二十二話 向けるは思慕恋慕
三葉からの電話にでると「もしもし」と少女らしい声がスピーカー越しに耳に入ってくる。心臓がドキドキと早くなった。やはり生徒とプライベートな電話をしていると思うと背徳感や罪悪感が込み上げてくる。それらを何とか飲み下しながら、先ほどまた霊と遭遇したことを告げた。渡瀬を見つけられないこと、旦那さまと呼んでいたことも。
『知り合いに相談したんですけど、渡瀬さんは白い封筒みたいなものを持っていませんか。それが霊との接合点です』
今しがた触れていた話題なだけに、ぎくりと変な動揺をしてしまった。つい渡瀬の方を見ると彼も不安そうな顔で辰野の方を見ている。その沈黙を三葉は是と捉えたようだ。
『その白い封筒に心当たりはありますか』
「ある」とすぐに声が出る。だがそれは幾分か震えを含んでいた。いわくがあると聞くと身構えてしまうのは仕方がないだろう。
『先生の部屋は強い結界と同じですし、近くにわたしの式神をつけました。今もそばにいますよ。黒翔であれば大抵の霊は蹴散らしますから、滅多なことは起こりません。先生も渡瀬さんも大丈夫です。でも念のために、それに触れるのは渡瀬さんだけにしてください』
「……すまん、式神って、もしかして三本脚のカラスか。霊に出くわした時にそのカラスが助けてくれた気がしたが」
そういうと三葉は「はい」と答えた。声音が少しだけ嬉しそうだった。また守ってくれた。年下の女の子にここまでさせて、封筒ごときに怖気付くなんてカッコ悪いことはできない。気合いをいれて辰野は渡瀬に向かって声をかけた。
「智也、バッグをこっちに持ってこれるか」
神妙な顔をして頷くと、渡瀬は部屋の隅から大きな肩下げバッグを持ってきた。運動部が持っていそうな有名なスポーツメーカーのロゴが入ったものだ。
『どういう封筒か、見た目を説明できますか』
小さな声で「封筒、どこにある」と尋ねると渡瀬は荷物をごそごそと漁り、かき分けた状態でバッグを差し出してきた。そこの方には白い封筒のようなモノがあった。
「見た目は白い封筒で、たぶん長3封筒、で伝わるかな。A4紙を三つ折りしたくらいの大きさ。でもそれよりも縦が短いかもしれない。智也が言うには二羽の鶴の絵があるらしいけど……」
つい手を伸ばしたら、拍子に指先がぱちんと痺れた。不思議に思っていると三本脚のカラス——黒翔がそこにいた。どうやら指をついばんだらしい。
「……三葉。その封筒はやっぱり俺は触らない方がいいのか」
『はい。渡瀬さんが扱った方がいいと思います。中身はどうですか』
確認するときっぱり触るなと言われた。黒翔は触らぬよう事前に止めてくれたのだ。結局、泣きそうになりながら渡瀬が白い封筒をつまみ上げた。中を覗くと「うわっ」と驚きに満ちた声をあげる。
「い、一万円札が入ってる。何枚かあるよ」
「そうですか」と答える三葉は何か考え事をしているようで、その封筒はバッグから出して別の場所に保管するよう助言をした。
『すぐ解決できるように知り合いに頼んだのですが、今別の案件を抱えていて、そちらへ行くのには数日かかるそうです。もし本当に身の危険を感じたら言ってください。わたしが行きます』
封筒にはくれぐれ触らないようにと念押しすると、そこで通話は終了した。
◇
三葉は通話を終えたスマホをバッグの中にしまうと、事のあらましを雅人へ説明した。彼とはもう二時間近く一緒にいて二度目の休憩をしている途中だ。
「聞いてたと思いますけど、ありました。白い封筒。表面には模様、なかには一万円紙幣が数枚入っているみたいです」
「ふぅん」
おもしろそうに目を細める雅人。三葉の隣で優雅に足を組見直すその姿に、近くを歩いていたお姉さんが見惚れていた。先ほどまで全力で遊んでいたとは思えない涼やかぶりに少しだけあきれる。
「どんな呪物にせよ、研究所に持ってこいって言われるだろうね。一般人が知覚できてその影響下に置かれるとなれば格好の材料だ」
「解決が先です。どんなモノかよく分からないうちに被害者と離すのはよくありません」
「そうやって呪具ごと壊して怒られるくせに」
不服とばかりに三葉がぷうと頬を膨らませると雅人は愉快そうに頬を人差し指で突いた。黒い手袋は外されている。
「あれは、少し加減を間違えただけです」
「君の能力は術者の中でもトップクラスに位置する強さを持つんだから気をつけないと。……それと、全方位にいい子ちゃんはやめた方がいい。君の為にもね」
両手でぎゅっと頬を挟まれた。笑ってはいるけれど雅人はまっすぐな瞳で見つめてくる。居心地がわるくて、どう答えていいのかもわからなくて、三葉は軽口をたたくことしかできない。
「じゃあ、雅人くんに付き合って三時間も遊ばなくていいってことですか」
「バカだなぁ唯香。これは成果に対する報酬なんだから、僕が望むのなら三時間でも八時間でも付き合うしかないんだよ」
意地が悪そうに笑うと、雅人は三葉の鼻をきゅっとつまんだ。
◇
その日の夜、渡瀬智也は夢を見た。
古風な美人が自分のことをとても慕っていた。旦那さま、旦那さま、と愛おしそうに呼びかけては花のような笑顔を浮かべる。どうやら夢の中ではこの美人と結婚をしているらしい。
渡瀬もまんざらではなく、その華奢な肩を抱きながら桜咲く並木道を歩いていた。夏なのに桜? と思いつつも夢なので気にしない。
肩を抱くのもらしくないと思い、渡瀬は彼女の手を握った。小さくて細い手だった。先ほどよりも触れあいは少なくなったが、手を繋ぐ感触にとても満足する。
彼女が恥ずかしそうに見上げるので、渡瀬はほほ笑みで返した。ぽっと耳まで赤くする自分の妻が愛おしく思えてしょうがない。
口付けをしてみようか。怒るだろうか。そう考えながら手は勝手に彼女の小さなあごをつまんでいた。恥いって目を逸らす姿があまりの可愛らしくて、顔を近づけ、唇を寄せる。彼女の甘い吐息を吸いながら、もう少しで触れると思ったその時。
彼女はするりと逃げてしまった。
待って。
後ろ姿を追いかける。彼女を追っているうちに、彼女はどこか家の中へ入ってしまった。これはいけない、と渡瀬はドアノブに手をかける。早く彼女の顔が見たい。金属の冷たい感触がやけにリアルだなと思いながら力を入れると——
「智也っ!!」
その声で渡瀬はハッとした。辺りは真っ暗。すぐ後ろには怖い顔をした辰野が渡瀬の肩を掴んでいる。そして自分は玄関のドアノブを握っていた。
「……う、あ……ああ、ぁぁああああっ!!」
何が起こったのか瞬時に理解してしまった。




