15 カイラット街戦【前編】
お話の都合上、少し短めです。
「ジン様、あの旗は!」
要塞都市まであと数百メートルといったところで馬車を止める。これ以上は群がる魔物が多すぎて、馬車で進むのは危険だった。
要塞都市の城壁に掲げられた青い獅子の旗。同じ旗が要塞都市をぐるりと囲んでいる。揃いの甲冑に身を包んだ兵士たちが、懸命に魔物と闘っていた。
魔物を囲む兵士たちの顔に疲労の色が濃い。小隊長達が懸命に指揮を取っているが、隊同士の連携が悪く、兵士たちの動きは精彩を欠いていた。
「アラン兄さんの旗だ!第一騎士団だ!」
ジンさんとバリーさんが剣を抜き戦闘の真ん中に飛び出していく。
バングルで能力アップした2人は、周りの兵士に比べて明らかに抜きん出た強さを発揮している。
ジンさんに気づいた兵士たちから、歓喜の声が上がった。
「ジンクレット殿下!」
「ジンクレット殿下が来てくださったぞ!」
わぁわぁと上がる声に、ジンさんが応える。
「勇敢なるマリタの兵士たちよ!我が王国の底力を見せてやれ!魔物どもを残らず掃討しろ!」
ジンさんの裂帛の声に、兵士たちから怒号のような歓声が上がる。バラバラだった兵達の動きが、ジンさんとバリーさんの的確な指示を受け、イキイキとしたものになる。優秀な指揮官って凄いなー。
わたしはこっそり兵士たちに向かって、回復魔法をかけた。
魔物の数が多いからね、頑張ってもらいましょう。
カイラットの街に向かう馬車の中で、わたしたちはどう動くかを話し合っていた。
ジンさんとバリーさんは前線で魔物の討伐に加わる。王族たるジンさんが戦地に赴けば、自ずと指揮官として働かなくてはならない。カイラットに派遣されている騎士団と、早めに合流するよう動く。
キリは前線でS級、A級の魔物の討伐にあたる。ジンさんがキリに頭を下げて頼んでくれたよ。王族なのに躊躇いがなくてカッコ良かった。
そしてわたし。わたしも前線で魔物の討伐したいって言ったのに、ジンさんが断固拒否。わたしはキリより強いしS級冒険者相当だよって訴えても駄目だった。上目遣いも涙目も通用せず。
わたしはおじいちゃんを護衛しながらカイラットの街に入り、回復要員として働く事だけが許された。横暴だ!
でもまさかのキリも賛成したんだよね。討伐よりも回復に専念して欲しいって。
「シーナ様はお強いので、私が護衛する必要はありませんが、やはり討伐よりも回復に専念していただいた方が、私も安心して討伐に参加できます」
「でもキリ、グラス森みたいに強い魔物もいるんだよ。いくらキリが強くても危ないかもしれないじゃない!」
キリは強いけど、魔法は火魔法しか使えない。グラス森にいた時も、火魔法と相性の悪い魔物が出たときは、わたしが討伐してたのだ。
「カイラットには王国騎士団の兵士や魔術師がいる。キリさんほどの実力はないが、助力はできる」
ジンさんが援護射撃をする。
「俺やキリさんは、なによりシーナちゃんが安全であることが保障されないと闘えない。だからシーナちゃんには、ザインと一緒にカイラットの街に入り、魔物の香の設置と負傷兵たちの回復に努めて欲しい」
キリが心配症なのは分かってる。わたしのことをいつも一番に考えてくれることも。ジンさんが見た目子どものわたしに対して過保護なのも知ってる。
わたしだって戦場なんて行きたくないよ。回復マシーンみたいに、自分を擦り減らして働くのはもう絶対に嫌だ。でもさ、今は利用されていただけの、あの時とは違う。
「キリとジンさんがわたしを心配してくれるように、わたしもキリやジンさんが心配なんだよ。せっかく闘える力があるのに!力があったら守れたのにって後悔するのは、もう嫌だよ!」
聖女として働いていた5年間。少なくはない数の兵士を見送った。
いくら聖魔力が強くても、死んだ人を生き返らせる事はできない。回復が間に合わなくて、この掌から溢れていく生命を幾つも見てきた。昨日まで冗談を言って笑い合っていた兵士が、次の日には血塗れで物言わぬ姿で帰ってくることは日常的にあった。
怪我をして心に傷を負い、壊れて行く兵士もいた。わたしに助けてくれと、大きな身体の兵士が泣きながら縋がってきたこともあった。もう戦場に戻りたくない、家に帰りたい、子どもが待っているんだ、魔物に生きたまま喰われるのは嫌だと、笑いながら泣く兵士が、無理矢理前線に連れて行かれるのを成す術もなく見送った。次に彼に会ったときは、冷たい骸になっていた。
代われるものなら代わってあげたかった。あの時、わたしに聖魔力だけじゃなくて闘える力があったら、幾つの命を救えたんだろう。レクター殿下達に利用されるだけじゃなくて、兵達を守れる力があったらって。
今のわたしには大事な人を守れる力があるのに。なんであの頃と同じ後悔をしなきゃいけないの?知らずに涙が溢れた。
「助けられるんだよ…、今度こそ。誰一人、死なせてなんかあげないんだから。ちゃんと待ってる人のところに、帰してあげるんだから…」
キリがどこか痛いような顔をして、わたしを抱きしめる。
ジンさんもバリーさんもおじいちゃんまで、呆然とした顔をしていた。
「…シーナ様。貴女はやはり、聖女なんですね。ただの称号だけじゃない。本物の聖女だ」
バリーさんの泣き笑いみたいな顔に、わたしはふんっと息を吐く。聖女なんて称号、前は何の役にも立たなかった。
「称号なんてどうでもいいよ!目の前に助けを求める人がいて、助けられる力があるなら、何とかしようと思うのが当たり前じゃない!利用されるつもりは無いけど、何とかしたいって思うのは、わたしの自由でしょ!」
そしてジンさんに、ビシッと指を突きつけた。
「ジンさんも!まずは民と民を守る兵士の助けになる事を考えて!そのための王族でしょ!守る相手を間違えないでよね!」
利用できるもんは利用しなさいよ!わたしは対価をキチッと貰うけどね!タダ働きはしないからね!安くないからね!
指を突きつけられて、ジンさんは目を見開いた。
そしてゆるゆる表情を崩すと「敵わないなぁ」と呟いた。
再度の話し合いの結果、わたしはとりあえずおじいちゃんと要塞都市に入り、怪我人の回復に努める。回復が終わったら、討伐に参加してよし。
ジンさんとキリにはヤバイ敵が出たら、必ずイヤーカフを通じてわたしを呼ぶことを約束させた。呼ばなかったら絶対許さん、二度と口を聞かないとキリとジンさんを脅した。2人とも震え上がったよ。
回復も大事だし、それがわたしの一番得意な仕事だし、まぁ良しとしよう。