四話 ひとりコックリさん
続きはじめました。
二年A組にはとある女の子がいる。
名前を藁田みよ。いわゆる陰キャと呼ばれるタイプで、下校で混み合う廊下を避けるために教室でしばらく時間を潰していた。うるさいのも慣れ合うのも苦手。孤高のオオカミ万歳。ひとりでいることになんの不自由もなく、むしろ陽キャだパリピだのは迷惑千万であると内心バカにしている有り様。もちろん『内心』なので決して表にはださない。
「ねえ、藁田さんって人、まだいる?」
いちだんと大きな声に藁田はびくりとして顔をあげた。開いた出入り口から顔を覗かせたのは同じ学年の女子で、顔色が悪く、どこか焦っているふうだ。なぜ呼ばれたのか藁田にはわからず心臓が縮み上がる。
「わ、私です、けど」
机に座ったまま声を上げた。それだけじゃアピールが足りないかもと思って控えめに手を挙げてみた。それを見て藁田を探しにきた女子は小走りで近寄る。
「お願い、一緒に来てほしいの」
ひそひそ話をするような小さな声で、藁田の腕をつかむと女子は廊下へと出た。その横顔は今にも泣きだしそうだ。
「あ、あの、えと、どちらに……」
「藁田さん、霊感あるんだよね」
合点がいった。挙動不審はなりを潜め、代わりにふんすと鼻の穴をふくらませる。何を隠そう、藁田みよは霊感少女として一部生徒の間で有名なのだ。怖がっている人たちには大丈夫だよと声をかけ、困っている人にはアドバイスをあげれば感謝された。バカにする人たちもいたが、そんなヤツはくねくね(見た者は発狂するという都市伝説的怪異)でも見て発狂してろと肝の太いことさえ考えてたりする。
(確かに私向きの案件ではあるけど)
何があったのかは教えてくれず、その様子にじりじりと緊張が増していく。連れて行かれたのは文芸部の生徒が集まる部屋だった。ひとりの生徒が机に向かっており、その周りを数人の生徒が囲んでいた。部屋はなにやら異様な雰囲気に包まれている。
「うう……」
机に座っている女子生徒は半泣き状態だった。見ると机の上には模様の描かれた白いA4用紙に十円玉。その十円玉に人差し指を置いて座っていた。
周りの生徒はどうしていいかわからず、ただおろおろとするばかりだ。
藁田はゆっくりとその女生徒に近づいた。周りにいた生徒が「指が離れないの」「椅子からも立ち上がれなくて」とか細い声を出し、顔を青ざめさせている。
「やめたいのにできないの……助けて……」
件の生徒は江古田といった。江古田は椅子に座った状態で机に向かい、紙の上の十円玉で抑えている。もしかして動けないのか。
恐る恐る腕を伸ばして江古田の腕を引っぱった。しかし硬貨から指は離れず痛がるばかりだ。反対に十円玉を取り上げようとしたのだが、紙と硬貨が磁力でくっついたようにびくともしない。藁田がなにをしても、硬貨と江古田は動かなかった。
藁田が硬貨に触れた瞬間、いやな気配がした。
何かある。何か起こっている。机の上の紙はコックリさんのものに見えるが、藁田が知っているものとだいぶ違っていてコックリさんだとも断言できない。
「な、何があったか、詳しく、いいですか」
藁田がどもりながら江古田にたずねる。しかし江古田はパニックに陥っているらしく「やめたい」「なんで」と繰り返すばかりだ。これじゃらちがあかないと自分を連れてきた女子——山渕に視線を向けた。
◇
いわく、これは『ひとりコックリさん』。
名前通りひとり用のコックリさんで、誰が持ち込んだのかわからないが、あちこちの学校で流行っているとのことだった。ここでやろうと言い出したのは江古田であり、残りのメンバーは半信半疑。「やってみせるから」と明るく言った彼女は最初こそよかったものの、「コックリさんコックリさん」と唱えるうちに様子がおかしくなったそうだ。
そこまで聞いて藁田は口を挟んだ。
「待って、ください。……そ、そもそもコックリさんは、ひとりでやっちゃいけないモノ、です。なんで、そんなこと」
おどおどと言葉を発したが、内心怒りが込み上げている。コックリさんとは早い話が降霊術である。白い紙に鳥居のマーク、あいうえおから始まる五十音、はい・いいえを書き、十円玉を置く。数人で硬貨に指をおき「コックリさんコックリさん、おいでください」と唱える。繰り返すうちに硬貨が動き出すというものだ。
十円玉が動き出したら『コックリさん』の呼び出しに成功なのだが、このコックリさんには決まりごとがいくつかある。質問はひとつずつ。終わったらきちんとお帰りいただく。途中で指を離さない。使った十円玉は使うなりなんなりして手放す。そして、ひとりでやらない。複数人でやることが大前提であり、ひとりでやってはいけない代物だのだ。
(ふっざけんな、自業自得じゃんか)
流行と称してロクでもないものが出回ることはままある。けれどこれはあまりにもひどい。おそらく江古田はとんでもないモノを降霊させてしまったのだ。キツネかタヌキかそれとも悪霊か。わからないけれど、これは尋常じゃない事態になっていることは確かだ。
それでもどうにかしないと、と藁田は考えた。霊感は多少あるものの除霊をした経験などなく、ネットで聞きかじった知識があるだけだ。こうなったら全身に塩でぶち撒けてやろうかと考えていた時——
「違うの、『ひとりコックリさん』は霊を呼び出さないんだよ。だから安全だって」
室内の誰かがそう言った。




