104 キリの思い出?
わたしがちょっと気を失っている間に、色々と大変だったらしいよ。
わたしが休んでいたテントにキリをエスコート&ジンさんを捕まえにきたバリーさんが、鬼の様な表情でダイド王国のエイリック殿下のことを報告してくれました。バリーさん、『キリさんは俺の婚約者なのにぃぃぃ』って叫んでいました。なんだと。
エイリック殿下がキリの幼馴染ってことより、バリーさんとキリの婚約の方が断然! ビックリしたよ! 付き合っているのかなーと思っていたけど、そこ通り越して婚約者か。バリーさんの並々ならぬ囲い込みを感じました。怖いよ。キリ、ちゃんと同意しているんだよね?
そんな敵に回すとなんか嫌なバリーさん曰く、『キリさんにはアレは絶対に接触させません。断固阻止します。あ、勿論シーナ様にも接触させませんから』だそうです。キリが本命でわたしがついでですね、分かります。ついででも、仕事はきっちりしているバリーさんなので気にはしませんが。わたしは必要最小限の接触でありがたいけど、キリはいいのかな。 バリーさんの嫉妬でキリの交友関係を狭めるのはどうかと思うよ。
まあでも、サイード殿下からは、エイリック殿下と接触しないようにと伝言があったので。仕方ないのかなぁ。キリは全然気にしてないみたい。昔馴染みとはいえ、あんまり親しくはないのかもしれないな。
ジンさんとバリーさんがお仕事に戻った後。キリにバリーさんとの事を全部白状してもらいました!
いや、ダイド王国絡みだからエイリック殿下の方を聞き出す方が大事だって、もちろん分かっているけど、ぶっちゃけバリーさんとの事の方が気になっちゃってさぁ! あの塩対応からどうやってキリの心を射止めたんだ、バリーさん。奇跡の人か。
まぁでも、恥ずかしがりながらバリーさんとのことをポツポツと話すキリを見ていたら、幸せそうだなーというのが分かって。キリって、クールでパーフェクトおまけに可愛い侍女だから、何でも一人で出来ちゃう代わりに、何でも一人で抱え込んじゃうところがあるから。いや、抱え込んでも自分で解決できるから、さすがキリなんだけど。
それでも、こんな風にキリが頼れる人が側に居るのは良い事だと思うんだよね。それがあのノンデリカシーなバリーさんでもね。残念な所は多いけど、頼りになるのは確かだもんね、バリーさん。存分にキリの尻に敷かれればいいと思う。
「それで、エイリック殿下とはどういう関係なの?」
聞きたい事は聞きだして、ほっこりした気分ではあったけど、一応、件のエイリック殿下とのことを聞いてみました。バリーさんの初恋の君うんぬんはという予想は話半分で聞いておくとして、知り合いではあるようだしね。
「エイルは……。いえ、エイルは偽名でしたね、エイリック殿下は、私が育った孤児院の院長先生のお知り合いの子どもで、時折、孤児院を訪ねてきていました。その時に知り合ったのです」
キリの育った孤児院のお婆ちゃん院長先生。キリの話でしか知らないけど、厳しくて温かで優しい人だ。美しい所作や教養の高さから元は貴族らしいと思われるけど、キリも院長先生の前歴は良く知らないみたい。エイリック殿下の知り合いというなら、元は高位貴族だったのかもしれない。
「初めて会ったのは、彼も私も、まだ10歳かそこらだったと思います。身形は平民を装っていましたが、小奇麗な格好だったので、貴族の子どもだと周りにはすぐにバレていました。遊びに来たのに、孤児院の中でも浮いていて仲間に入れずぼんやりしていたので、畑仕事を手伝わせ、食事の下ごしらえをさせました」
「ふうん?」
「その後も何度か孤児院に来たので、その度に畑仕事、掃除、洗濯、料理などを覚えてもらいました。1年もすれば、孤児院で年下の子に教えられるぐらいには成長しました」
「ほう?」
あれ、なんだろう。思っていたのと違うな。孤児院をお忍びで訊ねた不遇の王子と、その王子を孤児の少女が慰め、やがて愛を育む甘酸っぱい初恋ストーリーだと思っていたんだけど。キリの話からは全くといっていいほどラブの気配が感じられないよ。まぁ、ラブはないけど少年の成長ストーリー(生活能力の)ではあるのか。これなら、恋愛が皆無のパターンも、なくはない。あんまり盛り上がらないけどね。
「ええっと。エイリック王子はダイド王国では側妃様の子どもということで、身体の悪い第一王子とともに、王宮内では軽んじられて辛い思いをしていたらしいけど……」
