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絶対最強女子高生 〜わたし陰陽師ってやつです。先生、式神になってくれません?  作者: 猫の玉三郎
我こそは神なり

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三十七話 人こそは愚なり

 特別室Dの広さはバスケットコートふたつ分にもおよぶ。天井はかなり高く、窓は一切ない。三葉たちはそれぞれの持ち場へ着くと、インカムを通して要の指示を待った。


『葵、はじめてくれ』


 合図とともに、葵が部屋の中央で小さく呪文を唱えはじめる。後ろに控えるのは錫杖を手にした諸星だ。


 触手がいる異界へ潜り込ませた式の気配を探る。闇中で手探りをするようなものだったが、細く頼りのない糸のような気配を掴み、こちらへたぐり寄せる。


 わずかに開いた次元の隙間に結界を展開し、入り口を広げた上で固定する。すると八角形に口を開けたゲートから異界の重たく湿った空気がどろりと部屋へ流れ込んできた。


 それと同時に現れる数本の触手。


『怪異を確認。一の陣、はじめ』


 葵を中心にして床に大きな五芒星が浮かび上がり、強い光を発した。異空間の入り口から次々と出てくる触手を光の綱でがんじがらめにしてゆく。


『二の陣、はじめ』


 先ほどの光の陣とは違う、禍々しい模様が床に浮かび上がる。それは血のように赤黒く、冷たい気配がした。それを隣の控室から見ていた森ノ宮が不気味に笑みを浮かべた。どんよりとした眼の中に、嬉々とした光が灯る。手には古びた木槌が握られていた。


「あはっ」


 笑いながら森ノ宮は腕を振り上げる。一気に下ろされた木槌は藁人形へ杭を打ち付けた。カン、カン、カン、と森ノ宮は何度も杭を強く打った。その隣で山内は藁田へ寄り添いつつ状況を見守っていた。呪いは森ノ宮の十八番だ。前線に立つタイプではないが、こうやって事前に呪詛を仕込むことで相手へ呪いを振りかける事ができる恐ろしい人である。


 同時に何本もの触手がビクンと震えた。根元や足先を不可視の杭で打ちつけられ、身動きが止まる。


『末端は捉えた。これからゲートを広げ、本体をこちらへ引き寄せる』

『わかった』


 インカムから聞こえるのは葵と要の会話。

 トカゲの尻尾切りのように触手部分を切り捨てる可能性もある。なんにせよ、油断は禁物だと特別室にいる全員が気を引き締めた、その時だった。


「おいおいおいおいクソどもが」


 ノイズと共に『来たぞ』と硬い声がインカムから入る。ゲートのすぐそばには、苛立った様子の夜ノ助が立っていた。雑な金髪に派手なシャツ、そして五寸釘が刺さった耳。


「徒党を組んで何のつもりだ」


 言うや否や、夜ノ助は両手をかざし先日のような闇をまとった異形の生物を大量に出現させる。その不気味な光景に、控え室にいた山内が眉をひそめた。


「ああ、ああ、ああ! やっと斬れますね!」


 同じく葵の近くにいた堺が、興奮を隠そうともせず刀の柄に手をかけた。もう六十になろうかとするのに、全身についた筋肉は強くしなやかで、襲いくる異形の前へ出ると抜刀と同時に斬り伏せる。濃いブラウンのベストにスラックス、腕をまくった白いシャツ姿は上品な紳士そのもの。だがその眼は爛々と輝き、獲物を屠る姿は凶戦士にしか見えない。異形の獣たちも牙を剥き、よだれを垂らしながら堺を襲う。頭数がいるのだからそれぞれ散って暴れるといいのに、執拗に彼だけを狙っていた。鋭い爪が服をやぶいても堺が動じることはない。


「……堺さん、あれで還暦っておかしいでしょ」


 そうつぶやいたのは山内だ。

 横では森ノ宮が聞き取れないほどの小声でぶつぶつと何か言っている。


 辰野は目の前の光景にあ然とするばかりだった。映画のワンシーンのようで実感がわかない。どうして何もないところから化け物の手足が出てくるのか。急に現れた派手な男や、そいつが放った黒くイビツな獣は、いったい何なのだ。


