2 追放後の方針について
わたしとキリはグラス森の中を足早にズンズン進んでいった。
国外追放なのでグラス森の外れにある国境を、早めに越えなくてはならない。
隣の国はマリタ王国。閉鎖的なダイド王国と違い、異民族も多く受け入れている国だ。国力もマリタ王国の方が大きい。
グラス森の中心には魔物の棲家と呼ばれる大きな洞窟がある。そこは禍々しい魔力に満ちていて、地下に伸びて幾層にも分かれて広く、ダンジョン化している。大陸一危険なダンジョンとして有名で、その周りの森には、洞窟からの膨大な魔力のせいで異質な変異を遂げた多種多様な魔物が大量に生息している。
洞窟から溢れ出た魔物たちがグラス森へ、グラス森から人里へと、年々、その生息域を拡げていた。
その被害を一番に被っているのはグラス森の大半をその領土内に持つダイド王国だ。ダイド王国では、長年、魔物の棲家攻略とグラス森の浄化が国の悲願となっている。王家の人間は一度はグラス森討伐隊に入らなくてはならず、ダイド王国の王が、第三王子のレクター殿下をグラス森討伐隊長に任じたのが今から5年前。
彼が討伐隊長になってから、なんと、ダイド王国は魔物の侵攻を押し留めることができている。見かけと性格によらず、意外に優秀だったのだろうか。
次にグラス森の被害を受けているのは隣国、マリタ王国だ。王国領土内にダイド王国程広くはないがグラス森があり、グラス森から湧き出る魔物被害に悩まされている。ダイド王国ほどではないが、グラス森付近には兵士の駐屯所も設けられ、魔物の襲撃から人々を守っているそうだ。
グラス森から近い、マリタ王国のカイラットという街みたいに、街全体がぐるりと高い塀に囲まれた要塞都市なら魔物の襲撃は防げるかもしれない。しかしそんな要塞があるのは大きな街だからであって、小さな街は地下に避難所を作り、魔物の襲撃を凌ぐんだって。戦時中の日本にあった防空壕みたいなものかな。
そんな魔物が跋扈するグラス森を、わたしとキリはずんずん進んでいる。聖魔法特化、回復が主力の15歳の小娘と、炎の魔法が得意な可愛い侍女兼護衛のコンビで、魔物に遭遇して襲われないのか不思議?残念、襲ってきてるよー。
「はい首ちょーん」
軽いかけ声でわたしは風魔法を放ち、襲ってきた魔物の首を刎ねた。返り血も風魔法で包んで、一箇所に集める。血の匂いで他の魔物来ちゃうからね、後でまとめて土に埋めるよ。
今襲ってきたのは猪型の魔物だ。ダンプカーぐらいでかいけどね。名前は知らないけど味は高級豚肉。脂身と赤身の絶妙なバランス、上品な味わい。そんな美味しいお肉のために、風魔法をコントロールして逆さに吊るし血抜きをする。これまた風魔法で皮を器用に剥がす。毛皮は街で売れるらしいし、大事にしよう。血抜きの終わったお肉を風魔法で解体。でっかい魔石発見。ラッキー。よし、完了!
そうこうしてるうちに索敵の魔法に引っかかっていたウサギ型魔物が突進してきた。大型犬クラスのウサギって可愛くない。しかも凶悪顔。牙と爪がエグいぐらい鋭い。だが負けない。こいつもシチュー用の肉として確保。小さいけど魔石もゲット。ラッキー。
お肉と魔石と毛皮は収納魔法で仕舞っちゃおう。よしよし、時間経過なしか。幾らでも獲っちゃうぞー。
後ろから付いてきているキリの顔が、もうずっとポカンとしっ放しだ。うん、ごめんキリ。もうちょっと魔物を獲ってから、野営場所設営するからその時説明するね。
◇◇◇◇
野営場所を設営し、魔物避けの香を焚いたわたしは、ウサギ肉を使ったシチューと餞別で貰ったパンを食べながら、キリに事情を話していた。
「ねーキリ。今から話すことは内緒なんだけど、秘密は守れる?それと結構突飛な話だから、信じてもらえるか分からないけど……」
「シーナ様の秘密は、この命に懸けて口外いたしません。シーナ様のお言葉を疑うことなどありません」
重い、重いよキリさん。駄目よ、そんな簡単に命掛けちゃ。
ちょっとキリの忠誠心に引きながら、わたしは転生したこと、元は別の世界で生きた記憶があることを話した。その記憶がレクター殿下に婚約破棄を言い渡された時に思い出した事、そして同時に…。
「なんかね。他の魔法も使えるようになっちゃったみたいなんだわ。あと索敵魔法と探索魔法と収納魔法と鑑定魔法も」
