14 カイラット街の異変
翌日の朝、起きたらジンさんが脱皮してた。
いや、脱皮じゃないな。髭を剃って髪を整えたみたいなんだけど、めちゃくちゃイケメンだった。燃えるような赤髪に野性味溢れる、綺麗な空の瞳のイケメン。
多分あのモジャモジャの髪と髭の中には別人が入っていたに違いない。朝、普通に挨拶されて誰かと思ったよ。声聞いてジンさんと分かった時のあの衝撃。何故いつも身嗜みを整えないんだ、もったいない。
ジンさん曰く、旅の間は面倒でいつも髪も髭も伸ばしっぱなしらしい。あれだとよっぽどの顔見知りじゃないと王子って気付かれないから気楽なんだって。山賊みたいだもんね、見た目。
まだ旅は続くのに、王子って気付かれていいの?って聞いたら、あの格好のままわたしと歩いたり、抱えて歩くと人攫いに見えるからって。否定はできん。歩くのはともかく、抱えるのは止めればいいと思います。
「しかしジンさん髪と髭整えると若いんだね、いくつなの?」
「22」
「若いっ!38歳ぐらいだと思ってた!」
「ブッフェえ」
変な声で笑ったのはバリーさんだ。ジンさんは地味に落ち込んでいる。
「あ、ご、ごめんね。でも格好いいよ、ジンさん。うんうん、髭がないと王子様っぽい」
わたしが慌てて褒めると、ジンさんはほんのり頬を染めて照れる。髭と髪で顔が隠れてない分、今まで以上に表情の変化が分かりやすいな。
「シーナちゃんは、髭と髪を整えた方が好きか?」
「えー?どっちでもいいんじゃない?ジンさんが楽な方で」
「そうか」
ジンさんは嬉しそうに笑っている。うん、朝の髭剃りって女子の化粧と同じぐらい面倒だと、前世の男の同僚が言ってたっけ。女子からボッコボコに反論されてたけど。わたしも勿論反論した。奴らは日によって眉の描き具合に差が出る苦労を知らんのだ。男の人でも眉を整える人はいるけどさ。くそぅ。わたし、不器用だったんだよね。
まぁ、ジンさんがガチムチライオンだろうがガチムチイケメンだろうがどっちでもいい。中身を知っているから、今更ときめかない。いい人なんだけどね、王族はやだわー。
脱皮したジンさんは街の女性たちに大変おもてになられてました。王子様って即バレして常に美女とか美女とか美女に囲まれていた。
大変だなー、とキリと遠巻きに見てたよ。巻き込まれると恐ろしい目に合いそうなので回避回避。しかし、美女があんなに揃うと眼福だね。
エール街はそこそこ大きな街なので下級貴族や豪商の娘という方々が沢山いらっしゃって、激しい婚活バトルを繰り広げていました。
独身、婚約者なしのジンさんはマリタ王国の優良物件なんだって。
嫌気がさしたジンさんは、その日のうちに次の目的地であるカイラットの街への出発を決めた。早っ。
再び馬車の旅が始まった。エール街の滞在は3日ぐらいだったけど、わたしとキリはお買い物と観光を満喫したよ。うん、楽しかった。普通の街だったけど、グラス森に比べたら雲泥の差。当たり前か。
でも他のメンバー、特におじいちゃんは忙しかったみたい。急にジンさんが出発を決めたもんだから、大慌てで冒険者ギルドと魔物除けのお香と薬草ミックスの取扱の契約を交わしてた。ごめん、おじいちゃん、忙しいのはほぼ、わたしのせいだね。
馬車の中では、エール街で買ったクッションとケープが大活躍。暖かいし可愛いので馬車の旅が倍楽しい。クッションはキリと色違いのお揃いデザインなんだよー。ケープは少し奮発して、肌触りの良いもの選んだ。白地で裾に花の刺繍が施されている。汚れないように防汚の術式を施した。見た目12歳だから可愛すぎないよね。
クッションとケープの気持ち良さに、包まってるとすぐに居眠りしちゃうのが玉に瑕。起きたら、クッションごとジンさんの膝の上ということがよくあり、腹がたちます。
そんな長閑な旅が10日ほど続いた頃。カイラットの街まであと3日ぐらいで着きそうだと話していた時だった。
伝令魔法で何やら受け取ったジンさんの顔が、一気に険しくなった。
「カイラットの街が魔物の集団の襲撃を受けている」
