77 宣言
★追放聖女の勝ち上がりライフ 第一巻 書籍発売中★
更新お待たせしました。遅れました。ごめんなさい。
午後。指定されたお部屋にキリと共に行くと、ロイヤルファミリーが集結していた。なんだか、物々しい雰囲気だ。
「昨日は大変だったな、シーナちゃん」
陛下から労りの声をかけられるが、わたし、寝ぼけていたのであまり覚えていません。賊が入ったぞーぐらいで。ベルの音、うるさかったなぁ。
「あの後、眠ってしまって。侵入者は捕まったんですよね?」
「シーナちゃんが氷魔法でぐるっと囲って捕まえたんだぞ?覚えてないのか?」
ジンさんの言葉に、朧げな記憶を引っ張り出す。あまりハッキリ覚えてないけど、氷魔法は使ったような気はする。
「俺の頬にチュッてしてくれたのも覚えてないのか?」
死にそうな顔で死ぬ程どうでもいい事を言うジンさんに、皆さんの冷たい視線が突き刺さる。
えええ。そんな事したのか、わたし……。何も覚えてない。仕方がないので、わたしはジンさんを華麗にスルーした。後で構ってあげるから、ちょっと待っててね。
「うおっほん!まあ、侵入者達はちゃんと捕まえた。アランが取調べをしてな、彼奴らはダイド王国の者だという事が判明した。グリード家に繋がる者で、シーナちゃんをダイド王国に攫ってくるように命じられたらしい」
グリード家。
久しぶりに聞いた嫌でも覚えている名前に、わたしは肌が粟立つのを感じた。
グラス森討伐隊の副隊長を務め、実質的には、グラス森討伐隊を仕切っていたグリード侯爵。
「グリード副隊長」
薄ら寒いものを感じて、わたしは腕を摩った。殴られ、蹴られ、斬られ、罵倒された記憶が蘇る。
今更、何の用だろう。わたしを無能と罵り、犯罪者にしてまで、グラス森討伐隊から追い出したのに。
「追い出した後で、シーナちゃんの価値に気づいたのか……。ダイド王国のグリード侯爵家。貴族至上主義の典型みたいなヤツだな」
わたしの疑問に答えたのは、アラン殿下の冷たい声だった。キリから侵入者の尋問はアラン殿下が担当していると聞いたけど、侵入者達にちょっと同情した。鬼刑事の尋問。壮絶だったろうな。
「やはり、シーナちゃんがマリタにいる事がばれていたな。ナリスにも協力を頼んで、色々と情報も攪乱していたのだが。まあ。いずれはバレるとは思っていたが……想定より早い。警備を強化していて良かった。あのままシーナちゃんを奪われていたらと思うと、肝が冷えるわ」
陛下の言葉に、わたしはふるりと震えた。
ダイド王国に対する抗えないような気持ちは、シーナの中に根強く残っている。
10歳の頃から痛めつけられ、甘い言葉で懐柔されて育った場所だ。大人で日本人の椎奈が融合されたお陰で、今ははっきりとあの環境がおかしいと理解出来るが、シーナだけのままだったらきっと理解する事は出来なかった。完全に洗脳されていたから。粗末に乱暴に扱われていても、聖女の肩書を与えられ、仕事への責任感を持たされたあの状態ならば、愚かなシーナはあの国から逃げ出す事は出来なかっただろう。
そんな国に、再び捕らえられたら。
正直、逃げられるかどうか分からない。あの頃より、格段に強くなったはずなのに。魔物だって、討伐出来る様になったのに。
わたしの中の小さなシーナが、縮こまって震えて、何も出来なくなってしまうんじゃ無いだろうか。すぐに揺れてしまうわたしは、言われるままに、聖女として働く事を当然だと受け入れてしまうのではないだろうか。
ぐるぐると思考が回るわたしの手が、キュッと繋がれた。見上げると、夏の空色の瞳が、優しくわたしを見ていた。
「大丈夫、シーナちゃん、大丈夫だ」
ジンさんにそう言われて、わたしは瞬いた。
ジンさんの手が温かい。
ただそれだけなのに、知らずに強張っていた全身から力が抜けた。
「俺が側にいる。一緒に考える。だから、大丈夫だ。心配しなくていい」
わたしが何を考えていたのか、どうして分かるのかな。
それでも、ジンさんの言葉で、全身に血が巡る。思考がクリアになる。自分を取り戻せる。
「ありがとう。ジンさん」
感謝を込めてそう呟けば、ジンさんは期待を込めた目を向けて来た。
「うん。後で頬にチュッとしてくれ」
台無しだ。この一言で全部台無しだよ!この人!
