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93 出発しました

大変遅くなりました。ごめんなさい。

 粛々と出発したグラス森大討伐隊。

 なかなかの大編成ですよ。各国、それぞれの指揮官の元、ピシッと隊列を組んで歩いている。前世、テレビで見た軍隊の行軍みたい。

 

 各国には魔物除けの香を渡しているので、道行は大変安全でございます。魔物が出ないわけではないのだけど。ザイン商会とサンドお爺ちゃんたちが頑張ってくれて、魔物除けの香はグレードアップしているのだ。人体に害はないけど、魔物だけを痺れさせるタイプとか、眠らせるタイプとか。鑑定魔法さん監修の元、色んな種類ができて、最早『魔物除け』ではない気がする。除けずに攻めに行ってるよね?

 

 そんな通称『魔物除けの香』により弱った魔物を、兵たちが取り囲んでフルボッコにしている。今のところ、討伐は兵たちだけで手が足りているので、わたしやキリの出番はない。のんびり馬車に揺られているだけなので、暇ですよ。


 なので。前回の旅同様、休憩時や野宿時の裏方で活躍することになりました。えっへん。

 

 わたしの収納魔法は、底知れぬ魔力のお陰で無尽蔵に荷物を入れられるので、たくさんの食料と大人数用の大鍋が収納されている。ご飯時にはその鍋を簡易かまどに設置して。ふー。手伝ってくれる兵士がたくさんいるとはいえ、設置だけで一苦労だよ。

 収納魔法のボックスには、保存食の他、作り置きの料理も沢山入っている。出発前は、暇さえあれば王宮の料理人たちと一緒に料理を作って、片っ端からボックスに放り込んできたのだ。でもこれは、戦闘が激しくなるであろう、グラス森までは取っておきたい。戦闘が激しくなれば、料理に人を割くより戦いに人を割きたいからね。まあ、この人数なら、保存食も作り置きもあっという間に無くなるだろうから、なくなれば、いずれは現地で料理をする事になるんだろうけどさ。


 だから今は、出来るだけ料理を作っているのだけど。花の季節()とはいえ、まだ夜は冷え込むので、温かい汁もの料理が多い。後は漬け置きしていた肉を焼くぐらいだけど。


「美味い! シーナちゃんは料理も出来るのだな!」


 通常ならば嬉しい言葉も、この人から発せられていると思うと腹が立ちます。何故ここにいるのかな、シャング伯爵。

 おかしいな。ここはマリタ王国の王族専用の天幕な筈。どうして、自然にマリタ王国側の人間の様に、食事に加わっているのかなー、この人。ちゃんとナリス王国の陣営も、立派な天幕を張っているのに。

 

 ええ、この人。今回が初めてではありませんよ。行軍が始まってから、ほぼ毎日。食事のたびに、なんだかんだとマリタ王国側に押しかけてくるんですよ。しかも最近は自分のカトラリー持参で。気を遣っている様に見えるけど、気を遣う方向が間違っているからね!


「自分の陣営に帰れ、シャング伯爵。家族水入らずで過ごしているのに、邪魔だ」


 リュート殿下が、忌々しそうにシャング伯爵が座る椅子をガンガンと蹴った。相変わらずリュート殿下はシャング伯爵に当たりが強いけど、いいのかな。あの人一応、協力国の重鎮だけど。

 蹴られている当の本人は、笑いながらグラグラ揺れる椅子に器用に座り続けている。おおっ。あんなに揺れているのに、手に持ったカップから、一滴もスープが零れていない。凄い、なんてどうでもいい特技。


「ははは。そんな邪険にしないでくれ。我が陣営の天幕は狭くてな。俺の座る場所がないんだ。それにここにいると、家族といる様に思えて、心が安らぐんだ」


 シャング伯爵がいかにも寂し気に呟いていますが。騙されないからね。シャング伯爵の従者さんが、虚ろな目で首を振っているじゃないか。ちゃんとナリス王国の天幕に席を設けているのに、隙を突いて逃げ出すんですと、こないだちょっと泣いていたぞ。ダメ上司に振り回されて可哀そうに。

 

 シャング伯爵は従者さんの憔悴した様子にも、全く反省していない。この厚顔無恥が服を着て歩いている様な男に、ドーンと天の裁きが下ればいいのに。

 