重々しく告げられたのは、そんな言葉。カイラットは要塞都市。魔物の襲撃も珍しくはないと聞いている。それなのに、ジンさんがこんな顔をするなんて。
「カイラットの警備団とマリタ王国の常駐兵で対応してたが、魔物の集団の中にS級、A級の魔物が多数含まれている為、マリタ王国騎士団が出張っているが状況がよくない」
おじいちゃんが息を呑む。カイラットの街にはおじいちゃんの商会があるのだ。2番目の息子さんとその家族もいる。
「ジンクレット殿下、ま、街は無事なのか?」
「まだ街の中に魔物は入り込んではいないが、魔物の数が多い。王都から更に救援が向かっているが、間に合うか…」
おじいちゃんの震える声に、ジンさんは暗い顔をしている。
「ザインとシーナちゃん、キリさんはエール街に戻ってくれ。ザイン、馬を2頭借りる。この馬車なら残りの1頭で曳けるだろう」
行商も次のカイラットで終わり、あとは王都に戻るだけだった。積荷も少ない。馬1頭でも曳けないことはないけど…。
「俺とバリーはカイラットに救援に行く」
ジンさんの静かな言葉に、バリーさんは頷いた。普段チャラくても、こういう時に躊躇うことなく従える人だ。
「ジンさん」
「大丈夫だ、シーナちゃん。カイラットの魔物を倒したら、迎えに行くからザインたちと待っててくれ」
ジンさんが珍しくわたしの目を見ずに、早口で言った。
ジンさんって嘘つく時はこんな感じなんだ。分かりやすいね。
でも勝手にわたしとキリの行き先を決めないで欲しい。わたしとキリの意見もちゃんと聞いてよ!
ここまで楽しく旅してきて、色々お世話になってるのにハイさよならなんて出来ませんよ。
カイラットの街にはおじいちゃんの家族もいるし、ジンさんがマリタ王国を守りたい気持ちは痛いほど分かるよ。わたしだって手伝いたいよ!
わたしはそっとキリを見る。キリはニコリと笑って頷いてくれる。
おじいちゃんを見ると、こちらは怖い顔。あー、これ絶対カイラットに行くな。
「はいはーい!わたしたちも一緒にカイラットに行く!」
気軽にわたしが手を挙げると、ジンさんが怖い顔になった。
「ダメだ!S級とA級の魔物がいるんだぞ!」
「わたしとキリはグラス森で魔物を狩りまくってたんですけど」
お陰様で宝くじ並みの資産が稼げましたが?
「だ、だが危険だ!俺はシーナちゃんを危険な目に遭わせないと言っただろう。ダイド王国と同じ事はしたくない!」
ぐう。言ってたけどさ。でもさ、ジンさん達は危険な目に遭うかもしれないじゃないか。
「わたし聖魔法も使えるし。怪我人がいるかもしれないよ?役に立つよ?」
「シーナちゃんの力を俺たちの都合で利用するような真似はしたくない!」
うむ。頑固な。
わたしはジンさんに近寄り、上目遣いに見る。ダメ押しに、女優力を発揮して涙で潤ませてみました。前世の超モテ女友達が、男を堕とす時はコレって言ってたけど効くかなぁ?色気よりも子どもの可愛さを売りに、いざ勝負!
「ジンさんが心配なの。ダメ?」
「ぐむっ」
ジンさんが見る間に真っ赤になる。もう一押しか。
「もっと一緒にいたいよ、ジンさん」
ポロリと一筋涙が。あら、溢れちゃったわ。
結果から言うと、カイラットにみんなで行くことになりました。
友達の言うことは本当だった。さすが超モテ。
◇◇◇
馬車を最高速度で走らせ、わたしたちはカイラットの街に急いだ。
今までわたしたちを気づかって、あまり馬車を揺らさないようにゆっくり走っていてくれてたんだなー。全速力だと揺れが酷い。口を開くと舌を噛みそう。
馬車は昼夜を問わず走る。わたしは馬とみんなに回復魔法をかけながら、バリーさんとおじいちゃんの防具を作っていた。バリーさんにはジンさんに渡したようなバングルを。魔力と防御力と身体能力を上げるものだ。おじいちゃんは闘いは無理なので防御を徹底した。自動回復機能も付けましたよ。
3日かかるはずの距離は1日半で着いた。馬偉い、頑張った。
まだ遠目に見えるだけだったけど、朝日に照らされた要塞都市カイラットから、煙が上がっているのが分かった。
誤字脱字報告ありがとうございます。
大変助かります。
同時進行でもう一つ長編を書いています。
もし宜しければご覧ください。