二十七話 宵闇は黒なり
突然の三葉乱入に固まっていると、すぐとなりから舌打ちが聞こえて辰野はぎょっとした。ちらりと横目で確認するが、出雲の口元には笑みが浮かんだままだ。気のせいだと思いたい。
「あら三葉さん、お友だちとおでかけ? 高校生らしくていいですわね。それとも……まさかとは思うけど見張っていらしたのかしら」
挑発的な出雲の視線。濡れた瞳がきらりと光る。
「たまたまです!」と三葉は反論したが、出雲はどうでもよさそうに笑うだけだ。
「どうして先生と一緒にいるんですか」
「偶然お会いしたからですわ。ねえ、隆宗さん?」
事実なだけに否定もできず、ひくつく口元から情けないうめき声が漏れる。別にやましいことはないし、生徒とプライベートで出くわすなんて初めてでもないのに、どうしてか冷や汗がとまらない。辰野の困惑を察したのか、三葉はキッと出雲をにらんだ。
「ダメですよ出雲さん。前に言いましたよね」
「まあ怖いこと。ステキな殿方との逢瀬くらい楽しみたいのに」
両者間のひりつく雰囲気に、辰野はおろか藁田までもが震えあがる。その様子が痛々しく、なんとかしたいが辰野が間に入って和やかになる未来は見えなかった。……となれば出来ることはひとつ。
「す、すみません! 俺、この子たちと約束あるんでここで失礼しますね! ほら行こう! 三葉、藁田!」
辰野は自分の荷物をすばやくとると、出雲から逃げるようにして席を立つ。背中に視線を感じつつも三葉たちを外へと促した。我ながら情けないし、出雲にも三葉にも申し訳ないが、あの空間に居続けると無関係な藁田が不憫だ。
辰野は店を出てすぐに三葉たちに振り返った。
「ダシにつかってすまん。でも助かったよ、ありがとう」
しっかりと頭を下げて礼を言う。本当に助かったのだ。あのまま出雲といたら良からぬ事になっていたかもしれない。顔をあげると、三葉は困ったように視線を泳がせていた。
「……わたし、その……」
言葉はそれ以上続かない。くしゃりと表情を歪め、「失礼します」と三葉は背を向けた。
「三葉っ」
藁田の手をとり、逃げるように去っていく小さな後姿。辰野は後を追おうと一歩踏み出した。しかし、それ以上動くことはできなかった。
◇
人をかき分け、目的地もわからないままぐんぐん手を引かれる。さすがの藁田も声をあげた。
「みつ、三葉さん、ちょっと待って……!」
さっきからの行動を説明してほしい。待ち合わせ場所で合流したかと思えば、いきなりコーヒーショップへ連行され、学校の先生と謎の美女のデート現場を目撃、さらにそこへ割り込んでいったのだ。しかも、ようやく事情が聞けると思ったらこれである。
「あ、ごめんなさい」
慌てて手を離すと三葉は謝った。
「怒ってはない、ですけど、説明してほしい」
「ホントにごめんなさい」
とりあえず落ち着いて話すために近くにあったドーナツショップへ入った。迷惑をかけたお詫びにと三葉は藁田の分まで支払ってしまう。そんなことしなくていいと怒ったが、結局はされるがままとなった。
「えっと……どこから話せばいいか……」
しばらく考えるようにして、三葉はやっと口を開いた。
三葉は俗に言う霊能力者で、たまに除霊のようなものをすること。つい先日、教員の辰野が霊現象で困っていたので解決の手伝いをしたこと。その流れでOCLという組織の人間から興味を持たれていること。
「なに、そのOCLって」
ツッコみたいところは多々あるが、まずは聞きなれない単語から聞いていくことにした。
「オカルト&カースアイテムリサーチ。略してOCLと言って、怪奇現象や呪いのアイテムをごく真面目に研究している所です」
「……それって」
「イギリスに本部があって、さっきの女の人は日本支部の主任研究員ですよ」
「うわー!」と興奮を抑えきれない声を上げた藁田。瞳はきらきらと輝き、頬はほんのり赤くなっている。
「本当にそういうのあったんだ! 都市伝説だと思ってた! イギリスって超能力とかオカルトとか好きだよね!」
興奮のあまり大きな声が出て、藁田は慌てて周囲を見回した。さいわい、お客さんは少なかったのでほっと胸を撫で下ろす。
「ご、ごめんなさい。つい興奮して」
「ふふ、好きなんですね」
「え、えへへ。……あ、えっと、それじゃあ、あの先生はOCLに目をつけられるような何かがあるんだ」
自身をコミュ症だと認める藁田だが、今日はすらすらしゃべっている方だと思った。三葉唯香という存在に慣れてきたのかもしれない。
「はい、辰野先生はすごいんです」
そう言って嬉しそうに笑う三葉がやけに印象的だった。藁田は辰野のことをもう少し突っ込んで聞いてみたかったけれど、なんとなくやめた。空気を読む、という高等技術が自分に備わっているとは思わないが、三葉の大事なものを興味本位でつつくのはしたくないなと思った。
三葉と藁田はそのあともたくさん話をした。世間では白い目で見られがちな話題なだけに、理解者が増えるのはとても嬉しい。藁田も少しだけど霊感があって、知人友人の相談に乗ったりしていた。普段は教室の隅で存在感薄くあることを心がけているが、そういう問題があると藁田に相談する人間は案外たくさんいた。そのことをポツポツ話すと三葉は感心したように目を輝かせる。
「藁田さんは占い師の素質があります」
「む、無理だよ。私、口下手だし」
「その道に進みたいと思ったら言ってください。応援するので」
そういえば、と藁田は思う。ひとりコックリさん騒動を相談されなければ、今こうやって三葉と話すことはなかっただろう。あの時、何もできなかった自分を三葉は助けてくれた。今でもたまに思い出してゾッとするのだ。この世のものではない蛇が腕に巻きつき、登ってくる感触。三葉がいなかったらどうなっていたんだろう。
「ねえ、あの時、たぬきっぽいのが見えたんだけど、アレって……」
視線をテーブルから三葉へ向けた時だった。さっきまで何もなかった空間にナニカがいた。
『なんだあ嬢ちゃん、俺のことが忘れられないってか?』
悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。両手で口を押さえたまま目を見開く。そこにはテーブルに腰かけ、藁田を小バカにしたような表情の三白眼たぬきがいた。手には年季の入ったキセルを持って「カカッ」と小さく笑っている。
『俺ぁ太三郎ってんだ。唯香の式神よ』
あの時に見た姿と一緒だった。腕に巻き付いた蛇をがぶりと食った、あのたぬき。
「式神って陰陽師がやるやつ? 妖とか悪霊とか調伏して従えるっていう」
『おう、よく知ってんじゃねえか』
太いしっぽをゆらゆらさせながら、太三郎は機嫌良さそうに笑う。藁田はごくりと喉を鳴らした。突如として現れたしゃべるたぬき。目を凝らすとその輪郭は空気にとけるようで、文字通り透明感がある。藁田が知るイヌ科タヌキ属のたぬきではない。太三郎の言葉を丸々信じるのであれば、彼は三葉の式神だ。厨二っぽくいうと使い魔とか使役獣とか、そういうお方なのだ。
「じゃあ三葉さんって……」
「はい。わたし、いわゆる陰陽師ってやつです」
「すごい」
感嘆の息を漏らすと同時に疑問が湧いた。
何をもって陰陽師と名乗れるのだろう。




