18 カイラット街戦の後
昨日はあの後、キリとジンさんが何か言い争いを続けていて、わたしは寝落ちしてしまった。そのままキリの抱っこでベッドに運び込まれた模様。
窓から差し込む陽の光は随分と明るい。寝過ごしてしまったようだ。
フカフカのお日様の匂いのお布団、お部屋の豪華な作りから、ここも領主様のお屋敷の一室かなと予測する。広い部屋の中にわたし一人だと寂しく感じた。昨日まで、狭い馬車でみんなでギュウギュウに寝ていたからね。
大きなベッドから降りて身支度を整える。今日は水色のシンプルなワンピースに着替えた。この世界、女性はスカートしか履けないから面倒だ。スカンツとか作ってみようかな。
お腹が空いたので、収納魔法で仕舞ってある保存食を食べようかと思ったが、もしかしたら食事が貰えるかもしれないと思い、部屋の外に出てみた。うーん、誰もいない。どうしようかなぁ。
そういえばイヤーカフがあったわ。わたしはキリに通信を繋げる。
「キリ。どこにいるの?」
『シーナ様、お目覚めですか?すぐに参ります!』
数分後、キリが駆けつけてくれた。盆に乗った美味しそうな食事を持って!わーい、さすがキリ。わたしのお腹の空き具合をちゃんと把握している。保存食を食べなくて良かった。
他のみんなはとっくに起きて朝ごはんは終わったらしい。すいません、寝坊ですよね、知ってました。
フンワリ白パン、卵料理とサラダに果物。
パンは甘味があって美味しい!卵料理はオムレツ。果物は新鮮で美味しかった。でもサラダがぁ。お塩かけて食べるのかぁ。キリに聞いたらこれが普通だって。うん、ドレッシング欲しいね。
「シーナ様。この野菜は非常に栄養が豊富ですが、火を通すと栄養価が低くなります。お薬だと思って召し上がって下さい」
キリがガンバレ!という顔をしている。
サラダは薬扱いみたい。味見すると少しエグミがあった。子どもは嫌いな味だねぇ。わたしは平気だけど。
わたしは収納魔法から、エールの街で買ったお酢、砂糖、そしてジャジャーン。醤油もどきとオリーブオイルもどき。この二つはグラス森で作ったけど、初めて使うよ!を取り出した。わーいドキドキ。
グラス森にいた頃、醤油が欲しいなぁと思ってたら、鑑定魔法さんが「うーん、似たようなのあるよ!この植物とこの植物をすり潰して濾して、一緒に煮詰めてみて!」と仰ったので採取しておきました。言われた通りの分量で煮詰めたら、醤油!できたのよ!爽やかな香草の香りが少し残ったけど、間違いなく醤油だね!
オリーブオイルもどきは、グラス森に生えていた大木の木の実を圧搾したもの。本物のオリーブオイルより油が簡単に取れたよ。油分が多かったのかな。クセのないスッキリした味わいです。
これらを混ぜ合わせ、お塩で味を整えます。うん、美味しい。これならエグミがあるサラダでもイケル!
サラダにドレッシングをかけ、念のために鑑定魔法さんにお伺いを立ててみた。【サラダ 醤油味ドレッシング掛け、大変美味。栄養価15%アップ】とな。栄養価まで上がるとは、良いこと尽くめじゃないか?
