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80 キリの一日

このお話は間話ではありません。

 朝は日が昇る前に、自然と目が覚める。元々眠りは浅い方だが、いつも同じ時間なのは、それが習性となっているからだろう。

 鍛錬を終え、王宮内を軽く見回った後は、侍女服に着替えて朝の準備を行う。盥に貯めた水を火魔法で温め、適温にした後、柔らかな白布と共にシーナ様のお部屋に運んだ。

 

 ドアを静かにノックして、返事が無くても部屋に入る。シーナ様はまだぐっすり眠られていた。最近はちょっとした物音に飛び起きる事はなくなっていた。シーナ様も漸く寝床で熟睡できるようになっていた。午睡の時間や転寝の時間が減り、安堵していた。


「シーナ様。おはようございます」


「ううーん」


 お声を掛けると、寝台から呻くような声が聞こえ、むくりとシーナ様が起き上がった。髪があちこちに跳ね、目はまだほんの薄開きだが、どうにか起きていらっしゃるようだ。


「おはよう……、キリ」


「体調はいかがでしょうか」


 そう聞きながら、シーナ様の表情を具に観察する。シーナ様は体調が悪くてもなかなかそう仰らないので、ここはしっかりと顔色や表情を確認しなくてはならない。休んでいると気が収まらないのと言って、無理をなさるので、要注意なのだ。


「大丈夫だよー。元気」


 いつも通りのお言葉だ。そして、観察の結果もシーナ様のお言葉通りだった。顔色も表情も問題なさそうだった。


「それではご準備を」


 微笑んで、私はシーナ様の身支度を整えた。



「シーナちゃん。今日も元気そうだ。可愛いな」


 シーナ様を部屋まで迎えに来たジンクレット殿下が、嬉しそうにシーナ様を抱擁する。シーナ様は擽ったそうな顔をしてそれを受け入れ、二人はすぐに離れた。ジンクレット殿下がエスコートの為に腕を差し出せば、自然にシーナ様が寄り添う。

 婚約者としては許容される範囲内での接触。王妃様をはじめとする皆様の教育的指導が功を奏して、ジンクレット殿下は漸く、漸く女性との適切な距離を習得なさったようだ。初めの頃と比べれば、その差は歴然。抱き付いたり頬ずりしたりという突飛な行動は減っている。

 本当に大変だった。ジンクレット殿下を止めるために、なんど剣の束に手を伸ばしたことか。シーナ様への愛情が深いのは喜ばしい事だが、周囲が全く目に入っていない過激なものは、許容しがたい。全く。シーナ様の寛大さに頭が下がる。よくあの鬱陶しいほどの愛情表現に、耐えられたなと。


「おはようございます、キリさん」


 ジンクレット殿下の側近のバリー様に、にこやかに声を掛けられた。バリー様もお忙しいだろうに、お食事の度に、大体はお側に付き添っている。ジンクレット殿下とシーナ様がお食事の間、私もバリー様と仕事の打ち合わせが出来るので、有難いのだが。


「昨日はジュッシュ宰相補佐官にお会いしたようですが……。何か変わったことはありませんでしたか?」


 バリー様に妙に迫力のある目で問いかけられたが、私は首を傾げる。


「昨日はシーナ様に頼まれた書類をお届けしただけですが。変わった事とは?」


「それは……、好きだとか可愛いとかデートしようとか、軽薄に口説いてきたりしてませんか?」


 気まずそうに目を逸らされ、バリー様が小さな声でもごもごと仰る。


「軽薄に、ですか……。それはないです。大変、真面目な方ですので」


「ですよねっ!仕事でお会いしているだけですもんね!口説かれたりしませんよね!」


「……あの方はお会いする度に『結婚して欲しい』と仰いますが、結婚するにあたっての私の身分や結婚後の生活、家族計画までご説明頂くので、軽薄なお気持ちではないかと」


「はぁっ?あんの、陰険エロ眼鏡め!キリさんに毎回、そんな事言ってるんですか?キリさん!会う度にプロポーズする様な男は、内容が真面目だろうと軽薄の塊ですよっ!絶対に信用してはいけませんよ!」


「……はぁ」


「キリさんに相応しいのは俺だけだというのに。ああ、キリさん!誰かに貴女を奪われたりしたら、俺は正気を保っていられない。今すぐにでも女神様の下で誓いを立てて、結婚しましょう!」


 なるほど。軽々しく求婚する様な男は信用してはいけないらしい。

 じっとバリー様を見つめていたら、バリー様はハッと気づいたようで、激しく首を振った。


「ち、違います!違うんです、キリさん!俺はあんな陰険エロ眼鏡とは違います!俺は本気で、真摯に貴女を想っているのです!貴女と添い遂げたいと……」


「バリー。朝っぱらから煩いぞ。よくそんな恥ずかしい口説き文句をこんな場所で言えるもんだな」


「あーなーたーにーは、一番っ!言われたくないですねっ!所かまわずシーナ様に甘い言葉を垂れ流してウザがられている貴方には!って、ジン様煩いですよ!俺、今、崖っぷちなんですから!黙っててください」


「崖っぷちというか、もう真っ逆さまに落ちているだろう」


「……っ!まだ!踏み止まっている筈です!」


 ぎゃあぎゃあと言い争うお二人を残して食堂に移動されるシーナ様にお供するまでが、朝の一連の流れだ。


 ◇◇◇


 昼はシーナ様のスケジュールによって、私の仕事も変わる。

 シーナ様が王子妃のお勉強の時間ならば、私はその間、一人で鍛錬したり騎士団の鍛錬に参加したりする。

 事業関連のお仕事の場合は、バリー様と共に補佐として側に控える。

 今日はシーナ様はマナーの授業の予定だったため、第一騎士団の鍛錬に参加することになった。


「それまで!」

 

