1 聖女の覚醒
「シーナ。君には失望した。君とは婚約を解消させてもらう」
目の前で金髪緑眼の美男子が、なんか言ってる。
カッコイイけどタイプじゃないなー。もうちょっと、ガッシリした人が好み。顔も良すぎて嘘くさい。線が細すぎる。
「シンディア・ルルック侯爵令嬢の殺害未遂の罪状により、国外追放とする。今すぐこのグラス森討伐隊から去れ!私物の持ち出しは認めるが、王国支給の聖女のローブと魔法の杖は返してもらう。これは王国に伝わる聖女の装身具だからな」
美男子の言葉に、周りにいた兵士たちが、着ていたローブと魔法の杖を取り上げた。わたしを取り囲む兵士たちの目には、憎悪に満ちている。秋も深まってきたこの季節、ローブなしだと寒いね。つぎはぎだらけの半袖ワンピース一枚なんですけど。
「さっさと出て行けっ。この罪人がっ!」
吐き捨てるように言ってこちらに背を向けた美男子は、二度と振り返ることはなかった。少し離れたところにいた金髪の美女の腰を抱き、足早に去っていく。金髪美女は去っていく直前にコチラを見て、ニヤリと口元を歪ませていたが、一瞬の後には元の可憐な表情を浮かべていた。いやー、オネーサン、陰険さが隠しきれてないですよ。
「早く出て行けよ、この偽聖女がっ!」
屈強な兵士に、私用の寝床に使っていたテントまで引きずられ、乱暴に突き飛ばされた。その上、足蹴にされる。咄嗟に展開させた身体強化のお陰で全く痛みはなかったが、衝撃で身体が揺れた。くっそー。女性に乱暴な男はモテないぞ。
「シーナ様っ」
わたし付きの侍女、キリが駆け寄ってきて抱き起こしてくれた。突き飛ばした兵士を睨み付ける。
「はっ。穢れた混血と偽聖女か。お似合いだなっ」
そう言った兵士は、グラス森討伐隊の第二小隊長ジェット?ジョット?どっちだったかな。わたしの力で彼の命を救ったこともあったのに。この恩知らずめ。
キリは銀髪、銀の目のスレンダー美女だが、肌の色が褐色だ。この国にはない肌の色は他国の血が混じっている事を示す。閉鎖的なこの国では、他国人は不当に扱われ、混血は自国の血を穢したと侮蔑の対象だ。キリもこのグラス森討伐隊の中で不当に扱われていた。
わたし付きの侍女となって、扱いは少しはマシになったが、わたしが偽聖女となってしまったのでまた元の扱いに戻るだろうな。それどころか、偽聖女に仕えてたって、余計に嫌な扱いをされるかもしれない。子どもみたいな言いがかりだけど、アイツらなら言いかねん。わたしは良いけど、キリが不当に扱われるのは困るなぁ。
「キリ、大丈夫だから」
わたしは起き上がり自分のテントに入った。キリも慌ててついてくる。
ペタリと寝床になってる布団に座り込み、ボンヤリとテントを見上げる。他の兵士と変わりない小さなテントで、雨風を防ぐだけだ。乙女心を擽るようなモノは何もない。殺風景でボロボロ。
わたしは頭を抱えた。
あー、婚約破棄かぁ。殺害未遂って、なんとか侯爵令嬢の様子を見る感じ、自作自演じゃないかなぁ。なんとか侯爵令嬢が崖から突き落とされそうになって、わたしにアリバイがないってだけで犯人ってお粗末すぎないか?崖の上って2時間サスペンスかよ。謎解き過程が穴だらけだけど。
2時間サスペンス、そう、2時間サスペンスだよ。
さっき王子から婚約破棄って言われた瞬間、突然色んな記憶が頭に蘇ってきた。わたし、日本人だよね、25歳だよね。でもシーナとして15年生きた記憶もしっかりある。15歳といえば、ようやく成人年齢に達したところだ。日本年齢を足すと40歳。不惑の年か。いや、惑いっぱなしじゃん。いや、落ち着け、どーでもいいこと考えている場合じゃない。
整理しよう。わたしはシーナ。15歳。ダイド王国の小さな村で生まれ育つが10歳の時、村が魔物の群れに襲われ、両親が亡くなり少し大きな街の教会に引き取られる。そこで回復系の魔力が高い事が発覚。希少な聖魔法の遣い手でもあり、しかも威力が規格外らしいのでダイド王国の聖女として認定され、第三王子のレクター・ダイドの婚約者となる。以来5年間、グラス森討伐隊で聖女として最前線で働き続けてきた。
それなのに濡れ衣を着せられ、いきなり婚約破棄された。凶悪な魔物が跋扈するグラス森に身一つで放り出されそう。以上、15年の人生ダイジェスト終わり。
そして前世の記憶。青木椎奈。名前は前もシーナだったんだな。25歳。平凡に小中高大を卒業。普通に会社員勤めしてた。母の影響で2時間サスペンス好き。再放送、良く見たなー。犯人も、役者さんの顔見ただけで誰か分かるぐらいは見てたよ。
彼氏なし25年。いや、高校生の時一瞬いたな。クラスで人気者、ムードメーカーのリョータくん。何故か向こうからの告白で付き合い始めたものの、その5日後、リョータくんが学年一美人の女の子から告白されてあっさり乗り換えられたので、手しか繋いでないけど、5日間だけ彼氏いた。あれがわたしの唯一のモテ期だった。ちなみにリョータくんはその乗り換えが相手の子にバレて即振られ、学校中に知られて高校生活中ずっと『二股クソ野郎』略して『フタクソ』って呼ばれ、人気者から転落した。正確には二股してないけどさ。
ちなみに、学年一の美人はわたしに謝ってくれた。知らなかったとはいえ、彼女持ちに告白しちゃってごめんなさいって泣きながら。あの子は中身もいい子だったよ、モテるはずだ。
しかし椎奈はいつシーナになったんだろう。これって転生ってやつだよね?椎奈は死んだのかしら?全然覚えてないわー。25歳までの記憶しかないから、25で何かあったのか?
