17 カイラット街戦【後編】
「バリーさん!東門ってどこ?」
「えっと、確か…」
バリーさんが自信なさそうな顔をしている。あら、知らないの?
「すみません。カイラットの街はちょっと入り組んでまして。私は一度も東門を使ったことがないものですから」
じゃあ知ってそうな人に連れて行ってもらおう!
「その案内、私が引き受けよう」
アラン殿下が立ち上がる。
まさかの王族が立候補。いやいや、王族パシらせるなんて無理。
「すぐに前線に戻るつもりだったから気にしなくていい。話を聞くと、東門が厄介そうだからな」
アラン殿下はそう言って、わたしを抱き上げ走り出した。ゾロゾロと元気になった兵士さん達もついて来ている。
「なんで抱っこなんですか?!」
恥ずかしい、恥ずかしいよ!こんな所まで似なくていいよ?兄弟め!
「すまん、急ぐのでな。貴女が走るより、こちらの方が早い」
推定185cmオーバーのアラン殿下と比べたら、わたしの脚の長さなんてミジンコみたいなものかもしれないけど、自分で走りたいよ!なんでみんなわたしを抱えるのさ!
「つい小さい子は抱っこしたくなりますよね」
バリーさんの余計な一言に殺意が湧く。一緒にスパーンしてやろうか。
しかしさっき死にかけてたのに、こんなに走って大丈夫だろうか。後ろに付いてきてる兵士たちも、元気そうだがさっき死にかけてたよね、もう少し休まなくて大丈夫?
元重傷兵士たちは、やたらと士気が高い。魔物を討伐するぞ!おー!という趣旨のことを、ちょっと淑女には聞くに耐えないスラングでおっしゃっている。王族の前で下品な言葉っていいのかな?
魔力こめすぎたかな?元気になりすぎだよ。
アラン殿下の歩幅の広さのおかげか、東門にはさほど時間をかけずに着いた。悔しいが、わたしが自力で走っていたら、こんなに早くは着かなかっただろう。
東門には、累累たる魔物の屍が横たわっていた。しかし圧倒的な存在感のある魔物が2匹、攻撃を受けながらも、弱ることなく兵士たちに襲いかかっていた。
魔物の1匹は赤炎牛。
二足歩行の牛みたいな魔物で大きさは平屋の建物ぐらい。四つ足で突っ込んで来たり、炎を撒き散らしながら腕を振り回して襲ってくる。あまり知能は高くないけど、獰猛でかなり凶暴。皮膚が固くて炎を纏っているので剣が通り難い。
でも、高級和牛と張り合うぐらい美味しい肉なんだよ!やったー!今夜は焼肉だ!
もう1匹はでっかいなぁ。なんだろうこの魔物。蜥蜴をでっかくした様な二足歩行の魔物。大きさは二階建ての建物ぐらい。口から氷のブレスを吐いてる。身体の周りに氷の槍を出現させ、それを飛ばして攻撃してくる。
鑑定魔法さんで鑑定してみると、氷蜥蜴とでた。まんまだな。お肉は白身の魚に似て淡泊。天ぷらや煮付け向きと。この世界にあるのかな、煮付け。作ってみるか。
キリが赤炎牛の攻撃を受け流し、切り付けている。その動きはしなやかで、一切の無駄はない。しかしキリの攻撃は、魔物には余り効いていないようだ。魔物の動きが早いので、急所を狙えないみたい。
少し離れたところに、ジンさんの姿が見えた。兵士たちや魔術師たちと一緒に氷蜥蜴と闘っている。氷蜥蜴に風魔法や火魔法で攻撃をしているが、ブレスで一蹴される。あれは厄介そうだね。
わたしはイヤーカフで2人に通信を試みた。
『キリ、ジンさん。魔法使うから退却してー』
『シーナ様!承知!』
『シーナちゃん?大丈夫なのか?』
キリはすかさず退却する。ジンさんはキョロキョロ辺りを見回し、わたしの方を見て、物凄く怖い顔になった。うん?
ジンさんと魔術師たちか氷蜥蜴を牽制しつつわたしの方に凄い速さでやってきた。別に退却してくれれば、わたしの方にまで来なくても良かったんだけど。
「ジンクレット!久しぶりだな!よく来てくれた、助かるよ」
駆け寄ってきたジンさんに、アラン殿下が嬉しそうに声をかける。
「アラン兄さん、なぜシーナちゃんを抱っこしているんだ」
地の底を這う様なジンさんの声には、久しぶりに兄弟と再会した喜びは感じられない。何か怒ってます?