「……そうですか。身形は平民風でいらっしゃいましたが、質素でも質の良さそうな服を着ていたし、髪も肌も爪も良く手入れされた、典型的な貴族のお坊ちゃんのお忍びでしたので、辛い思いをなさっているとは存じ上げませんでした。確かに、言われてみれば陰気で捻くれた方だったように感じます。ですが、孤児院の子たちの方がよっぽどガリガリでボロボロで、世の中の大人を恨んでいる子が多かったですから、あまり印象には残っていませんね」
当時のキリには、ダイド王国で孤児として過酷な環境で生きる子たちの方が切羽詰まっているように見えたらしい。まあ、明日のご飯にも事欠く孤児と、疎まれていても王宮で衣食住は整っていた王子なら、前者の方がまだ生存確率は高いのかもしれない。
「私の育った孤児院は、院長先生のお陰で最低限の生活は保障されていましたが、それでも日々の生活はカツカツでした。ただの風邪であっけなく命を落とす子も珍しくはありませんでしたので……」
そういえば、わたしの生まれ育った村でも、子どもは7歳までは女神様の子だと言われていたよなぁ。あれは、抵抗力の低い幼い子どもは命を落としやすいから言われていた言葉だ。栄養状態の良くない平民の子ならばなおさら、幼くして亡くなることは珍しくないのだ。だからキリの中で不遇とはいえ王子様はそれほど同情の対象ではなかったのだろう。キリだってカツカツの生活だったから、他人を気にする余裕はなかっただろうしね。
「でも、王子さまって女の子の憧れだったりしない? キリも子どもの頃のエイリック殿下に憧れたなんてことは……」
エイリック殿下、見た目は格好良い、王子様みたいじゃないか。女子は憧れるんじゃないのかな。
なんて思ったのだけど。あらー。キリが甘いと思って食べたものが辛かったときみたいな、微妙な顔をしている。うん、考えたこともなかったんだね。恋愛フラグは全くなかったようだ。男子を見る目が厳しいキリらしいと、納得しました。
それにしても本当に、よくもこの難攻不落なキリを口説き落としたもんだ、バリーさん。ある意味ちょっと尊敬してきたぞ。
「そんな事よりもシーナ様。エイリック殿下を見て、ご気分が悪くなったのですよね。……やはり、秘密裏に葬るか」
後半は小さな声だったけど、しっかり聞こえたよ。キリさんや。他国の王子を秘密裏に葬ると後々、面倒なことになるから我慢してね。
それに、ダイド王国は第一王子であるダンティス王子に継いでもらい、グラス森討伐における事後処理とかを押し付ける予定なのだ(サイード殿下計画案)。ダンティス王子と仲の良いエイリック王子はその補佐をしてもらう予定だ。
カイラット街を見てたからわかるけど、災害から復興するのって大変なんだよ。いくらお隣さんだからって、マリタ王国がダイド王国の復興の面倒なんて見てる余裕は無い。せいぜい自国で頑張ってもらうために、有能な人材は残しておきたいじゃない。だから使えそうな人材は葬らないで。
わたしがそう説得したら、キリは渋々納得してくれた。腰の剣に手を伸ばしていたのに、キリの本気度が窺える。キリはわたしファーストでそれ以外はないので、ちゃんと伝えておかないと暴走しがちだからなぁ。暗殺、ダメ、絶対。
それにしてもエイリック王子、気の毒過ぎる。初恋の女子(推定)にフラれるどころか、暗殺を企まれるなんて。不遇の子ども時代で、キリが唯一の癒しとかだったらどうしよう。後々、ダイド王国の為に馬車馬の如く働かせる予定だから(サイード殿下計画案)、ぽっきり心が折れない事を願うけど。
「シーナ様はお優し過ぎます。あの国の王族など、みじん切りにしても飽き足らないのに」
おおう。細かく刻む系はジンさんの専売特許だと思ったけど、キリさんもですか。闘志が燃えたぎっているので、勿論その後、燃やすんだね。跡形もなくなくなりそうだねぇ。
「別にあの人に何かされたわけじゃないからさ。……でも確かにちょっと苦手なんだよねぇ、特に声が」
「声、ですか?」
「うん、兄弟だからかなぁ、似てるなぁって。レクター殿下に」
ジンさんたち兄弟は、色は違えど外見が似てるんだけどさ。ダイド王国は声が似ている気がするよ。元婚約者のレクター殿下はもっと傲慢さが滲み出た感じだったけど、声質はとても似ています。
「では喉を潰……」
「ダメだからね? 万が一にもそんな事をしたら、わたしがスグに治すよ?」
キリさんの物騒な思考が止まらない。初恋(推定)の少女の幻想が欠片も残ってないよ。
「ほら、バリーさんもダイド王国の人たちは接触させないって言ってたから。そう簡単に会うこともないと思うよ。だから大丈夫、大丈夫」
そうなんとか静かに荒ぶるキリを宥めていたのだけど。
予想に反してというか、予想通りというか。まるでフラグを立てた様に、エイリック殿下が絡んでくるようになるのだが、本当に勘弁してほしいよ。