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82 キリの出奔

更新が滞っていてもうしわけありません。

年度末は本業が忙しく……。

毎週は厳しそうです。

 平伏し続けるキリを説得して、とりあえず、わたしの部屋に戻った。寒いからね。春は間近とはいえ、朝晩は冷え込むんだよ。

 

 バリーさんが温かいお茶を淹れてくれた。珍しく動揺していたのか、蒸らしすぎてチョッピリ渋めのお茶だったけど、美味しいから問題はない。目も覚めるしね。

 ちなみにジンさんは当然の様にピッタリと、わたしの横に座っている。こちらも動揺しているのか、顔が青い。いつもは入れない砂糖をドバドバとカップに入れていたけど、大丈夫かな?あんなに入れたら溶けないんじゃない?


「えぇっと、キリ?……どこに行こうとしてたのか聞いてもいい?」


 テーブルの隅で俯き小さくなっていたキリの肩が、ビクッと跳ねた。それを見ただけで「ああああ、いーよいーよ、何も言わなくていいからぁ」と慰めたくなるのをグッと我慢する。


「あのね、わたし、怒ってないよ!だって、キリがどこに行こうと、それはキリの自由なんだから!キリとは雇用契約を結んだけど、いつでも辞める権利はあるんだからね?」


 最近、キリの給料と福利厚生をキチンと形にするために、雇用契約書を交わしたのだ。ちゃんと月の給与もお休みも決めたんだよ。そこには辞める時の条件だってちゃんと盛り込んだ。辞める日の何日前には雇い主に申し出る事とか、退職金の事とかさ。キリは辞める事はあり得ないから、必要ないって言ってたけど。


 笑いながら、そんな話をしていたのを思い出して、わたしはキュウッと胸が痛んだ。

 どんな理由があるのか分からないし、どうして相談してくれなかったのか分からないけど。でもそんな事どうでもいい。侍女兼護衛を辞めたいなら、それでもいい。それでもいいから。


「キリ……。黙っていなくならないで」


 例えばさ、キリが遠くにお嫁に行っちゃったとしても、どこにいるか、誰といるか、幸せなのかはちゃんと把握しておきたいんだよ。キリはわたしの大事な従者で、それ以上に、わたしの大事な家族だもの。何か困ってたり危ない目に遭ったりしてたら、全力で助けに行きたいんだよ。


「……行き先を教えてくれないなら、わたし、付いて行くから。キリが嫌がっても、絶対づいでいぐがらあぁ」


 最後はみっともない涙声になりながら、わたしはキリに縋った。ジンさんに束縛だのなんだのって、文句言えないや。わたしも立派なストーカーだよ。でも、何も分からないまま、キリとお別れなんて、嫌なんだヨォ。


 キリはバネでも入っていたのかと思うぐらいの勢いでビョンッと飛んで、わたしの傍に着地した。キリも涙声で、わたしを抱き締めてくれた。


「シーナ様、申し訳ありません。私が、私が、浅慮でしたっ……!」


 キリが泣いてる。違うよぅ、ごめんね、キリ。わたしが不甲斐ない主人なばっかりにぃ。

 もっとどどーんとしている立派な主人なら、キリだって安心して何でも話してくれるだろうにぃ。


 おいおい抱き合って泣き合うわたしたちに、ジンさんもバリーさんも声を掛けずにいてくれた。


◇◇◇


 びゃーびゃーと泣いて、顔も目もパンパンに腫れ、鼻も詰まって酷い事になっていたけど、とりあえず落ち着いたわたしたち。ジンさんとバリーさんがわたしとキリの目を冷やしたり、鼻をかませてくれたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれました。いつもすまないねぇ。


 そうしてぽつりぽつり。キリは語ってくれたのだが。その話を聞いて、わたしは自分をぶん殴りたくなった。


「私の育った孤児院から、便りが届きました……。私の事を探っている者がいると」


 キリが育った孤児院の、おばあちゃん先生からキリへ。定期的に手紙をやり取りしているのは知っていた。だけど、ああ、どうして思いつかなかったのか。おばあちゃん先生のいる孤児院は、ダイド王国にあるのだ。魔物の被害が大きくなっている、ダイド王国に。それだけでも、キリの心配は大きかっただろう。


「院長先生へ、私の身上を確認にきた輩がいるらしいのです」


 キリは、グラス森討伐隊に所属していた頃、誰にも出身地について、詳しく語らなかったという。孤児であることは報告していたが、どこの孤児院で育ったなどは話さなかった。討伐隊に入る時に詳しい出身地は聞かれなかったし、わたし以外に親しくしている人は誰もいなかったから、キリの身元を詳しく知る人など誰もいない。