「うん?聖女殿が東門に行きたいと言ったのでお連れした。私が抱いて走った方が早いからな」
アラン殿下はジンさんの様子に戸惑いながら説明する。そういえばアラン殿下に抱っこされたままだった。
「アラン殿下、ありがとうございました。下ろしてください」
わたしの言葉に、アラン殿下はすんなりと下ろしてくれる。
そのわたしを、ジンさんが抱き上げようと近づいてきたが、予測していたわたしはジンさんの手を掻い潜って魔物たちに向き直った。今から討伐なんだから!抱っこの必要はありませんよ。
まずはジンさんたちを追ってきた氷蜥蜴。ブレスを吐く前に口の中に魔法で出した氷の塊を詰めてやった。氷蜥蜴自身が吐いた氷のブレスのおかげで、口の中で氷の塊が固まってしまっている。あ、息が出来ずにバタバタもがいて、暫くしたら倒れて動かなくなっちゃった。鑑定魔法さんで生体反応が消えたのを確認。死因は窒息。弱っ。
次にわたしは、氷魔法を発動させ、赤炎牛の身体を分厚い氷で覆った。厚さ5mぐらいあるから、流石に動けまい。突然身体を拘束されて、赤炎牛から怒りの声が上がるが、その時はもう遅かった。
銀の髪を靡かせて、魔物に駆け寄ったキリの剣が魔物の首を切り飛ばす。返り血を浴びる前に魔物の身体から離れ、鍔鳴りをさせて剣をしまう。その一連の動きは洗練されていて、ため息が出るほど美しい。
「きゃー!キリぃ!カッコいい〜!」
わたしは涙目で歓声を上げる。カッコイイ!カッコイイ!カッコイイ!ファンクラブ作りたい!やばい、うちの子可愛いだけじゃなくて、カッコイイ!キリが男の人だったら惚れてます!絶対!
「なっ!赤炎牛の首を切り飛ばしたぞ!」
「氷蜥蜴が倒れた?どうなっているんだ?」
周りの兵士たちがザワザワと騒ぐ。
ジンさんとアラン殿下とバリーさんは目の前の光景に口を開けてぽかんとしてる。
「あんなに苦労していた氷蜥蜴が窒息死…」
「私はあの赤炎牛に殺されかけたんだが…」
「わー規格外だなぁ…」
◇◇◇
赤炎牛と氷蜥蜴を倒した後、魔物たちは潮が引くように撤退していった。
おじいちゃん達が設置した魔物避けの香がいい仕事したみたいです、お疲れ様です!
わたしとキリが倒した魔物は好きにしていいとお許しが出たので、ザクザク処理して行きますよ!
カイラット街の冒険者ギルドから、解体専門の職員さん達が出てきて、わたしとキリの秘書みたいに付いてきている。エール街のギルドから連絡来てるんだって。最優先&最高の対応をしろと言われたとか。カイラット街のギルド長さんが直々に出てきて挨拶されたよ。エール街のギルド長のおじ様、何を話したんだろう。
氷漬けの赤炎牛の氷を溶かし、風魔法で逆さに吊るして血抜きを行い、皮を剥いでいく。いつもの工程でキリは見慣れているけど、解体職員さんたちからはドヨメキがおこっている。魔物の皮とか牙や爪は回収お願いしまーす。魔石と肉はこちらへお願いしまーす。
キリが倒した魔物は大きいのから小さいのまであまりに多くて、ギルド職員と兵士さんたちが総出で回収してくれていた。あちこちで嬉しそうな悲鳴が上がっている。結構珍しい魔物も含まれていたみたい。
魔物の回収が粗方終わると、今度は街の大工さんや職人さんや男衆が出てきて要塞都市の城壁の補修を始めた。みんな誰に命じられたわけでもなく、自主的に出てきて補修していく。協力体制が自然に出来ていて凄いな。
今回の襲撃で怪我人は多数出たけど、死者は0だった。死にかけた人は多かったけど、全部わたしが治したからね。怪我人も全部治した。勢いで襲撃に関係ないギックリ腰のお婆ちゃんも治した。痛いもんね、ギックリ腰。
「シーナちゃん、おいで」
治療を終えた後、救護所を出ようとした所でジンさんに捕まった。いきなり抱え上げられ、キリやバリーさんの制止を振り切り、ジンさんは凄い早さで走り出す。わぁ、なんですか!
そうして連れてこられたのは…どこかのお部屋の中だった。立派な作りなのでもしかしてジンさんに用意された、領主様の屋敷の一室かな?
ソファに下ろされて、隣にジンさんが座る。お膝抱っこじゃないことに違和感を覚える。いやいや、これが普通だった。
「大丈夫か?」
ジンさんが隣で気遣わし気に言ってわたしの髪を撫でる。
「ずっとしんどい顔してるぞ。何か心配事があるのか?」
わたしの心臓がドキンとなった。え?え?え?なんで分かるの?キリだって気付いてないのに!
「なんとなくだ」
わたしが何も言ってないのに、ジンさんは苦笑する。会話すらしてないのに受け答えするなんて、エスパーか?ジンさん、人の心が読めたりするの?