 ピタリ、と相手の喉元に剣を付き付けると同時に、審判の制止の声がかかる。ふうぅっと息を吐いて剣を収めると、相手もほっと身体から力を抜いた。


「悔しいな、また負けた」


「今回はギリギリでした。あの様に剣を躱されるとは思いませんでした。もう一歩踏み込んでいたら、負けていたのは私です」


「ふふ。そう言って頂けると、鍛錬した甲斐があるな」


 第一騎士団のレイド副隊長が、嬉し気に頬を染める。私より頭二つ分は高い身長の巨躯だが、レイド副隊長の動きはしなやかで読み難い。この大きな身体が音もなく縦横無尽に動き、剣の一振り一振りがとても重く。まともに打ち合っては力負けするので、彼以上に速く、そして確実に動きを先取りしなくてはならない。今はなんとか勝てているが、このままだといずれは勝てなくなるだろう。私ももっと鍛錬に励まなくては。


「キリ殿。今日は負けたが。だが、いつか貴女に勝てた時は、どうか私の想いを受取って欲しい」


「……レイド副隊長、そのお話は」


 以前にキッパリお断りした筈だ。困惑してレイド副隊長を見上げると、副隊長は真摯にこちらを見つめていた。


「私は、貴女を守れるほどの強さを手に入れられたなら、情けない自分を少しは誇らしく思う事ができそうなのだ」


「そうですか。それでは存分にご自分の情けなさと向き合われたらよろしいでしょう。キリさん、仕事のことで直ちに、早急に、今すぐにお話しないといけない事があります!鍛錬は終わったのですよね、さぁさぁ、執務室に参りましょう」


「バリー様?」


 どこからともなく現れたバリー様が、私の肩を抱き寄せた。どこからいらっしゃったのだろう。全く気配を感じなかった。バリー様は諜報に長けていらっしゃるので、気配を隠すのが上手い。是非ともコツを教えて貰いたいものだ。


「バリー・ダナン」


 レイド副隊長から、怒りを押し込めた様な低い声が漏れる。


「なんですか、リオ・レイド副隊長?」


「キリ殿から離れろ。淑女にみだりに触れるな」


「お断りします。キリさんから言われるならまだしも、貴方の言葉に従う義理はありませんね」


「なんだと!」


 ビリビリと演習場に響く声に、他の騎士たちが何事かと目を向けて来る。ああ、これはいけない。 


「バリー様」


「キリさん、これは俺とレイド副隊長の問題です。貴女といえど、口を出さないで……」


「手をお離しください。レイド副隊長の仰る通りです。女性に対する適切な距離というものがございますでしょう」


 私が努めて冷静な声でそう申し上げると、ビクリとバリー様は震えた。


「キリさん。俺が貴女に触れるのは嫌ですか」


「そういう事ではなくて。ご覧下さい。他の方の注目を集めています。この様にバリー様が私に触れていた事が、万が一にもジンクレット殿下のお耳に入ると、せっかくジンクレット殿下への調教、いえ、教育が上手くいっているのに、振り出しに戻ってしまいます。あの方のことです。『なんだ、みんな人前で触れあっているではないか』などと仰って、シーナ様への接触がまた激しくなりかねません。軽率な行動は慎んでください」


「えぇー、そっち?いや、確かにジン様なら言いそうなことですけど」


 肩に乗っていたバリー様の手を叩き落とし、次にレイド副隊長に視線を移す。


「レイド副隊長。勝ったら気持ちに応えて欲しいと仰るのは、男性側の勝手な意見です。貴方に剣で勝とうが負けようが、私が貴方に好意をもつかどうかとは、別の問題です。そして前にも申し上げましたが、貴方のお気持ちにお応えすることは出来ません」


 騎士や兵士にありがちなのだが、強さに全ての基準におくというのはいかがなものだろうか。何故、私が負けたら、レイド副隊長の気持ちを受けないといけないのか。理解に苦しむ。


「ぐぅっ」


 レイド副隊長が胸を押えて呻いた。しかし、同情する必要はない。何度も同じことを申し上げているのに、『勝ったら気持ちを受取って欲しい』と()()仰る、レイド副隊長の方が悪いのだ。剣の才能には満ち溢れた方なのに、断られると分かっていて、どうして、同じ口説き文句なのだろうか。謎だ。


 演習場で蹲る男二人を残して、私はシーナ様の元へ戻るべく、足早にその場を立ち去った。

 今日は色々と余計なやり取りはあったが、概ね、有意義な鍛錬だった。


◇◇◇


 授業を終えられたシーナ様は、夕食をジンクレット殿下と取られた後は、入浴される。

 最近は他の侍女様から教えてもらい、私もシーナ様のマッサージを務めさせて頂いている。シーナ様から「ううぅ。キリのゴッドハンドォ。ウチの子やっぱりなんでも出来ちゃうぅ。天才ぃ」と言うお褒めの言葉を頂いて、嬉しくなってしまった。


 入浴を終えられたシーナ様、寝支度を整えられると、すぐにお休みになられる。午睡がほとんど必要なくなったが、その分、お休みになるのは早くなったようだ。

 シーナ様が眠られたのを見届け、交代の侍女と護衛に後を任せ、私はいつもの鍛錬の為に軽装に着替え、裏庭に出る。

 いつもの時間まで鍛錬を続け、終わったら風呂で汗を流し、寝床に入る。

 

 それで、私の一日は、終わるのだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] ちゃうねん。勝ったら付き合ってほしいとはちょっとちゃうねん。勝つまでは告白してはならないっていうのが副隊長の男側のあれやねん
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