「そうだな。でも、どこに行ったって必ず探し出すから安心してくれ」
安心できるかぁ。怖い、カイラット卿とは違う意味で怖いぃ。
「それで、この状況はどういう事なのか説明してくれるか?まあ、なんとなく分かるが」
ジロリ。ジンさんがご令嬢方と怒れるカイラット卿、平伏する護衛たちに視線を向けた!やった!矛先があっちに!よし、問題をすり替えよう!
「えっと、お散歩してたらですねぇ」
「ジンクレット殿下ぁ!お聞きください!この方が、いきなり攻撃してきたんです!」
「そうですわ!わたくしたち、何もしてないのに!」
「怖かったですわぁ!」
ご令嬢方が目をハートにしてジンさんに走り寄ってきた。
「わたくしたちが気に入らないと急に攻撃してきたんですわ!なんて気性の激しい方なのかしら!」
お色気(偽乳)令嬢の言葉に、ジンさんのコメカミに青筋が浮かぶ。
「平民とは本当に野蛮なんですね。人を傷つける事をなんとも思わないなんて、恐ろしいわ…」
「そこの女ども、口を閉じろ」
冷然としたジンさんの言葉が、ご令嬢方に向けられる。あまりの迫力に、ご令嬢方が息を呑んで口を閉じた。
「カイラット、そいつらはどこの家のものだ」
「ザイナス家長女ミルトレット、メルク家三女ナリア、ゲイム家長女アリスです」
「ザイナス家、メルク家、ゲイム家か。マリタ王国の恩人たるシーナ殿への暴言暴挙。ただで済むと思うな。カイラット!」
「すぐに当主に出頭させます!」
「処断はお前に任せよう。マリタ王国への反逆に等しい、手を抜くな」
「はっ!心得ました」
「じ、ジンクレット殿下?!」
「お前たちにその名を呼ぶ許可を与えた覚えはない。不敬だ、呼ぶな」
ご令嬢方が悲鳴染みた声を上げるが、ジンさんは表情を緩めない。凄く冷ややかな顔をしている。
大事になってきたなー。わたしは別に何言われても大丈夫なんだけどなぁ。
ご令嬢方は血の気の引いた顔でガタガタ震えている。自分たちだけでなく、被害が家にまで及ぶとなると大変だもんね。
ふぅとため息をついて、わたしはジンさんの首に抱きつき、耳元で囁く。
「ジンさん、あんまり意地悪しないで」
「ー!」
ジンさんの顔が固まり、みるみる赤くなった。
「大事になって、恨まれるのヤダよ。それに、今のジンさん、怖い顔だからイヤー」
秘技、前世のモテ友、秘伝の涙目見つめ。ジンさんの顔を覗き込み、ウルウル目で見つめてやった。効くかなぁ。
「だ、だが、コイツらはシーナちゃんに無礼な事を!」
「別にケガもなく平和的に解決できたし。誰が何を言っても、ジンさんはわたしのこと信じてくれるでしょ?」
「もちろんだ、シーナちゃん!」
「じゃあわたしは平気!ジンさんが信じてくれるなら、誰に何言われても気にしないよ!ジンさんも気にしないでね?」
小首を傾げてそう言ってみた。ジンさんが信じてくれる=マリタ王国が信じてくれるってことよね。素晴らしい後楯だと思います。
「うぅ、分かった。カイラット、厳重注意に止めよ」
「よ、よろしいのですか?」
「シーナちゃ、シーナ嬢が厳罰は望んでいない」
「寛大な御処置、感謝いたします」
カイラット卿はホッと顔を緩めましたが、ご令嬢方に向き直った顔は悪鬼でした。おっそろしい『厳重注意』になるだろうなぁ。
後に。
王都に入ったわたしに、お家の取り潰しを免れたザイナス家、メルク家、ゲイム家の当主さんたちから感謝の手紙と謝罪の品(宝石とかドレスとか高価な魔石とか)が届いた。
ご令嬢たちはそれぞれの家で厳しく躾け直した後、とっとと他所に嫁に出されたらしい。
色々と頂いたのだけど、高価な謝罪の品より、あの寄せて上げて盛る方法を知りたいと思ったのは内緒である。