「シーナちゃんは表情が読みやすい」
わたしの髪を撫でるジンさんの手は優しい。じっと青い瞳に見つめられて、わたしは思わずポロリと言葉をこぼした。
「大丈夫かなぁって。心配になっちゃって」
「うん、何が心配なんだ?」
「ダイド王国の討伐隊」
「………」
ジンさんは何も言わず、わたしの髪を撫で続けている。でも少し表情が固い。心配なんてしてやる必要はないと言っているみたいな顔だった。
久しぶりに戦場に出て、思い出したのはグラス森のことだった。あんなに魔物が跋扈するところで、わたしという回復役がいなくて、なんとか令嬢だけで大丈夫だろうか。
酷い目にあわされたので、レクター王子たちが苦労しているならザマァみろと思うが、死んでほしいとまでは思わない。そこまで非道にはなれない。
グラス森討伐隊を救いたいとか助けなきゃなんて思わないけど、追い出されたから、あとは知らん振りなんて良いんだろうかとも思う。心の中がぐちゃぐちゃで整理ができないのだ。
「シーナちゃんが後ろめたく思う必要はない。元々、10歳の子どもを戦場に出すこと自体がおかしいのだから。ダイド王国は大人が負うべき責任を、子どもの君に押し付けた。100歩譲って、君を頼らざるを得ない状況だったとしても、君が子どもであるということを最大限に考慮し待遇を整えるべきだった。そこを怠り、君を酷使していた奴らに同情の余地はない…というのは大半の意見だが、君は消化しきれないのだろう。5年間、生死を共にしてきた人たちが、君の抜けたせいで大きく死に傾いているかもしれないからな」
ぽすんとジンさんに抱き寄せられ、その体温を心地よく感じる。
「だが間違っても、戻ろうなんて考えてはいけない。戻れば間違いなく、また利用される。次はもっと酷い待遇かもしれん。君はあの国では、嫉妬で高位の令嬢を殺そうとした偽聖女と思われているからな」
ジンさんの言葉にわたしは体を震わせた。確かに。第三王子の婚約者という肩書ですらあの待遇だったのだ。罪人だったらもっと酷いだろう。
「ん、分かってる」
ジンさんの言葉に、理性では納得できるんだけど、気持ちが付いていかない。うーん、どうしたらいいんだろう。
「シーナちゃん。君が戻ることより、他の支援策を考えよう」
「他の支援策?」
ジンさんの言葉に、わたしは顔を上げた。ジンさんが優しく目を細めてる。
「グラス森の魔物討伐は、マリタ王国でも最重要懸案事項だ。ダイド王国はいけ好かない国だが、グラス森に関しては、協力体制を結んできた」
いけ好かない国って。あー、仲良くないんだね。
「君が戻る以外の支援策については、国同士の協議によるが、具体的な策は俺たちが考える。場合によってはシーナちゃんの協力を求めるかもしれない。だから、今はダイド王国のことは気にしないようにしなさい。考えないようにするのが無理なら、1人で抱え込まないで、俺たちに話してほしい」
ジンさんの声が優しくて、髪を撫でる手と体温が気持ち良くて、わたしは昼の疲れもあり、ウトウトしていた。ジンさんに心配事を半分渡したみたいで、少し心が軽くなっていたからかもしれない。
「シーナちゃん、眠いのか?………ここで寝かせるか」
ジンさんの小さな声に、わたしの意識がわずかに浮上する。暖かくていい気持ち…。でも、……ここで寝て……いいんだっけ?……キリが何か……言ってたような……。
そうだ!キリ!
わたしはぱっちり目を開けた。わたしを覗き込んでいたジンさんと目が合う。
「ジンさん!キリが言ってた。嫁入り前の女の子は、みだりに男性と2人になっちゃいけないって。特に貴族は、2人きりで男女が過ごすだけで、何もなくても既成事実があったとみなされて結婚しなくちゃいけなくなるって!いくらわたしが見た目子どもでも、一応、成人してるから、2人きり良くない!ここで寝ちゃダメだよ!」
その時、ドアの向こうからドンドンとノックの音がした。
「はーい!」
元気よく返事をすると、ドアが開いてアラン殿下、お付きのジャンさん、バリーさんとキリがなだれ込んできた。
「シーナ様!」
キリが飛びついてきて、わたしを抱え上げてジンさんから遠ざけられる。キリ、怖い顔してどうしたの?
「チッ………もう少しだったのに」
「お前ねぇ…」
ジンさんの小さな呟きに、アラン殿下が呆れた声を上げる。お付きのジャンさんとバリーさんは困った顔をしている。
「ジンクレット殿下。シーナ様のお心が伴わないうちに、外堀を埋めるような真似はおやめください」
冷え冷えしたキリの声。なんの話?
「………心が伴えばいいんだな?善処しよう」
ジンさんの言葉に、キリのコメカミに青筋が浮き上がる。なんか怒ってる?キリが怖いよぅ。
善処するって日本では「=やらない」って意味だったような。何を善処するのか知らないけど、キリを怒らせないように、ジンさん、ちゃんとやってね?