七話 ひ りコ りさん
三葉は険しい顔をして鳥居のマークを指した。藁田も身を乗り出してその記号を見てみる。
「……確かに。鳥居は出入り口や境界線の意味がある。ひとりコックリさんは降霊をしないんだから鳥居はいらないはずよ。なんの為にあるんだろ」
「この鳥居を消しちゃえば大丈夫そうじゃないですか?」
言葉に詰まってこくこくと頷いた。どうして三葉が自分に振るのかわからない。基本的にコミュ症なのだから、発言を求めないでほしい。服の下でダラダラ汗をかきながら藁田はぎゅっと拳を握った。
でも嫌な気分ではなかった。本音でいうと三葉は嫌いな人種だ。かわいくて友だち多そうで、夜中のインスタに謎ポエムを投稿してTikTakで動画アップしてそう。全身からきらきらオーラを出す絶対に近寄りたくないタイプである。
だけど、三葉は自分のことをバカにしなかった。むしろ目線が近い気がする。
「ほら、大丈夫だそうです。次からは鳥居を消しましょう。他にやろうとしてる人がいたら教えてあげてください」
文芸部の生徒ににっこり笑ってみせた三葉。謎の気迫に押されて部員たちは頷いた。こんな事があったら二度とやらないだろうが、代替案を提示するのはいいことだ。下手に危険だと伝えるとおもしろがる人たちがきっといるから。
「あの、藁田先輩、わたしたち呪われてたりとかしませんか? 江古田先輩もあんなことになっちゃったし、不安で」
一年生の女の子が泣きそうな声で話しかける。先ほどの豪快なソルトスプラッシュがいたく逞しく見えたらしい。藁田は困ったように頭をかきながら、ボソボソと小声をだす。
「大丈夫、です。怖いことは起こらない。で、でももし何かあったら、言ってくれれば、その、相談にのりますので」
「本当ですか! ありがとうございます!」
他の部員たちの顔も明るくなった。皆が口々に藁田へ感謝をするものだから尻の座りが悪いったらありゃしない。
それから少ししてその場はお開きになった。
◇
生徒たちは荷物を持って散り散りに帰っていく。
「ごめんなさいイアン、先に帰っててください。ちょっと用事済ませてきます」
「え……待ってちゃダメかな」
三葉のお願いにオロオロとするイアンを情けなく思いながら藁田は文芸部の教室を覗いた。先ほど異常現象が起こったのに、いつもと同じ風景がある。空っぽの部屋に足を踏み入れた。まだほのかにフローラルな匂いがする。
(ひとりコックリさんねぇ)
都市伝説やオカルトが好きなので、新しい話題がでるとすぐにチェックをするのだが、ひとりコックリさんは初めて聞いた。
『ひとりかくれんぼ』という危険な遊びがあることは知っている。これも降霊術のひとつで、ぬいぐるみに憑依させた霊とかくれんぼをするというとんでもないものだ。
ぬいぐるみを始めとする人形は中身がない。綿が入ってるとかそういう問題ではなく、魂がないということだ。
だから中に入りやすい。
目があって口があって、手足がある。人と同じような形をしている以上、吸い寄せられるように中身が入ってしまうのは仕方ないのかもしれない。別に悪いものばかりじゃないから人形を大事にすれば問題ないのだ。
だが『ひとりかくれんぼ』は霊を憑依させようとあの手この手を使うし、それでゲームをするのだから霊にいいようにされて当然なのではと思う。もちろん自分は絶対にしない。藁田は人よりもほんの少し霊感が強くて、見えてしまうから自衛するのは当たり前だ。
コックリさんはどうだろう。
小学生のときに流行った気がするすけど、自分がやったかは思い出せない。
(コックリさんは降霊術って言っても微妙なんだよな。硬貨が動くのは無意識レベルでの指の震えや視線の異動、意図的な可能性もあるから、動いたから霊が来たってのは乱暴だ)
鼻水たらした子ども同士でやれば「こいつ絶対動かしとるやろ」的なやつがいるし、それがあるからコックリさんは面白半分という感じがする。
(もちろん全部がウソだとは思わない。約束を守るのにも意味があるだろうし)
江古田には何が起こったのだろう。
動くどころか離れなくなった十円玉。恐慌状態の生徒。勝手に動き出した机。
仮にあれがトランス状態に入りやすくするための儀式で、江古田がそれに成功したのなら、潜在意識の解放による江古田自身の力と言えなくもない。例えば超能力のひとつであるサイコキネシスをあの場で開花させてしまい、机もろもろは彼女の念動力で引き起こしたと乱暴ながらも説明できる。
(……あ、やば。塩が散らかってる)
机にぶちまけた残骸に気付いてしまった。さすがに申し訳ないので掃除用具箱から箒とちりとりを取りだす。机と床に散らばった塩をかき集めていると、床の上にきらりと光るものを見つけた。あの十円玉だった。おそらくあの騒動で床に放り出されたのだろう。
視線が吸い寄せられた。
とたんに心臓がバクバクと激しく鳴りだす。
しばらく悩んで、手を伸ばした。
藁田が十円玉を手に取ると同時に「触っちゃダメです!」と誰かが叫んだ。