「少しは緊張感を持て、ジンクレット。シーナちゃんを狙って、ダイド王国が侵入してきたんだぞ」
呑気なジンさんの様子に、額に青筋を立てるアラン殿下。うん、今日も真面目だ。
「ん?ああ。バリーの調べで、シーナちゃんの事がダイド王国にバレた事は分かっていた。あいつらが、グリード家に連なる者と聞いて、納得した」
「はぁっ?お前、どうして報告しなかったんだよ」
「ウチの国の警備情報を漏らした奴がいるんだ。しばらく前から、こちらの情報が漏れているような兆候があった。だからバリーに調べさせたんだ」
ジンさんの言葉に、ザワリと皆の緊張が高まった。
「誰だ」
陛下の低い声に、わたしは思わずジンさんの腕にしがみつく。ふおぉ、怖いっ。感じた事のない恐ろしい圧を感じて、全身に鳥肌が立った。いつもの気の良いおっちゃんの陛下じゃない。
「ガードック子爵家のラミス。シーナちゃんの事だけではなく、王宮内の情報も、ヤツの知る範囲のものは全て流れていると思った方がいい」
ジンさんの端的な返事に、わたしは心底驚いた。
ええーっ?ラミスさんって、あの性格の悪い元諜報部のラミスさん?王宮内の情報って……。腐っても諜報部所属だった人が持っている情報って、ヤバいやつばっかりじゃないの?
でも、ラミスさんって、諜報部を馘になって、修道院に行ったんじゃなかったっけ?
「ガードック子爵家が密かにラミスを修道院から引き取っていた。あの父親と兄貴はなんだかんだあの馬鹿女に甘いからな。子爵家で監視すると言って引き取ったはいいが、早々にラミスは家を出奔したようだな」
「ガードック子爵家……」
ギリリッとアラン殿下が拳を握る。こっちも怖いよ。額に凄い青筋。
まぁ確かに、温情をかけて貰ったのにこの仕打ちは、怒っても仕方ないよね。
「ラミスとダイド王国はどこで接点があったんだ。あの女は無能過ぎて他国での諜報活動はさせていなかった……ああ、母親の親戚筋にダイド王国の者がいたな」
前回の騒動の時、アラン殿下はラミスさんの事を細部まで調べたらしい。だから家族構成も親族縁者も全て知り尽くしているのだ。
「シーナ殿に冤罪を晴らしてもらったのに、恩を返すどころか国を売るとは……。バリー、ガードック子爵家の関与はどこまで掴めている?少なくとも奥方がダイドとの橋渡しをしているのは間違いないのだろう?」
「まだはっきりとした証拠はありません。ガードック子爵家もラミスの行方を必死に探している動きがあります」
「ふんっ。表向きだけかもしれん。子爵家に連なる者は皆、反逆者の疑いがある。なくても連座だ。温情の余地はないな」
鼻で息を吐いて、アラン殿下はギリリッと目を釣り上げている。
「預けられていた修道院でも、ラミスはシーナ様への逆恨みを繰り返し口にしていたようです。現在はグリード侯爵家の縁戚宅に滞在しているのが確認されています。ガードック子爵家も監視を続けていますが、ラミス以外の者はダイド王国との接点を持っている様子はありません」
バリーさんが真面目な顔で報告をする。いつの間にそんな事調べてたんだろう?いつもあれこれ仕事してて、とっても忙しそうだったのに、ダイド王国まで調べてたの?実はバリーさんって5人ぐらいに分裂出来るんだろうか。
鑑定魔法さんがバリーさんの横に『出来る男』とポップアップを出した。うんうん、鑑定魔法さんも認めてるんだねと感心していたら、『この後キリちゃんとデートで浮かれている』と余計なポップアップが出た。
バリーさん……。キリはこの後、バリーさんの契約の仕事の手伝いをするって言ってたよ。お仕事はデートじゃないと思うけど、バリーさんの中ではデートなんだね。頑張れ。
「実はな。ダイド王国から我が国の大使を通し、内々に救援要請を受けている」
怖い顔で黙っていた陛下が口を開く。その言葉に、皆が呆れ顔になった。助けを求めていながら、なんで他国に侵入するんだ。
陛下がわたしの方を見て、何故か痛ましげな顔をする。その顔に、わたしはどきりと心臓が鳴った。
陛下の表情を見たジンさんが、ちっと舌打ちをして、わたしを抱き寄せた。何かから守るように、しっかりと。
不安が、胸を渦巻く。心臓が、どきどきと鳴った。何。どうしたの。何が。良くない事が、起こっているの?
「救援要請は我が国の大使を通じてであるが、ダイド国王から出たものではない。地方の領主や、まだ良識的な貴族からもたらされたものだ。内部に中心人物がいるようだが、使者はその人物については漏らさなかった。大分位の高い者のようだな」
陛下はそこでためらう様に一旦口を閉じたが、皆を見回して、固い声で続けた。
「使者によると、ダイド王国の王都付近はまだ無事だが、グラス森に近い、いくつかの都市や小さな村などは、……痛ましい事に、魔物により壊滅に追い込まれた所もあるらしい」
壊滅……?