一部欠けてはいるけれど、椎奈の記憶が蘇り、シーナの記憶と融合した。最初は色々混乱してたけど、すぐに落ち着いて、そして理解する。
ちょっ!わたしダイド王国に搾取されてるー!聖女って、超、超、超、超ブラックじゃん!
この国の成人は15歳。わたし10歳から戦場の最前線で勤務。子どもを劣悪環境で働かすな!王国共通法違反だぞ!
しかも10歳からずーっとグラス森から出てない。隊長の第三王子は公務とか言って頻繁に、え?また?ってぐらい王都に戻ってたし、兵士たちはちゃんと数日に一度は休みあり、長期休暇ありでその時は交代で里帰りしてた。でも聖女は代えがないからか、この5年間、1日も休みなし。わたしの魔力量は規格外らしいから、他の魔術士さん達が2日戦って1日休みなのに!休みなし!
労働基準法ってないの?1日8時間、週休2日ぐらい保証しろよ!
おまけに衣食住を国から支給してるから給金なし。タダ働きだよ!ビックリだよ。シーナ、よく我慢できたな。椎奈は我慢できませーん!どっちもわたしだけど!
なんで我慢できたのか。給金をもらってもグラス森に365日(?なのか?この世界?)勤務だから使うことないから、疑問に思わなかったのか。10歳からこの生活で、これが普通だと思ってたんだろうなー。孤児院育ちのキリだって、もうちょっとマシな生活してたよ。ちゃんと働いた分は給金もらってるよ!気づこうよ、シーナぁ。キリはわたしに付き合って、休みなしで働いていたよ。主人がバカで巻き込んでるよ。ゴメン、キリぃ。
その挙げ句、3ヶ月前に聖女の力に目覚めたなんとか侯爵令嬢が、国の聖女公認を受けて、グラス森討伐隊にやってきた。これがまた清楚系儚げ美女(でもお胸が豊か)だったから兵士のみんなの士気が上がる上がる。レクター殿下の幼馴染みで、二人並ぶと絵画のよう。
なんとか侯爵令嬢は幼馴染のレクター殿下が好きだったんだって。その健気で一途な恋に、兵士さん達メロメロ。その頃からわたしに対する風当たりが変わってきた。
それまでは妹分みたいに可愛がって(でもコキ使われていた)くれてた兵士の皆さんから、明らかな邪魔者扱い。お前じゃなくてなんとか侯爵令嬢の癒しの方が治りがいいとか、お前の癒しで後遺症が残ったとかなんとか。言いがかりレベルだったけど、積み重なると次第に真実めいてくるから不思議だ。段々とわたしの聖女の力が弱くなったって言われるようになり、前以上に怒鳴られたり殴られたりすることが増えた。
しかも、なんとか侯爵令嬢が来た分、聖女の仕事減るかなーと期待してたら、侯爵令嬢のやつ、3ヶ月の間で6回も王都に戻ったよ。戻ったらしばらく帰ってこないから、実質グラス森にいたのって数日?私の仕事、へーらーなーいー。聖女の仕事、舐めてんのか。
そうした中でのなんとか侯爵令嬢殺害未遂(?)事件。
レクター殿下は侯爵令嬢のお付きが大騒ぎするのを聞き、事情を聞くや否や、わたしに婚約破棄を突きつけた。おまけに死刑宣告に等しい、追放宣言ですよ。
わたしへの事情聴取なし。弁明の機会なし。弁護士を付けろと要求したい。ついでに児童虐待と過重労働と給金未払いについて訴えたい。
レクター殿下。良い人だと思ってたんだけどね。聖女の力が弱くなったと言われるわたしを慰め、婚約者らしく、一応は優しくしてくれてた。裏ではなんとか侯爵令嬢とずっとイチャイチャしてたけど。二股優柔不断男。前世のリョータ君といい、わたし、二股される運命なんだろうか。本命出来たらすぐ捨てられる2番手のっ!