 対応する陰陽師たちだって規格外で、夢を見ていると言われた方がよっぽど納得できそうだった。


「ああっこのクソがよ!!」と夜ノ助が吠える。触手は捉えられ、彼が放った黒い獣は堺が次々と切り捨てていく。この状況はマズいと察したのだろう。


「出てこいデカブツ! ちったぁ役に立てゴラァッ!!」


 大声と同時に葵が開いた入口が揺れた。どぉん、どぉん、と空気が震え、周辺の景色が水面のように波打って見える。次の瞬間にはガラスが砕けたような破砕音が辺りに響き、空間をこじ開けてそれは姿を現した。


『これは……』


 それは一見巨大なムカデのように見えた。高さは三メートルほどもあり、黒く長い巨体には無数の手足が付いている。そのうちの何本かは異様に伸び、森ノ宮の呪術で床に縫い付けられていた。よく見るとその化け物は人間の上半身に巨大なムカデの胴体がくっ付いている。


「まずいな、人間が混じってやがる」


 諸星が苦々しく吐き出す。諸星と堺は基本的に怪異にしか手を出すことができず、頼みの綱は葵らの捕縛術になる。


 ォォォォオオオオオオ……

 低い唸り声が耳を突く。


「問題ありません、続けます。補佐を」


 そう言う葵の表情は険しい。予測以上に化け物の力が強い。厄介なのはあの人間だ。実態を持たない怪異には効く術も、人間相手には効力が半減する。人間の体を取り込んだ怪異は非常にやりづらい相手なのだ。まして、相手は異次元を行き来し、人間を拉致し、物理にも干渉してくるほどの力を持っている。もしかすると低位の神と同列かもしれない。


 獣の一匹が葵の存在に気付いた。四足で素早く駆けては葵の喉元へ食らいつこうと大口を開ける。


「残念だったな、葵は今忙しいんだよ」


 錫杖を振るい、諸星が獣をなぎ払う。いったんは床に倒れたが、その目は忌々しそうに諸星を睨み、また立ち上がった。


「オンカカカ・ビサンマエイソワカ」


 シャン、シャン、と錫杖を鳴らしながら、諸星は真言を唱え続ける。


「オンカカカ・ビサンマエイソワカ、オンカカカ・ビサンマエイソワカ」


 苦役からの解放をもたらす地蔵菩薩の真言は、その音に乗って辺りの空気を変える。獣の輪郭がゆらりと空気に溶けた。


「おまえらの仕事は終わりだ。輪廻の輪に戻れ」


 言葉とともに、黒い影がふっと消えた。同時に堺が相手をしていた獣たちも一匹、また一匹と空気に溶けていく。ひとり残った堺は服のあちこちが破れ、髪もほつれている。息も乱れているがしかし、目に宿る狂気は失われておらず、諸星を恨めしげににらんだ。


「横取りはいけませんね」

「そろそろ休憩が必要だと思ったんですよ」


 言い終わるや否や、諸星は錫杖を構えた。例の巨大な化け物が、目障りとばかりに諸星へ鋭い腕を伸ばしたのだ。軌道をそらし、ギリギリで避けたものの、先端が(きり)のように鋭利な腕先は床を破壊して突き刺さる。


「おいいそげ葵!」


 さっきまで相手をしていたのとは格が違う。葵のサポートをすることが諸星の役割だが、あの巨大な化け物を相手にするには分が悪かった。それに黒い獣は一掃できたが、まだ夜ノ助が残っている。


 化け物は森ノ宮の術が効いていてうまく動けないようだ。葵には今のうちに封じ込めてほしい。


『アァ、憐レナリ……憐レナリ……』


 化け物は自由に動かせる腕の何本かを槍のように変形させた。側には夜ノ助がおり、さもいいことを思いついたかのように笑った。


 化け物の体から伸びた鋭い先端が葵を目がけて次々と飛びかかった。葵は身動きがとれず、諸星と堺が前に出てなんとか対応するが、相手の攻撃は重く、そして素早い。諸星は錫杖を持つ手が痺れるのを感じた。今はまだ大丈夫だが、あれをずっとやられるとマズい。


 夜ノ助が動く。

 諸星らの後ろにいる葵を目がけ、床を滑るように移動すると手に持っていた刃物を振りかぶる。刃渡りが三十センチ以上もあるマチェットだ。隙をつかれ、諸星も堺も反応に遅れる。


 勢いよく振り下ろされたマチェット。

 ガチンと刃物がぶつかった音が響く。その硬質な音は決して骨肉を割ったものではなく、夜ノ助から笑顔が消える。


「あなたの相手は私です」


 凶悪な刃物を受け止めていたのはひとりの少女。

 髪を揺らし、口元に笑みを浮かべる三葉の姿があった。

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