ドレッシングに興味津々のキリにサラダと一緒に味見してもらう。口に入れた瞬間、カッと目を見開き、蕩けた表情を浮かべる。
「んんんんん〜」
ほっぺを押さえて色っぽい声を出すキリ。その顔、バリーさんに見せちゃダメよ?襲われるからね?まぁ、キリなら返り討ちにするか…。
お醤油はキリに受け入れられたようだ。焼き物、すき焼き、焼肉のタレ、お刺身etc…。食事の幅が広がるよね、お醤油って。色々作って味見してもらおう。
「ちょっと失礼します!」
そう言って、キリが部屋を出て行ったと思ったら、大きなお皿に山盛りのサラダを持って帰ってきた。
唖然としていると、これならいっぱい食べられます!とイイ笑顔。ドレッシングは余っているので、お好きにどうぞー。わたしはお代わりは無理ですよー。こっそり足さないで、キリちゃぁん。
「キリ、この調味料はお醤油って言うんだけど、赤炎牛のお肉にも合うんだよ。今日タレを作ってみるから、味見してね?」
口一杯にサラダを頬張りながら、キリは目をキラキラさせて、何度も頷いた。あらー、醤油の魔力に取り憑かれた犠牲者を、一人作ってしまったようだわ。罪深いわね、お醤油って。
朝ごはんが終わったら、ジンさんたちが待っていると言うので慌てて部屋を後にする。ゆっくりご飯食べちゃったよ、早く言ってよーと思ったら、ジンさんが食事が終わってからでいいって言ってくれたんだって。でも王族二人を待たせてるって、心臓に悪いよね。
キリに案内された部屋には、ジンさんとアラン殿下、バリーさんとアラン殿下のお付きのジャンさん。あと丸っこいオジさんがいた。人の良さが滲み出た柔らかな笑顔を浮かべ、汗を拭き拭きしている。なんか可愛い。
「聖女様、初めてお目にかかります。この街の領主を務めます、ダース・カイラットと申します」
丸っこいオジさんが深々と礼をする。領主さまだった!可愛いとか思っちゃったよ。
「はじめまして!聖女じゃないですが、シーナと申します」
わたしも深々お辞儀する。日本人の性だわぁ。
「し、失礼しました聖女さ―いえ、シーナ様。き、昨日は、我が街を、我が街を…!シーナ様や、皆さまのおかげで、あの酷い襲撃にも関わらず、一人も死者を出すことなく、我が街を守ることが…!なんと、なんとお礼を言ったらいいか!一人の住民も欠けることなく!無事に…!」
領主さまの目から滂沱の涙。いい人だ、この人、いい人だぁ…。
「カイラット卿。昨日から何回そのくだりをやるつもりだ。いい加減、泣き止みなさい」
アラン殿下が呆れた顔をする。どうやら領主様は昨日からお礼を言っては泣き、泣いてはお礼を繰り返しているようだ。カイラット街が守れたのが嬉しかったんだね。
「ここにいる皆様だけではありません!街の皆も、精一杯頑張ってくれて、私はなんと幸せな領主かと…!」
「分かった分かった。お前の気持ちは分かったから。とりあえずシーナ殿が起きてきたのだ。具体的な話に移るぞ」
放っておいたらずっと泣いていそうだもんね、領主様。アラン殿下の案に賛成です。
「おはよう、シーナちゃん。よく眠れたか?昨日は一緒に寝られなくて残念だ」
キラキラ笑顔のジンさんの言葉には、そこはかとなく変態臭がする。ドン引きのアラン殿下。気持ちは分かります。ジンさんの隣の椅子に座ったけど、わたしもちょっと離れたい。
「まずはマリタ王国第二王子としてシーナ殿とキリ殿に礼を言う。カイラットの街の窮地を救ってくれて、本当に感謝する」
アラン殿下も頭を下げる。マリタ王国の王族は、謝るときやお礼を言うときは躊躇なく頭を下げてくれるので焦る。王族としては珍しいんじゃないだろうか?
「シーナ殿には、散々世話になっていて更にお願いをするのは心苦しいが、頼みを聞いてもらいたい」
「なんでしょうか?」
「一つは魔物避けの香だ。ジンクレットからも説明があったかと思うが、マリタ王国として正式に購入したい。勿論、シーナ殿には対価をキチンと払う。それはマリタ王国として約束しよう。あの香をマリタ王国の各都市に設置できれば、どれほどの民が安全に暮らせるだろうか」
カイラットの領主様が激しく頷いてらっしゃる。また涙が滝のように流れていますよー。泣きすぎて水分不足にならないかなぁ。
「その件はバリーさんとおじい…ザインさんに、お任せしてますので。良きようにお取り扱いください」
なんか作り方のお金はくれるって言ってましたよ。
「そうか。ではこの件、ジンクレットに一任しよう」
「分かりました」
ジンさんが頼もしく頷いた。真面目にしてればカッコいいのに、残念。
「それと君の開発した、魔道具についてだが」
「魔道具?」
何のことでしょう。
「イヤーカフとバングル、あとキリ殿が持っている剣についてだ」
「あ〜」
キリをチラッと見ると剣を隠してイヤイヤしてた。…取り上げないから大丈夫よ、キリ。
「私の軍の兵士や、カイラットの駐留軍の兵士にも見られてしまったからな。この魔道具のことを今後、隠しておくのは難しいと思う」
キリの剣やバングル、アンクレットは使用中はもうキラッキラに魔力を放つ。刀身やバングルの表面に刻んだ術式が魔力に染まり、それはもう美しいのだ。キリのカッコよさ倍増しである。
でもそれ確かに目立つよね。そりゃあ皆に魔道具だってバレるよね。キリの応援ウチワを作ろうとか考えてる場合じゃなかった、バカー。