96 だから言いがかりだってば
こんなに更新が遅れて、言い訳もできないのでそっと投稿します。ごめんなさい。
「殿下たちを誑かすのはやめろ、この恥晒しが」
臨時BBQ大会から数日後、ガドー王国の兵士たちに絡まれました。
昔懐かしい体育館裏の呼び出しではないけれど、ジンさんが部隊長たちに呼ばれた隙に囲まれましたよ。食事後のお鍋の片付けとかしてたから、兵士たちの数もまばらな所にいらっしゃいましたよー。
もちろんわたしの側には最強で最高に可愛いキリがいるし、ジンさんセレクトの護衛さんたちがいる。今日はわたしの護衛隊長(5人の子持ち、恐妻家)が付いててくれましたよ。いつもは気のいい礼儀正しいオッチャンだけど、ガドー王国の兵士たちには流石に怖い顔してます。
しかし、誑かすとはなんぞ? 餌付けだってしてないのに。
ガドー王国の兵士たちは、蔑むように吐き捨てる。
「兵士たちに愛嬌を振り撒き、手作りの食事で気を引くなど、あの偽聖女と全く同じではないかっ!」
そういえばジョルドお義兄様が嘆いていたっけ。件の偽聖女さん、天真爛漫に色々な生徒と接して、手作り菓子を振る舞っていたとか。その貴族令嬢にはない振る舞いに、アルフォス殿下や高位貴族の子息たちはコロッと落ちたって。
前世のモテ友も料理は上手だったなぁ。お弁当を作らせれば、盛り付けもキラキラしてて可愛くてさ。『それほど品数が多くなくても、ハートとか飾ってりゃそれで男子は喜ぶもんよ』とにんまり笑ってたけど、わたしの茶色い弁当とは比べ物にならないぐらい美味しそうだったよなぁ。わたしのお弁当は、味は良かったんだよ、味は。念の為。
まあ、わたしも兵士たちとは気さくに接しているけどさ。それは身体に変調はないか、不足してるものはないか、困ったことはないかを小まめに聞いているだけだよ。大きな討伐前で兵士たちがナイーブになったり高揚しすぎない様に、気をつけているだけだって。一部の不振が伝播しやすいからね、こういう特殊な状況だと。
しかも、わたしがいつも作っているのは、野郎が好みそうなドカンとした料理だよ? 大鍋をぐーるぐるかき混ぜたり、でっかい肉の塊を焼いたりとかしてるんだよ? 気分は大家族のオカンか給食のおばちゃんだわ。乙女の手作りクッキーやケーキと一緒にするな。前世のモテ友に怒られるわ。
「討伐に共に行く仲間として、言葉を交わし一緒に食事とることが、それほどいけないことですか?」
「討伐に行くだと? 足手まといの女、子どもが偉そうにっ! 戦場で何の役にたつものかっ!」
まあ、前世では一発アウトな差別発言。炎上まっしぐらだわ。こっちの世界では、男尊女卑は割とデフォルトな思考だ。残念。
「とりあえず、今のところ食事作りと兵士たちの治療では役に立ってますが? 」
わたしとキリが居なければ、食事は兵士たちが交代で作る。高確率で肉と見せかけた消し炭と生煮えのスープが出るらしいよ? 火加減って大事だよねぇ。
「そんなものっ! 干し肉と治癒の得意な魔術師がいれば事足りるではないかっ! 」
「仲間内のコミュニケーションは兵士たちの団結力を高め、美味しい食事は兵士の士気を上げ、精神の安定を図ります。戦場で恐慌状態に陥った集団ほど恐ろしいものはない。歴戦の戦士である貴方たちも良くご存知でしょう?」
普通の討伐ならいざ知らず、今回はあの悪名高いグラス森討伐だよ? グラス森の魔物は桁違いの強さって言うのは有名な話だ。君たちだって、死地に赴くつもりで参加しているでしょうに。
そんな特殊な状態で、しかも数国が集まった連合軍。嫌が上でも緊張する。
経験の少ない若い兵士たちは、緊張状態が高まりすぎて、恐慌状態に陥ることがある。熟練の兵士であっても、少なからず緊張と恐怖心を抱えているもので、その不安な気持ちをたった1人のパニックで煽られた結果、あっという間に集団に広がっていく場合もあるのだ。
ダイド王国のグラス森討伐隊は、常にその危険があった。それを圧倒的な権力と暴力で押さえつけていたにすぎない。その点に関しては、グリード副隊長は優れた指揮官だったのだろう。認めたくはないけどね。
グリード隊長にされた散々な仕打ちを思い出す。酷薄な笑みを浮かべながら剣を振るう様、殴り掛かってくる時の、歪んだ笑顔。きっと、根っからのサディストだったんだろうな。うー、嫌なことを思い出しちゃった。
「このっ! 屁理屈ばかりをこねおって! 」
突然脳裏に蘇った昔の記憶に、一瞬気を取られていた。アッと思う間もなく、ガドー王国の兵士の一人が、拳を振り上げる。
殴られる、と構えるのと同時に、音もなく剣を抜いたキリと護衛隊長が、兵士に剣を突き付けた。それに応じ、ガドー王国の他の兵士たちが、剣を抜く。
睨みあう兵士たち。否応なく高まる緊張感。
あちゃあ、どうしようって思っていたら。
「おおっと? ガドー王国の兵士たちは、年の割にはお若いなぁ。これぐらいで剣を抜くなんて」
暢気な声が聞こえたと思ったら、目の前に、げっ。シャング将軍。と、従者さん。
「さすがガドー王国だ。見た目から熟練兵と思っていたが、血気盛んでお若い兵士を送ってくれたようだ。我が軍も見習わなくてはなぁ」
シャング将軍は明らかにガドー王国の兵士たちを煽っている。お若いって、未熟者ってことであってますよね?