 なんて思っていたら、天の裁きよりも怖い人が動きました。


「ほぅ。ナリス王国の陣営は、大将の席すら用意しないのか。しかも討伐隊内が上手くいっていない様子。よもやナリスも、お飾りの大将か……。そんな役立たずを送って来るとはどういうつもりかと、カナン王太子殿下に苦情の手紙を送らねばな」


 サイード殿下からボソッとそう呟いた途端、シャング伯爵が顔を強張らせて、慌てて席を立った。


「いやっ、ちょっと勘違いだったようだ! 失礼するっ」


 それまでぐずぐずと言い訳してはマリタ王国に居座っていたのに、慌ててナリス王国の天幕に帰っていった。ははーん。やっぱり、可愛いカナン殿下にこれ以上ダメ叔父っぷりを晒すのは嫌なんだろうなぁ。前回のマリタ王国滞在時は、『強くて格好良い叔父』から、『女癖が最悪な問題児(クズ)』に評価が急降下したもんね。これ以上、ダメな大人の見本になるわけにはいかないよね。いくら優しいカナン殿下でも、呆れちゃうよ。


 死んだ目で付き従っていたシャング伯爵の従者さんが、慌ててシャング伯爵を追ってナリス王国の陣営に戻っていった。去り際に、涙目で感謝するようにペコリと頭を下げた。馬鹿上司のお世話、大変だろうけど頑張ってー。


「全く、毎日毎日、しつこいんだから」


 シャング伯爵がこちらに来るのは、食事時だけじゃない。少しでも時間があれば、わたしに近づいてきて、一言、二言たわいもない話をして帰っていく。ナリス王国の指揮官って、そんなに暇じゃないよね? 仕事してくれないと困るんだけど。

 

 わたしが愚痴ると、ジンさんがちょっとだけ困った顔をした。


「アレはアレなりに、君を心配しているんだろう。シーナちゃんには俺がいるから、余計なお世話だがな」


 心配? 徹頭徹尾、自分勝手なアレが?

 食事時にカテラリー持参なんて、図々しさの塊のアレが? 


「どこの国の陣営も、魔物避けの香や魔力剣の有用性を改めて認識しているようだから、今後、マリタ王国やシーナちゃんへ関りを持とうとする者も増えるだろう。まぁ。あの馬鹿(シャング伯爵)は、国益だけでなく純粋に君を心配しているのも事実ではあるが」


 割と大きめの肉に豪快に食いつきながら、サイード殿下も同意する。こんなにワイルドな食べ方なのに、品が良いってどういうことだ。凄いな、王族。

 真似してあーんと大きな口を開けたら、キリに目線で止められる。淑女らしからぬと怒られています。サイード殿下はいいのになんでだ。優雅さか。大口を開けても損なわれない優雅さが足りないのか。


「言っても無駄な気がするが……。これ以上、有象無象に面倒な奴らを引き寄せるのは、抑えてくれよ」


 ぽんぽんとサイード殿下に頭を撫でられましたが。わたしは何も引き寄せているつもりはありませんよ。勝手に厄介事がやってくるんです。その時は、全力で迎え撃つだけです。


「ジンクレット。お前もうかうかとシーナちゃんを掻っ攫われるような真似をするなよ」


 リュート殿下の忠告に、ジンさんが、親指を立てて得意げな顔をした。


「任せろ!」


「前に奴に引っ掻き回されて、シーナちゃんに逃げられかけたのを忘れたのか、阿呆。暢気に一緒に飯を食ってるんじゃねえよ。シャングの顔を見たら水をぶっ掛けて追い払うぐらいしろ、阿呆」


 能天気なジンさんの様子にイラッとしたのか、リュート殿下が吐き捨てるように仰ったのだけど……。リュート殿下、それはジンさんには禁句! いやいやいや。逃げないから。もう何も言わずに逃亡なんてしませんから。そんな絶望した顔をしないで、ジンさん。怖いから、瞬きぐらいはしなさいな。


 そしてリュート殿下は。そんなジンさんに『言い過ぎたか?』と動揺していらっしゃいます。

 貴方、つい最近、『弟だからと甘やかしすぎた。例えジンクレットに恨まれるようと、俺は厳しい兄にならなくては……』とか仰っていませんでしたか? ちょっとジンさんが落ち込んだぐらいで、おたおたしてどうするんだ。