しかも、あっさりなんとか侯爵令嬢の言うことを信じて、わたしが犯人だって疑わないんだもんなー。侯爵令嬢がわたしから嫌がらせをされてたって訴えたから、即有罪確定。侯爵令嬢が、嘘をつくはずないってよ。3ヶ月で数日しか会ってない人に、しかもお付きやら取り巻きやらが常に沢山いるのに、どうやって嫌がらせするんだよ。馬鹿だなー、気づけよ、嘘に。国の中枢を担う人間がこんなに馬鹿で務まるのかな。すぐに他国から侵略されそう。
昔は『まだ君は幼いが、君だけを愛し、大事にすると誓う。私とともに国を支えていこう』とか殿下に言われてトキメイてたよー。いつかあの人のお嫁さんに、とか思ってたわたしを殴りたい。あんな馬鹿に惚れるなんて、黒歴史じゃん。
あんまり長いことボンヤリしてたもんだから、ずっと側にいたキリから声を掛けられるまで、気づかなかったよ。テントの外から、私を呼ぶ怒声が聞こえる。やべぇ、結構時間が経ってた。
わたしはテント内の私物をずた袋に入れると、外に出た。私物ってボロボロの服一枚しかなかった。わー、身軽。お引越し楽チン。
外には、ダース副隊長が待っていた。わたしより頭3つ分大きい彼は、わたしを冷たい目で見下ろしている。この人にもよく殴られたなー。平民嫌いなんだよ、この人。貴族至上主義。女でも子どもでも容赦なしにフルスイングで殴りやがって。でもさー、聖女だから骨を折られても自分で回復できるから便利。即完治してやったわ、フハハハハ。
王族のレクター殿下がグラス森の討伐隊長を勤めているが、実質的に隊を取り仕切るのはこのダース副隊長だ。風魔法の遣い手でべらぼうに強い。多分隊で一番強いね。差別主義でサディストという性格は最悪だけどね。
「最後の慈悲だ」
ダース副隊長はわたしに紙袋を押し付けた。中には数日分の食料と水。5年間無償奉仕をさせといて、餞別がこれか、この搾取大国が。
わたしは黙ってダース副隊長に背を向ける。さっさとこんな所、サヨナラするに限る。
「待て、侍女、お前も付いていくのか?」
あら?わたしの後を当然のようにキリが付いてくる。いやいや、キリさん。わたし追放されるんだから、ついてきちゃダメよー。外は魔物がウヨウヨしてて危ないよ?待遇は最悪だけど、隊に居た方が命の危険は少ないよ?
「私の命はシーナ様に救っていただいたもの。その命を、シーナ様に捧げるのは当然のこと。私は皆様方のように、恩知らずの恥知らずとは違います。傭兵として王国と交わした契約の雇用期間も切れていますし、問題はありません」
キッパリとキリが言い、こちらを見ている兵士たちを睨みつける。そういえば聖魔法で死にかけたキリを助けたことあったね。この5年、沢山の死にかけた兵士たちを助けてきたから忘れてたよ。気にしなくていいのに。
睨まれた兵士たちはキリに言われたことに思い当たったのか、目を逸らしている。大丈夫、わたし、隊長のレクター殿下の命を助けたことあるけど、ヤツも忘れてるから気にしなくて良いよ。隊長が出来ないことを兵士が出来るはずないよね。ほほほ。
「キリ、隊を離れるなんて自殺行為だよ?」
一応、キリに確認してみた。わたしは聖女。聖魔法は使えても、攻撃魔法はさっぱり、ということになってるからね。今のところ。
「ご存知でしょうが、私は火魔法が得意です。少しは剣技も遣えます。聖女様の御身は、必ずお守りいたします」
キリはずっと一途にわたしに仕えてくれる。なんとか侯爵令嬢殺害未遂事件のときも、微塵も私を疑わなかった。わたしがそんな事するはずがないと、皆に反論する姿はレクター殿下より格好良くてキュンときた。さすが私のキリ。うん、やっぱり連れて行こう。うちの子はわたしが守れば良いし!
一瞬の内にそう判断して、わたしはキリに頷いた。
「じゃ、一緒に行こうか」
キリの顔がぱあっと輝く。おぅ可愛い。わたしが女じゃなかったら惚れちゃうわ。たたたっとキリがわたしに駆け寄り、並んで歩き出す。うん、本当に可愛いね。
「じゃ、どーも、お疲れ様でしたー」
呆然としてるダース副隊長に鼻で笑って、わたしは隊を出た。
今世の人生の1/3もいた場所だったけど、解放感しか感じられなくて、笑いがこみ上げた。