16 カイラット街戦【中編】
馬車から降りて、わたしは魔物避けの香を焚き、おじいちゃんに渡した。
「おじいちゃんはわたしから離れないでね。とりあえず要塞都市に入ろう」
「わ、分かった」
おじいちゃんは四方を恐ろしげな魔物に囲まれて、さすがに青い顔をしている。大丈夫だよー。わたしには美味しい獲物にしか見えてません。喜んでいただきます!
「シーナ様、ご許可を」
キリが剣を抜いて魔力を漲らせた。キリさん、フルスロットルで行きたいようです。キリの魔力に染まった剣が、ほのおの剣になってる。キレイだなー。
「いいよ。でも無理は禁物。疲れたら集合ね」
わたしが許可した途端、キリのバングルとアンクレットが光を放った。魔力を孕んだ風がキリの髪を揺らす。キリの口角が上がる。
「承知!」
言うや否や、キリはものすごい脚力を発揮して魔物の群れに突っ込んでいった。炎がキリを中心に巻き起こり、魔物が燃えながらバタバタと倒れていく。行ってらっしゃーい。
まあキリは強いから大丈夫だろう。平和な道中だったので暴れ足りないみたいだったし、リフレッシュ出来たらイイね。
そんなことを思いながらも、わたしは四つ足の魔物を風魔法でスパーンする。無詠唱です。魔術師たちみたいに『我が魔力、集いて風の刃をなせ!』とか言いたくない!恥ずかしい!スパーンで充分だよね。
わたしを中心にして円状に魔物たちがスパーンされる。ははは、大猟!大猟!
「シーナちゃん…、本当に強いんだなぁ」
初めて魔法を使うわたしを見たおじいちゃんが、目を丸くする。うん、強いよー。
おじいちゃんがいるから無理のないスピードで要塞都市に近づいた。わたしだけならバングルで身体強化してダッシュで行くんだけどね。要塞都市に近づくほど、魔物より人の兵士の割合が多くなっていく。兵士たちまでスパーンしないよう、慎重に魔物をスパーンしながら進む。怪我人も目に入る人達は片っ端から回復していく。
そんなことをしていたら、そのうち周りの兵士がザワザワし始めた。まあ、おじいちゃんとわたしが進む先々で魔物がスパーンされて怪我人が治っていたら目立つよね。でもお構いなくー。
兵士を治しながら掻き分け、魔物をスパーンしてなんとか要塞都市に辿り着いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「シーナ様!」
さっき別れたバリーさんに再会。あれ、ジンさんと一緒に討伐に行ったんじゃないの?こんなに人が多いのによく会えたね!
「いや、奇跡の爺さんと少女がいるって兵士が騒いでたんで!めちゃくちゃ目立ってましたよ。それより早く中へ!アラン様が大怪我をなさったらしいんです!」
アラン様ってジンさんのお兄さん?そりゃ大変!急がなきゃ!
◇◇◇
要塞都市に入った後、おじいちゃんと一旦お別れした。
要塞都市内部は幸いなことにまだ魔物は入り込んでなかった。闘えない一般の人たちはそれぞれ決められた避難場所に退避済み。良かった。
おじいちゃんには、わたしが持っているありったけの魔物避けのお香をカイラット中に設置してくれるようお願いした。商会から人を出してくれるって、ありがたや。
わたしとバリーさんはいつの間にか案内役になってくれてた兵士さんに連れられ、重傷者の収容されている救護所に向かった。
歩幅の小さいわたしは、バリーさんに抱っこされて運ばれた。緊急事態なので仕方なし。バリーさんに、抱っこしたことはジン様には内緒で!と必死にお願いされた。何故だ。
「誰か!もっとポーションを!」
「魔術師!どうにかならないのか!」
ジンさんのお兄さんがいるという救護所に駆け込むと、そこは怒鳴り声が飛び交っていた。
床に寝かされた沢山の怪我人、その看護に走り回る人々。血の匂いと喧騒。この施設の中には比較的重度の人たちが収容されているみたいだった。
そして救護施設の奥に、誰かを取り囲んで人々が集まっていた。皆が懸命にその誰かに向かって声をかけている。
「ちょっと!通して!」
バリーさんがわたしを抱えたままその輪に近づき、息を呑んだ。
そこには立派な鎧の人が寝かされていた。鎧は血で真っ赤に染まり、身体の半分が焼け焦げている。顔の半分も焼け爛れ、呼吸音が途切れ途切れだ。生きているのが不思議なぐらいボロボロだった。今にもそのか細い息が絶えてしまいそうだった。
「アラン殿下!しっかりなさってください!誰か!回復魔法を!」
側にいるお付きの人が、泣きながら声を上げる。あの怪我では普通の回復魔法では焼け石に水だ。無理だろう。
「ジャン!」
バリーさんがお付きの人に声を掛ける。
「バリー!どうしてここに?もしかしてジンクレット殿下も一緒か?どこだ?!アラン殿下がもう…!早くジンクレット殿下を連れきてくれ!私たちを庇って、アラン殿下が、殿下が!」
バリーさんはお付きの人の言葉に、ぐっと眉を顰めた。
わたしは、バリーさんに下ろしてもらい、アラン殿下に近寄った。近くで見ると、本当にひどい怪我だ。
「シーナ様、いけますか?」
バリーさんの懇願する声に、わたしはしっかり頷く。あったり前よ!