「しかし。この魔物避けの香の威力は凄いな。香りが食事を邪魔しないのがまたいい」


 サイード殿下が、そこかしこに設置されている魔物避けの香に、目を細める。グラス森に近づくにつれ魔物の出現は多くなっているが、食事や休息時間は魔物避けの香のお陰で邪魔されることがないので、兵たちの消耗も少ない。


「就寝用の香りもいい。いつもより、よく眠れる気がする」


「眠りに良い薬草をブレンドしていますからね」


「ルーナが妊娠してから、眠りが浅くなっていたのだが。シーナちゃんが作ってくれたハーブのサシュのお陰で、まとまった睡眠がとれるようになったと喜んでいたぞ」


 サイード殿下の目尻が下がり、表情が柔らかくなる。無自覚みたいだけど、奥様大好き過ぎて、ルーナお姐様の話をすると、いつもこんな優しい顔をするんだよね、サイード殿下って。


「鑑定魔法さんが妊婦さんにいいハーブを沢山教えてくれたんです。妊娠中なら、お香にするより、柔らかく香るサシュが良いってアドバイスもしてくれて」


「ふうむ。妻に気を遣ってくれて、ありがたいな。鑑定魔法さんに、礼を言っておいてくれ」


 鑑定魔法さんの人格をナチュラルに受け止めているサイード殿下。包容力のあるところも、素敵ポイントの一つですよ、お義兄様。


 そして鑑定魔法さん。サイード殿下のお礼に照れていらっしゃる。え? 知的な腹黒な人がタイプなの? 意外だわ。確かに、サイード殿下はそのタイプにピッタリな人だけどさ。


「討伐を早く終わらせて、さっさと帰りたいな。ルーナお姐様の出産に立ち会いたい……」


「俺もだ」


 ダイド王国の討伐の時は、5年間ずっと帰れなかったからなぁ。討伐にどれぐらいかかるか分からないから、出産の立会いは厳しそうだけど。せめて生まれた子の首が据わったり、寝返りをしたり、お座りしたり、ハイハイしたり、立っちしたり、よろよろ歩いたりするところを、余すことなく見たい。わたしにとっては、可愛い(確定)甥か姪になるわけだし。見逃したくないぃ。

 

 長期の討伐や戦争へ参加した経験のある兵たちから聞く、恐ろしい体験談。

 妊娠中の妻を置いて討伐に行き、2~3年経って漸く帰ってみれば。子どもはもちろんとっくに生まれていて、仕事だから仕方ないと分かっているけど、出産やらその後の怒涛の育児やら、夫の手がなくて大変だったのよーと、愚痴をこぼさずにはいられない不機嫌な妻と。この人誰? 的な警戒心バリバリの眼を我が子から向けられ、人見知りされて避けられて感じる疎外感。


 それならまだマシな方で。長期間の不在に耐えられず、夫の存在などいらないわと吹っ切った妻に、この人と結婚したいから別れて頂戴と、帰る早々離縁の書類にサインを求められたとか。子どもが会った事のない実の父親より、妻の恋人の方に懐いていて、『パパ』と呼んでいたとか。


 わたしがつらつらと語った恐怖体験(実話)に、サイード殿下は青ざめた。


「そ、そんな恐ろしい事が、本当に起こったのか?」


 ワナワナと震えるサイード殿下。


「討伐が長引くと、割とよくあるみたいですよ」


 ソースはダイド王国グラス森討伐隊です。下っ端兵士ほど、なかなか国に帰れなかったからね。休暇から戻った兵士たちが、男泣きに泣いていたのを思い出す。切ない。


「俺は長期の討伐には、シーナちゃんを必ず懐に入れていこう」


 ガチのトーンで、恐ろしい事を言わないで、ジンさん。わたしは貴方の懐に入るほど、小さくはありませんよ。


「短期決戦だ。絶対に、さっさと終わらせて、国に帰る」


 やれば出来るどころか、やらなくてもなんとかしちゃう男、サイード殿下が全力で取り掛かる決意を固めております。

 この人が総大将なら、それも可能な気がするほど頼もしく感じているのは、わたしだけではないはずだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新嬉しいです。 シーナちゃん、偉い人を焦らせたらダメでしょうw
[一言] 待ってました! 続きを書いて下さって、嬉しいです。
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