従者さんがイヤーな顔で溜息を吐いている。あー、苦労してますか、そうですか。
「な、な、年長者に対して、失礼ではないか」
お若い兵たちが、真赤になって怒っている。ベテランが言われて一番いやな言葉なんだろうな、未熟者って言われるの。プライドが傷つくよね。
「ほう。確かに年長者は気遣わねばならんな」
シャング将軍は深々頷いている。ガドー王国の兵たちもそうだと言わんばかりの顔をしていたけど。
「だが、そういう貴様は誰に向かって暴言を吐いている。こちらの聖女殿はマリタ国王の認めた、正式な第4王子の婚約者。いくら年長者とはいえ、一兵卒が気軽に口を利ける相手と思っているのか。ましてや暴言などと、マリタ王国を愚弄しているのか」
のんびりとした口調を改め、厳しい声でガドー王国の兵を一喝するシャング伯爵。その恐ろしいまでの圧に気圧され、兵たちはたまらず一歩引いた。
中身の残念さはともかく、兵の統率は得意なシャング将軍の一喝。怒鳴り慣れているのか、びりびり響いて恐ろしいです。
「この事は我が国を通して、ガドー王国に厳重に抗議させてもらう。聖女殿は、我が国にとっても大事な方だ。そのことを肝に銘じておけ」
「皆様のお名前、階級、全て把握しています。早急に上司にご報告なさる事をお勧めします」
淡々とシャング将軍の従者さんが伝えると、ガドー王国の兵たちは、逃げるように帰っていきました。残念、「覚えてろよ」という決め台詞は聞けなかった。
それにしても従者さん、ガドー王国の兵たちを一人ずつじっくり見て、何やらメモを取っていたところからすると、本当に兵士たちの名前を全て把握しているのかも。仕事が出来そうな雰囲気がしているなぁ。そういえば、サイード殿下がナリス王国との連携を取る上で、この従者さんが良い働きをしてくれているって褒めてたなー。
「シーナちゃん、大丈夫か。こんな時にジンクレットは側に居ないとは、何をしているんだ」
「貴方と違って仕事ですね」
助けてもらって何ですが、ナリス王国軍のトップの貴方は何をしているんだという思いを込めて見つめてみました。激しく同意している従者さん。やっぱりさぼっているんですね。
「ぐ、いや、俺の仕事は兵を率いて戦う事で」
「いやいや。軍のトップがそれで済むはずないでしょう」
あのジンさんだって、一部隊とはいえ軍を率いているから、やれ会議だ報告だと忙しいんですよ。ナリス王国軍を率いる貴方が、ジンさんより暇なはずないでしょう。同意の激しさが増す従者さん。頷き過ぎて首がもげないか心配です。
まぁでも、助けてもらったのは事実なので、お礼ぐらいは言わないとね。
「シャング伯爵、助けて頂いてありがとうございます」
素直にそう言えば、ぱあぁっと顔を輝かせるシャング伯爵。
「いつだって助けるよ、シーナちゃん。遠慮なく頼ってくれ! それから、俺の事はシャング伯爵なんて堅苦しい呼び方ではなく、ロルフと呼んでほしい」
なんだか妙に熱を込めてそう言われたけど。
「それは嫌です」
あ、つい建前じゃなくて本音が。わたしの婉曲的でないストレートな返答に、シャング伯爵が固まっている。
「恐れ多くて申し訳ないです」
後出しですが建前も言っておきました。これで完璧な筈。キリが満足そうに頷いているもん。シャング伯爵に容赦は不要ですか、そうですか。
ヒーローみたいに颯爽と助けてくれたシャング伯爵だけど、残念ながら微塵もトキメクことはなく。だって、シャング伯爵だし。
魂が抜けたみたいな顔のまま、従者さんに首根っこ掴まれてずるずると引きずられていった。結構容赦ないんだね、従者さん。でもそれぐらい厳しくした方がいいと思うよ。
申し訳なさそうに頭を下げる従者さんに、心の底から同情を感じたよ。ちゃんと仕事してあげてー、シャング伯爵。
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