「偉大なる女神の癒しよ!その滴を彼のモノに与えん―」
余りの怪我の酷さにちょっと不安になり、無詠唱ではなく、聖女時代の詠唱を始めた。詠唱は恥ずかしいけど、魔力効率を良くして魔法の威力を高める効果があるのだ。
しかし詠唱の途中で、アラン殿下の呼吸音が急激に弱くなった!ヒュー、ヒューっとか細い息が力なく漏れるのみ。ヤバイ!この詠唱長いんだよ!間に合わないかも!
「癒しの光を―ってもう、めんどくさっ!治れ!」
焦ったわたしは、詠唱で練り上げたありったけの聖魔力を、アラン殿下に気合いを込めて注いでみる。力業ですよっ!
わたしから溢れ出た魔力は、アラン殿下の全身を包みこむ。殿下の全身を覆ってなお余りまくった光が、救護所内を満たしていく。目が眩む強い光に、暴力的に視界が奪われた。
そうして視界が元に戻る頃には、すっかり完治してきょとんとしているアラン殿下と、同じようにすっかり完治してキョトンとしている救護施設内の元重傷兵士さんたちがいました。
うん、魔力調整間違えた。全員一気に治してしまった。
あ、アラン殿下、ジンさんと目元が似てる。兄弟だね。
◇◇◇
「え?え?えぇっ?えーっ?」
アラン殿下の手を握ったまま、お付きの人が叫んでいる。
「わー。規格外だねー」
対してバリーさんは諦めの境地。わたしをジト目で見てます。いいじゃん、みんな治ったから結果オーライだよね?一回で治すか、何回かに分けて治すかの違いじゃない?治して呆れられるって酷くない?
「ジャン?何がどうなっている?私は確か、赤炎牛の炎に巻かれて…」
あー。あの牛にやられたのか。アイツ、ちょっと火力強いよね。でもお肉は美味しいよ。和牛みたいだよ!
「アラン殿下!良かった!治ったんですね!奇跡だ!もうダメかとっ」
お付きの人がアラン殿下の側にしゃがみ込んで泣いてます。良かったね、間に合って。
「あれ?バリーじゃないか?お前がここにいるってことは、もしかしてジンクレットもここに来てるのかい?」
「はっ!ジンクレット殿下は、要塞都市の外で兵の指揮を取っておいでです!」
人が変わったように畏ったバリーさん。ジンさんに対する態度と違いすぎて驚く。ちゃんとできるんだね。
「そうか、ジンクレットが来てくれたか!助かるよ。ああ、私も外に戻ろう」
アラン殿下が力強く立ち上がる。うむ、傷の回復と体力の回復も一緒にできたみたい。良かった。
ふと、わたしを目に留めたアラン殿下が、驚いて声を上げた。
「君は…?子どもは避難しなくちゃダメじゃないか!親御さんと逸れたのかい?」
戦場に見た目12歳の非戦闘員。気になりますよね、さすがに。
「アラン殿下、こちらはシーナ様。隣国の元聖女様です」
バリーさんがアラン殿下にわたしを紹介してくれたけど、隣国の元聖女って評判最悪じゃなかったっけ?
案の定、アラン殿下の目が不審者を見るモノになってますよ。
「シーナ様にはアラン殿下を治療して頂きました。勢い余って、重傷兵士を全て治してしまったようですが…」
呆れたように辺りを見回すバリーさん。元重傷兵士さんたちは、士気も高く今にも魔物討伐に飛び出していきそうです。
アラン殿下が慌てて周囲に目をやって、バリーさんの言葉が本当だったことを理解したようだ。わたし、頑張ったよね?
アラン殿下の雰囲気がみるみる柔らかくなった。わたしの手を取り、綺麗な青い目で見つめられる。
「聖女殿、失礼な態度をお許し下さい。我が兵士たちの命を助けていただき、心より感謝いたします」
そう言うアラン殿下の目は少し潤んで喜びに満ちていて、あぁ、こういう所もジンさんに似ているなぁと思った。
「どうぞお気になさらずに!あ、ちょっと失礼します」
イヤーカフに通信あり。キリだ!
『シーナ様、今よろしいでしょうか?』
「いいよ、どうしたの?怪我してない?」
耳を押さえてお話を続けます。アラン殿下が漏れ聞こえたキリの声に、目を丸くしていた。
『私では手に負えない魔物が…。こちらの兵士も押されておりまして。お出まし頂けないでしょうか?』
遠慮がちなキリの声。危険な時は連絡する約束、ちゃんと守れたね!偉いよ!
「大丈夫!怪我人の治療が終わったから、すぐ行くよ!何が出たの?」
『赤炎牛です。私の炎と相性が悪くて』
アラン殿下を怪我させたやつかな?
「あー、炎同士だもんね。分かった、今どこ?」
『東門のすぐ近くです。ジンクレット殿下もいらっしゃいます』