11 聖女の実情
「あ、はい。そうですけど」
あっさり肯定するわたしに、みんなはビックリしている。え、何で驚くの?どうしたの?
「あの、認めて大丈夫なんですか?ダイド王国の元聖女は、本物の聖女の殺害未遂の罪で国外追放されたって聞いてますけど」
バリーさんが気まずそうに聞いてくる。あー、もうその噂、広まってるんだ。
「まあ、確かにダイド王国ではそう言われて国外追放されましたから。事実は隠しようがないので、仕方ないですよ」
わたしのあっさりした態度に、みんなは目を丸くしている。
「でもよく分かりましたね。わたし、自分で言うのも何ですが、聖女っぽくないのに」
いつの間にか聖女らしさが滲み出でたのかしら。
「ダイド王国から聖女は侍女一人だけをつけて追放したとあったからな。グラス森近くで女の子二人だけの旅でもしかしてと思ったんだ。確証をもったのは冒険者ギルドでだ。シーナちゃん、聖魔法が一番得意だって言ってただろう?」
ジンさんの言葉に納得です。あの森の近くで女子二人旅って不自然ですよね。
「いくら高位の令嬢を害そうとしたからといって、今まで一緒に闘ってきた仲間を、危険な魔物のいるグラス森に追放するなんて酷い話だと思ったよ。国に連れ帰り、裁判にかければ温情の余地もあるだろうにと」
ジンさんの言葉は施政者としての公平性が溢れてますね。どこぞの殿下に聞かせてやりたいです。
「シーナ様はあの女を害そうなどとしていません!冤罪です!」
キリが怒っている。ぷんすかしてるキリも可愛い。キリならなんでも可愛いな、うん。
「そうだよね。わざわざ崖に誘い出して突き落としたって、死ぬかどうか分からないし。もうちょっと確実な手を取るなら、戦闘中の事故に見せかけて刺した方がいいよね?」
なんとか令嬢も呼ばれたからってホイホイ崖に来ないでしょ。それよりあの人、わたしが話しかけてもガン無視してたじゃん。お付きの侍女やら侍従やらが常に側にいたから、二人っきりになったことすらないし。
「シーナ様のお望みでしたら私が!」
「望んでない、望んでない。キリ、剣を出しちゃダメ」
わたしたちの緊張感のないやり取りに、ジンさんがはぁっと息を吐く。くしゃりと笑ってわたしの頭を撫でた。
「なんで冤罪だって訴えなかったんだ?グラス森の討伐隊長の王子は、シーナちゃんの婚約者だったんだろ?」
「だってー、その王子本人がわたしを断罪したんですよ。一方的に犯人だって決めつけて!聞く耳なんて持たなかったし、そもそもあのなんとか令嬢が来てからあの人にべったりで、わたしのことずっとほったらかしにしてたし。わたしには調子のいいこと言ってたくせに、隠れてあの人とイチャイチャして、わたしがいなければ結婚出来るのにとか言ってたもん」
ぷうっと膨れて言えば、ジンさんのコメカミがピクリと引きつる。
「でも婚約破棄だー、グラス森討伐隊から追放だーって言われて嬉しかったんですよね。5年間休みなし報酬なしで働いてたので、漸く解放されるんだって!やっと自分の為に生きられるって!」
「5年間?ちょっと待ってください。シーナさん、今15歳ですよね?5年間って10歳からグラス森で働いていたんですか?」
バリーさんが驚いたように声を上げる。
「はい。10歳の時に両親が亡くなって教会に保護されたんですけど、そこで聖魔法の素質があるからって王城に上がって、聖女認定されましたから。その時ええっと、レクター殿下と婚約してグラス森討伐隊に参加したんです」
一瞬、元婚約者の名前が出てこなかったよ。か、顔は覚えてるよ、ちゃんと。
「10歳からグラス森討伐隊に?ありえない!未成年者を戦場に出すなど、王国共通法の厳罰対象ですよ!?それをダイド王国が率先して行っていたのですか?」
未成年が仕事に就くことは認められているが、重役などは禁止されているのが普通だ。マリタ王国特有の法ではなく、この世界の王国共通法で定められているのだ。名のある大国は殆どがこの王国共通法を採用しているし、ダイド王国も勿論採用している。戦時の捕虜の扱いや、子どもや弱者の保護など、人道的な取り決めであり、この法を採用してない国は、野蛮な国なのねという認識になるらしい。
しかし、未成年者の重役は、ダイド王国でも勿論禁止されているが、これには抜け道があるのだ。
「王族の例外規定」
ジンさんが呟く。バリーさんがあっと目を見開いた。ピンポーン。
「そう!王族やそれに連なるものはその立場上、戦時などには旗頭になることもあるので、未成年でも重役を課すことができるのです。わたし、人より大分聖魔力が強かったので、体のいい回復要員として、レクター殿下の婚約者にされたんです。それなら未成年でも危険な討伐任務に連れていけますからね」
そして成人し、結婚ができる歳になると、王子の妻としては平民の孤児では相応しくないので婚約破棄をする必要があった。今冷静に考えてみると、ダイド王国にしてみたら、わたしは元から捨てるつもりの回復要員だったのだ。