「私が孤児院に在籍していたかなどを確認していたらしく。院長先生は何も話さなかったそうですが、その輩は、子どもたちにも質問をしていたそうで……」


 キリが孤児院を出て何年か経っていたけど、定期的に帰っていたし、キリの事を知る子も、何人かはまだ孤児院にいたので、子どもたちからキリの情報がその不審な輩に漏れてしまったかもしれないと、おばあちゃん先生は注意を促してくれたらしい。

 ダイド王国も魔物の被害が増えて来ていて大変な時に、おばあちゃん先生に余計な心労を掛けてしまい、キリは申し訳なく思ったそうだ。


「なんとなく、それ以降も監視されているような気がすると院長先生は仰っていて。それが本当ならば、放置はしておけないと思い……」


 ダイド王国に行って、敵を殲滅しようと、決意したのだそうだ。


 さらりと言われたので聞き流しそうになったが、おーい、殲滅って。キリさん。なんて思い切りのいい方向に舵を切ったのかしら。ウチの子、過激だわー。


 キリは自分の問題にわたしを巻き込んではいけないと、こっそりダイド王国に行くつもりだったそうだ。そしてついでにグラス森に行き、魔物を間引きして、わたしの討伐負担を減らそうと思ったらしい。


 ついでがデカすぎる気がするが、ウチの子だもんね。強すぎるが故に、無謀と言い切れないのが辛い。わたしたちがグラス森に行くまで、元気に魔物を間引きしているキリの様子が、ありありと想像できちゃうわ。有能すぎるのも困りものだ。


 しょんぼりと小さくなって頭を垂れるキリ。でもそんなキリを見て、ほっと安堵してしまった。

 キリに嫌われていたわけじゃなくて、良かった。好きな人が出来て、駆け落ちとかじゃなくて、良かった。でも。


「キリ」


 なるべく怖い声に聞こえる様に、わたしはキリに声を掛ける。

 ビクッと、キリの肩が震えたけど。心を鬼にして、キリを叱る。


「いつも言っているでしょ。報告、連絡、相談は大事だって」


 円滑なコミュニケーションの為に、前世でも今世でもこれは必須ですよ。


「それに。プライベートだろうが何だろうが、相談をしてくれないのは悲しい。想像してみてよ。もしわたしがキリに迷惑を掛けたくないからって、何も言わずにいなくなって、一人で厄介事を全部片付けていたら、どんな気持ちになる?」


「シーナ様に信頼していただけないなど、侍女としても護衛としても失格です。この命で贖います」


 真剣に返されたキリの言葉。重い。そしてそんなに簡単に、命で贖っちゃダメ、絶対。


「キリさん」


 黙っていたジンさんが、口を開く。


「君のした事は、間違いなく悪手だ。私事だからと、主人に何も報告せずに片付けたかった気持ちも分かるが。それがどんな結果を齎すのか、考えるべきだ。君も分かっているだろう。今のダイド王国とマリタ王国の微妙な関係の中、シーナちゃんの第一の従者が下手な動きをとれば、状況を悪化させかねない」


 珍しくジンさんは怒っているようだった。声がピリピリしているし、氷の王子モードの顔つきだ。こんな表情でキリを見るジンさんは、初めてだ。

 でもキリはぐむっと不満そうな顔をしていて、あれは全然、納得していないな。キリの事だから、もし問題になったら、自分を切り捨てればいいとか思っていそう。むー。わたしは絶対、捨てませんからね。


 ジンさんもキリが納得していないことに気づいたのか、じとりとキリを睨んだ。


「それに何より。君はシーナちゃんを分かっていない。もし君がバレずに出奔していたら、シーナちゃんは絶対に暴走していたぞ。単身でダイド王国やグラス森に突入していたかもしれん。君は暴走するシーナちゃんを、俺たちが止められると思うのか」


「……っ!」


 キリが愕然とした後、真っ青な顔で震えだした。ガバッと頭を下げ、小さな声で「申し訳ありません」と謝っている。

 

 ……キリが分かってくれたのはいいんだけど。

 わたしの暴走について、誰も否定しなかったことに、地味に傷ついた。

 確かに、キリが居なくなったことに気づかなくて、その上、誰も行先を知らないという状況になったら。何が何でも、探しに行っただろうなぁ。誰が止めたって、絶対に聞かないだろうという自信があるよ。ははは。


「それにシーナちゃん。報告、連絡、相談は大事だと言っていたが。キリさんを追いかける前に、俺に相談してくれてもいいだろう?どうして何も言わずに出ていこうとしたんだ」


