二十一話 思いいたるは疑惑
三本脚のカラスは辰野をじっと見つめる。まるで辰野がどういう人間か見定めようとしているみたいだった。そは何者か。救うに値するのか。底の見えない真っ黒な瞳がじっと辰野を値踏みする。見られているだけなのに威圧感がすごくて息が苦しくなった。さっき霊の方がまだ優しいと思えるほどで、助かったと安堵した先ほどの自分を叱り飛ばしたい気分だ。
「た、隆宗。道路見つめてどうしたんだよ。なんかいるのか」
腕をがっちり掴んでいる渡瀬が口を出すと、カラスはその場からふっと消えた。まるで煙にでもなったように。やはり普通のカラスではなく、渡瀬にその姿は見えないようだった。三葉の式神だとしたらなぜこんな所にいるのか。しかし、それよりも今は渡瀬だ。
「いい加減はなれろ。暑苦しい」
「で、でもさぁ」
「もういないよ。だからさっさとアパート帰って、さっきの続き聞かせろ。なにかあるんだろ、心当たりが」
渡瀬はしゅんとして頷いた。
辰野たちはアパートへ急いで帰った。部屋の中は安全地帯なので話し込むのなら絶対にそこがいいとの共通認識だ。交代で風呂に入って部屋着に着替えると、ソファに腰をおろす。机の上には渡瀬があらかじめ買ってくれたお弁当が二人分あった。食べている最中に怖い話を聞くのもイヤだったので、適当にテレビを流しながらぱぱっと食べる。
ゴミを片付けて冷たいお茶で喉を潤すと、渡瀬も覚悟を決めたとばかりに姿勢を改めた。
「それで、何があったか聞こうか」
そうして渡瀬は話し始めた。怯えるような目つきでチラチラと視線を送るのは自分が持ってきた大きなバッグだ。
「……えとさ、俺先週の月曜と火曜に同じ家に作業しに行ったんだ。大量にあるゴミの片付けね。それで、俺気になって今日社長に聞いたんだよ。お客さんの情報ってあんまり聞かないんだけどさ、あのゴミ部屋は誰が住んでたのかって。そしたら依頼人の弟さんって言われた。引きこもり生活してたけど、突然体調崩して病院に運ばれたんだって。歳は四十三だったかな」
そうか、とひと言返すことしかできなかった。中年の引きこもりは珍しい話ではないけれど、本人や家族の気持ちを考えると自然と気持ちが重くなる。まして病院に運ばれるほど体調を崩すとは。
「そんで社長がこっそり教えてくれたんだ。誰にも言うなよって。……その運ばれた弟さん、搬送先の病院で亡くなってるらしいんだ」
だから家族は部屋の片付けを依頼した、と渡瀬は続けた。うまく言葉がでなかった。故人を悼む気持ちとは別に、たゆたうような怖気が足元から上ってきくる。
「……弟って言うからには男なんだよな」
「そう」
渡瀬は苦々しく頷いた。どうやら同じことを考えたらしい。辰野たちの前に現れたのは女のように思えた。絶対に女だったと断言はできないが、これが四十代の男だったらまた違う印象を持つと思うのだ。それにアイツは「旦那さま」と口走っていた。このご時世、誰かを旦那さまと呼ぶ男がいるのか。
「俺も考えたんだよ。女装趣味のある男の人がひょんな事で亡くなって、未練があるから成仏できないんじゃないかって」
自分でも違うと思っているのか、口を尖らせてふくれる。
「でも、俺は片付けしたから断言できるけど、あの部屋の持ち主は女物の服なんて持ってなかった。むしろ見た目に無頓着だって言っていいよ。あんまり詳しくは言えないけど。だから女装趣味の男っていうのはない」
渡瀬がそう言うのなら間違いないのだろう。辰野自身もそう思う。じゃあ他に考えられる可能性は、と考えていると少し寂しそうな声がした。
「たださ、未練があったのかなっては思う。四十三っていったら死ぬには若いじゃん。思うことが色々あって、俺に何か伝えたかったのかなって。でも……うーん、隆宗はどう思う?」
「部屋の主がどういう人物なのか分からないが、渡瀬の前に現れるヤツとは違う感じがする。じゃあ誰だよって言われてもわからないけど」
それ以上言葉が続かず、辰野は口を閉じた。ふたりとも考え込むようにじっと床を見つめ、部屋にひとときの沈黙が降りる。自然と周囲の生活音が耳に入り、それが不安になる心をほぐしてくれた。
大丈夫だ、と辰野は自分に言い聞かせ頭の中で情報の整理をする。
渡瀬の周りに霊がうろつき始める近辺で、彼は仕事でゴミ部屋の掃除をした。その部屋の主は体調を崩して病院へ搬送、そして亡くなっている。霊は姿も声も女のように思えるので、その故人と関係があるのかはわからない。
(もう少し手がかりがほしいな)
祓う力はないけれど、因果関係が明るみになれば対処もしやすいかもしれない。できるだけ客観的に、思い込みで推理を進めないように。
「そういえば智也、何か拾ったとかどうとか言ってなかったか」
いろいろ考えていたら、記憶の端に引っかかっていたものを思い出した。渡瀬がぴくりと反応する。ゆっくりと顔をあげたその顔には困惑があった。
「……それなんだけどさ。どう話したらいいかな。えーと、ゴミを片付ける時は手当たり次第袋に詰めていくんだよ。だからひとつひとつジッと見るってことはしないんだけど」
渡瀬は自分の大きなバッグに目をやった。その瞳には恐れの色が滲んでいる。
「白い封筒みたいなのがあったんだ。ダイレクトメールみたいなのはすぐ捨ててたんだけど、個人宛の郵便物なら聞いた方がいいかなと思って表面を確認して宛名みたいなのは書いてないんだ。裏面もまっさら。中身はさすがに見なかった」
手を使って「これぐらい」と大きさを示すが、たしかに封筒くらいのものだった。横幅が広いので金封の類いかもしれない。
「その封筒は表に鶴の絵があったんだよ。寄り添う二羽の鶴。珍しいなって思ったのを覚えてる。その時はただの封筒かと思って全然気にせずに捨てたんだけど……」
途中で言い淀み、しばらく無言が続いたが、観念して口を開く。
「俺のバッグの中に、なぜかそれが入ってる」
え、と声が漏れていた。瞬きもできずに渡瀬を見つめると、彼は自分でも信じられないという顔をしていた。
「変、だよな。俺あんなの持ってないんだよ。でも今朝ハンカチとろうと思ってバッグ漁ってたら、底の方にあったんだ」
どういうことだ。覚えのないモノが荷物に紛れていて、それはあのゴミ部屋にあったものだというのか。
辰野のスマホが着信を告げた。名前は表示されず番号だけが表示される。こういう話をしているので一瞬ヒヤリとしたが、その番号には見覚えがあった。
三葉からだ。