もしかしたら成人後は別の形で縛って、回復要員としてわたしを確保し続けるつもりだったかもしれない。それが、なんとか令嬢とレクター殿下の暴走で、私を追放せざるをえなくなった。だから先が読めないって言われるんだ、あのアホ殿下は。
わたしが説明している間、ギリギリギリギリと変な音がしていた。なんだろうと音の出所を探すと、ジンさんが拳を握り締める音だった。うわぁ、血が出てる。
「シーナちゃんを5年もそんな目に!許せん」
「あぁぁぁ。ジンさん血が出てるよ!」
わたしは慌てて聖魔法を発動させる。フワリと優しい光がジンさんの手を包み、傷を癒した。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、怪我はダメ!」
「すまん…」
バツの悪い顔でジンさんが謝る。あまりにシュンとしているので笑えた。
「無詠唱でこの威力。なるほど、納得です」
バリーさんの言葉にちょっとヒヤリとする。無詠唱なのは前世を思いだしてからですよ。詠唱?なにそれ、小っ恥ずかしいっ!って思ったら出来る様になったよ。コツは羞恥心なり。
「しかし、なんで報酬なしなんじゃ?働いておったんだろう?」
おじいちゃんが商人らしい観点で聞いてくる。いい質問ですねー。
「殿下も報酬なかったからかな?でもレクター殿下は、グラス森討伐の任務を終えたら、陛下から領地を賜る約束してたからなー。わたしも殿下といずれは結婚するから、報酬なんて必要ないと思ってた。衣食住はグラス森でも与えられてたし」
「いや、与えられておらんじゃろ。栄養不足で成長が足りておらんし、服はボロだし。親のない子でももう少しマシな格好しとるぞ」
ええー!衝撃の事実。ボロなりに大事に繕って着てたのに。なかなかの言われようなんですけど。あの服、5年間お世話になってきた、わたしの相棒なんだよ?
「しかも休みなしってなんじゃ?普通は7日に1日は雇い人に休みを与えねばならんのじゃ。シーナちゃんはその休みもなかったってことか?10歳から5年も?こんな小さい子にか?」
おじいちゃんも珍しく怒ってる。怒ると怖い。さすが元大商人。
「シーナ様は食事だって満足になさっていませんでした。毎日芋と薄い野菜スープで、たまのお肉も兵士優先で!レクター殿下は毎日豪華なバランスの良い食事を召し上がっていたのに!」
「え?そうなの?みんな野菜スープと芋じゃなかったの?前線では兵士優先だから、上の者の食事はこんなもんだって聞いてたよ?」
「シーナ様の食事は最下級の兵士達と同じ物でした。いえ、お肉がなく、食事も回復優先で摂れないことがあったのを考えるとそれ以下です。上位の兵士だったら、もっと良いもの食べていましたよ!シーナ様にもキチンとお食事を与えて頂けるようお願いしたのに、子どもには必要ないの一点張りで!」
キリは涙目で悔しそうに言う。キリは自分のお肉もわたしにくれたんだよ。半分こしたよね、ありがとう、キリ。
うわーお。しかし衝撃の事実第2弾。マジかー。本当に名前だけの婚約者だったんだ。搾取要員。捨て駒。利用するだけのどうでもいい子。
力が抜けて椅子に沈み込んだ。あまり数はなかったけど、マナーの本とか他国のことが書かれた本を一生懸命読んで、レクター殿下のそばに居ても恥ずかしくないように勉強してたよ。無駄だったー。本当に無駄だった。
悔しくて泣けてきた。わたし結構頑張ってたよね?なのになんだよ、もー。
ジンさんがひょいとわたしを抱き上げて、きゅうっと抱きしめた。
「シーナちゃんはいい子だ。誰よりも頑張り屋で、優しくて、可愛い。俺の一番大事な子だ」
優しい声に、わたしは余計にボロボロ泣いてしまった。ジンさんに抱きついてしゃくりを上げる。うえーん、ジンさんいい人ー。
「これからは絶対に、危ないことなんてさせない。沢山楽しいことしような。可愛い服買って、美味しいもの食べて、色んなところ見て回ろう。俺が連れてってやるからな?」
うんうん、買い物して、美味しいもの食べて、観光するー、ってあれ?今日したな。全部したじゃん!
がばっとジンさんの胸から顔を上げ、わたしは叫んだ。
「それやった、今日全部やった!キリといっぱい買い物して、美味しいもの食べて、観光もした!キリが全部調べて連れてってくれたの!ありがとう!キリー!大好き!」
わたしはジンさんの腕から抜け出して、キリに抱きついた。やっぱりキリが一番大好きだー!
キリは可愛く照れてわたしを抱きしめてくれたよ。うふぅ、柔らかくて気持ちいい。
「シーナさん…」
バリーさんが居た堪れない顔で後ろを指差す。
ジンさんがこの世の終わりみたいな顔してたけど、わたしはキリが大好きだからしょうがない。この順位は譲れないのだ!
誤字脱字報告ありがとうございます。
大変助かります。
同時進行でもう一つ長編を書いています。
もし宜しければご覧ください。