 氷の王子モードのまま、ジンさんに注意されました。その顔止めて。怖いから。

 確かに、わたしも慌てていたので、誰にも報告連絡相談せずに、キリに付いていこうとしたわけですが。だがしかし。わたしにだって言い分はある。


「だってジンさん。わたしが離れようとしたら、何も言わなくても飛んでくるじゃない」


 逃げ出そうと()()()()()で発動するジンさんの野生の勘。どこに報告の必要があるのかね。

 うんうんと鑑定魔法さんが頷いている。ほら。ジンさんが大好きな鑑定魔法さんもそう言っているよ。


「だ、だけど、俺は!シーナちゃんに頼りにされたいんだ!」


「……信頼しているよ?ジンさんなら何も言わなくても、追いかけて来てくれるって分かっていたもん」


 そうじゃなくて!と頭を抱えるジンさん。何がいけないのだろうか。結果的には同じではないのかね。


 ぶつぶつと俺はそんなに頼りないのかと、何やら苦悩しているジンさんはさておき。

 主人の傍らで、ジンさん以上に倒れそうなほど真っ青な顔のバリーさんが気になります。どうしたのでしょうか。


「……それ、俺です」


 絞り出すような声で、バリーさんはそう言ったのだけど。それって、どれだ。


「俺です。俺が部下に指示をして。キリさんの孤児院にキリさんの事を確認に行ったのは。俺の部下です」


「ん?」


「院長は、何も話してくれませんでしたが。孤児院の子たちの話から、キリさんが育った孤児院に間違いないと。だから、その不審者は、俺の部下で……」


「は?」


 え。何?どういう事?バリーさんの部下が、キリの育った孤児院を調べていたってこと?


「キリさんの弱みになりかねない孤児院を保護していた方がいいと考えて。すいません。報告もせずに勝手な事をして。挙句に、こんな騒ぎに。孤児院やキリさんにも、心配をかけてしまって」


 紙みたいな白い顔で報告するバリーさん。

 なるほど。孤児院に様子を探りに来たのは、バリーさんの部下さんで。あくまでも、孤児院の保護のためだったのだけど。おばぁちゃん先生は見知らぬ人からキリの事を聞かれ、不審に思い、キリに手紙を送って。手紙を読んだキリは、孤児院の皆を守るため、敵を殲滅するためにダイド王国へ。


「って。危ない。バリーさんの部下さん、キリに殲滅されるところだったよ?」

 

 その部下さん、キリより強いの?って聞いたら、首を横に振っていました。そうだよね、凶悪な魔物も一人で狩れちゃうキリに勝てる人なんて、わたしぐらいだと思うの。


 それにしてもバリーさん、どうしてキリに何も言わず、孤児院を調べたのさ。

 一言、報告してくれていれば、キリも勘違いせずに、一人でダイド王国に行こうだなんて、思わなかっただろうに。


「孤児院を守る手配をすべて整えてから、キリさんに報告するつもりでした。でもまさか、院長に疑われているなんて。俺の部下、結構、優秀なんです。これまで調査対象に不審に思われることなんて一度もなくて。自然に調査対象の情報を引き出すのが得意な奴ですから」


 部下さん。人畜無害な顔で、世間話をしながら情報引き出すのがすごく上手い人なんだって。ついうっかり、口を滑らせちゃったって方向にもっていくのが得意なんだと。世の中には、色々な特技があるんだね。


「……院長先生は、今は市井で暮らしていらっしゃいますが、以前は貴族のご令嬢の家庭教師をなさっていて、多分、高貴な家柄の出身だと思います。平民とは思えない程、色々な事に長けていらっしゃいましたから」


 キリのマナーや所作は、どこかの貴族のお嬢様といっても違和感はないぐらい、見事なものだ。孤児院の子たちは、院長先生からとても厳しくしつけられたのだと言ってたっけ。


「ああ、なるほど……」


 高位の貴族ともなると、裏の裏まで読むのが普通だ。当たり障りない会話の中でキリの情報を探ろうとしたことも、おばあちゃん先生には、見抜かれてしまったのだろう。


「ですが。バリー様。どうして孤児院の事を守ってくださろうとしたのです?バリー様には、なんの関係もない事ではありませんか」


 キリの疑問に、バリーさんは小さく息を呑んだ。茶色の瞳が、どこか痛そうに揺らぐ。


「……貴女に関する事で、俺に関係のない事なんて、何一つありませんよ」


 きゅっと、感情を押し込める様にして一度、目を瞑り。バリーさんはキリをじっと見据えた。


「それに()()は。俺たちにとっては、必要な事なんです」


 


  

  

 

  

  



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