一瞬、頭が真っ白になった。
壊滅したら、そこに住んでいた人たちは、どうなったの?
魔物の襲撃を受けて、なんの力も持たない者が、無事でいられるはずもない。
都市や村が壊滅して。いくつの命が奪われたんだろう。
わたしが……、わたしが、討伐隊を出たから?聖女を辞めたから?だから、死なせてしまったの?
ギュウッとジンさんに抱き締められる。
「違う。シーナちゃんは討伐隊を追い出されたんだ。何一つ悪くない。だが、気にするなと言っても無理だろう。今は自分を責めて泣いてもいい。消えた命を想って泣いてもいい。俺はずっと側にいて、シーナちゃんが泣き止むのを待つ」
青い瞳がジッとわたしを見て、頷いた。
「そしたら前に約束した通り、ダイド王国の支援策を一緒に考えよう」
約束。そうだった。カイラット街の戦いの時。わたしがグラス森討伐隊の事を思い出して落ち込んでいたら。ジンさんが言ってくれたんだった。一緒にダイド王国を支援する策を考えようって。
後悔して自分を責めても、亡くなった人は帰ってこない。
今は自分の罪に浸って、泣いている場合じゃない。今、出来る事を、しなくちゃ。
溢れてしまった涙をゴシゴシと乱暴に拭いて、わたしはジンさんから離れた。
「陛下。お願いがあります」
わたしの言葉に、陛下が静かに応じる。
「申してみよ」
「ダイド王国がマリタ王国にした裏切りは、許される事ではないと分かっています。ですがダイド王国の民には、なんの罪もありません。どうか民を救うために、お力をお貸しください」
本当は、こんな願いは、口にすべきではない。わたしの願いは、マリタ王国をも、危険に巻き込む。
だけどわたしは覚えている。聖女になる前の、子どもの頃の事を。
今では朧げだけど、村の小さな広場で友だちと遊んで、畑仕事を手伝って。夜は両親と並んで寝たり。そんなたわいもない小さな思い出達は、小さなシーナの中で、数少ない幸せとして、宝物のように確かに残っている。
そんな小さな幸せは、魔物の襲撃で一瞬で奪われた。
大事な家族に、優しい思い出に、魔物の爪は容赦なく振り下ろされ、家族や友達は呆気なく殺された。
運良くわたしは魔物に殺されずに済んだが、血溜まりの中で息絶えた友だちを、魔物の牙で裂かれた両親を、わたしは恐怖に震えながら、何も出来ずに隠れて見ている事しか出来なかった。
あの時、誰かが、ヒーローみたいに颯爽と現れて、助けてくれたら。そう願わなかった日は無かった。
搾取され続けた聖女時代も、自分の様に非力な人を助ける事が出来るならと、死ぬ気で頑張れた。
今、ダイド王国の民達は、どれほどの恐怖と絶望の中に居るのだろう。あの無慈悲な王や王太子がいる限り、民の安全は絶望的だ。どれほどの犠牲が出るだろう。
わたしは、祈るような気持ちで、陛下を見つめた。
どうか、無辜の民達を、守ってほしい。
その為に、国があるのだと、王がいるのだと、絶望の中にいる民達に知らしめてほしい。
ダイド王国に見捨てられそうな民達を。わたしがあの頃願った、ヒーローの様に、助けて欲しい。
わたしの願いが、マリタ王国を危険に晒す事は分かっている。
でも、わたしも頑張るから。持っている力の全てを使って、頑張るから。どうか。
どうか、民達に救いの手を。
陛下の茶色の瞳がフッと和らいだ。
「国は違えど、聖女の慈悲は等しく民に降り注ぐのだな」
そして感情を切り替える様に、キリリとその声が引き締まった。
「このままダイド王国を見捨てれば、次に魔物の手が伸びるのは、間違いなく我が国である。少しでもダイドに余力がある内に、共に手を取り戦えば、必ずやこの苦境を乗り切れるであろう」
陛下が立ち上がり、お腹にズンと響くような声で、命じた。
「我が国はダイド王国の救援に応える。備えよ」
『はっ』
その場にいた全員の声が揃った。
涙を流すわたしに、陛下の手が優しく触れる。
「娘の願いは格別なものだな。民を想う其方の気持ち、父は嬉しく思う」
陛下の声があんまり優しいから、余計に涙が溢れた。
髪に触れる手つきは、どこかジンさんのそれと似ている。
こんなところも似るなんて親子なんだなと、わたしは何だかおかしくなった。
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