ペロッと放った言葉に、キリはフリーズした。結構長いことフリーズしてる。大丈夫かしらん。
レクター殿下に婚約破棄を言い渡された瞬間、シーナと椎奈の記憶が融合すると同時に、使える魔法が増えたことが分かった。否、使えることが分かったと言ったほうが正確か。
どうやらシーナの身体は本当に規格外で、潜在的にこれらの魔法が使えるはずだったのだが、希少な聖魔法があったせいで、聖魔法を伸ばすことばかりに特化した訓練を施された結果、他の魔法は休眠状態だった。それが婚約破棄のショックでシーナと椎奈の意識が融合することにより、客観的に自分を見直し、あれ、他にも使える魔法あるじゃんと気づいたのだ。
シーナは王国のために聖女としてその能力を使い続けた。それ以外には目を向けなかった。人間、言われたことだけやってちゃ駄目だよね。自分でやること、やりたいことを考えなきゃさ。
わたしの場合、自分の力が客観的に見れたのは鑑定魔法のお陰だと思う。自分の能力を鑑定することで、どれぐらいどの魔法が使えるか正確に分かったもん。いやー、びっくりしたよ。どの属性も最上級魔法まで使えたよ。どれも一個使えたら大魔術師として貴族や王家に仕えられるレベルだもんね。高給取りだもんね、大魔術士。それが全属性網羅!ビバ!薔薇色の人生!
キリがフリーズしている間に、わたしは魔物避けの香を即席香炉に追加した。即席香炉っていっても、落ちてた木の実をくり抜き、耐火を付与して中に香を入れて燃やしてるだけだけどね。
魔物避けの香はグラス森に生える魔物の嫌がる匂いの薬草と強い魔物の油を練り上げたものだ。これだけだと臭いから、中に良い香りの薬草と、弱めの臭い消しの薬草も混ぜる。人間の鼻には気にならないが、鼻が効く魔物には刺激的な匂いらしい。あ、これわたしのオリジナルだった。討伐隊で使ってた分の在庫、もうすぐ切れるけど大丈夫かな?ま、いっか。自分たちでなんとかするでしょ。ははは。
「シーナ様。これからどうなさるおつもりですか?」
「え?マリタ王国に行くよ?ここで魔物狩りまくって、マリタ王国での生活資金にする」
「……私も、ついていって宜しいのでしょうか。足手まといにしか…。今日の食事もシーナ様が全て準備なさって、しかも食べたことのない美味しさで…」
しゅーんと項垂れるキリ。ごめん、護衛どころか侍女の仕事も奪ってた。だって、食べたかったし作りたかったんだもん。
今日のご飯はシチューですが、前世の記憶と鑑定魔法で臭み取りの薬草をふんだんに使い、子育て中のウシに似た魔物からとったミルクをふんだんに使っております。子どもの魔物も美味しいお肉になったよ。鬼畜というなかれ、あいつら親子でコッチを襲ってきたんだからね。
しかし前世で母・ヨネ子に料理を叩き込まれていてよかった。いつか嫁に行くから覚えろと、魚の捌き方から男ウケする料理(昭和版)を仕込まれたからね。ごめんなさい、お母様。貴方の娘は嫁どころか彼氏すら5日しかいませんでした。
それにしても、ミルクって料理の幅広がるよね。こっちでは家畜の牛は主に農耕用で村に一頭いるかいないかだったからなぁ。チーズとかバターとか頑張って作ってみよう。行っててよかった、前世の『牧場1日体験⭐︎バターとチーズの作り方教室』。これも母・ヨネ子に行けと命じられたものだった。婚活が大分迷走してたな。バターとチーズが作れる嫁募集なんて聞いた事ないよ。
っと、いかん。今はミルクの話よりキリの話だった。ついて行っていいかってどういうことだろ。もうついてきてるし。今日だってわたしが魔物たちをスパーンスパーンしてる間、後始末手伝ってくれたり、魔石取るの手伝ってくれたり大活躍だったじゃないか。ご飯も作るの手伝ってくれたじゃないか。何より、誰も信じてくれなかったわたしのことを、唯一人、信じてくれてるじゃないか。
「当たり前じゃん。キリ、どっか行きたいとこあるの?そうじゃないならついてきてよ。信頼してるキリがいてくれると心強いもん。魔物からは守ってあげるから付いて来てお願い。暗い森に1人とか嫌だし、知らない人里に1人で行くのも嫌ぁぁぁぁ」
そう涙目で言ったら、キリはホッとしたような顔をした。
「はい。キリはどこまでもお側について参ります」
顔を赤らめ、決意を込めて言うキリ。可愛いから止めて。わたし、変な道に行きそう。